ソラのいない夏休み

赤星 治

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三章 迫る恐怖

9 奇跡でも抗えない

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「どうだ? 調査は進展してるか?」
 夢の中で蒼空は御堂六郎と会っている。場所は夕陽に染まる三町を見渡せる見晴らし台。現実で見晴らし台へ行くも、これといった情報は得られなかった。無駄足だと僅かに悔しい心情が夢に現われたのだと感じた。
 こういった現象に慣れた蒼空は驚かない。現実の心情のまま答える。
「……何とも言えない。が、答えです。神話やら数字やらを考えたら頭がパンクしそうで。そもそも、殆ど魔法の世界みたいなのに、狂いなんて本当にあるんですか?」
「お前達から見ればそうだろうな。奇跡などそういうものだ」
「奇跡って言うんでしたら、日和や前園さん兄妹を救ってほしいんですけど」
 御堂六郎は可笑しくなって小さく笑う。
「何か変なこと言いました?」
「時代は違えど、人間は【奇跡】という言葉に期待を抱きすぎる。奇跡というのは、助かる見込みのない窮地から救う術といった、人間に都合の良いものではない。この世に在り、人間の傍らで密かに起きる奇異の総称が奇跡だ。お前も現在いま目の前で奇跡を捉えているだろ?」

 それを言われては何も言えなかった。
 気を取り直して話題を変えた。

「あの、教えてください。どうしてそんなにまどろっこしいんですか?」
「何?」
「だって、御堂さんは願いを叶えられる。加賀見さんは予言を教える。都市伝説の怪奇現象はそこら中で起きてる。ホラー映画とかだと、結末は都市伝説に関係してる人間は全員死ぬとかってあるから、御堂さん達も俺等を嵌めて殺そうとしてるんじゃないんですか? だとしたら、なんでも出来るんだし、こんな試練与えるようなまどろっこしいことしなくてもいいんじゃないかなって」
 蒼空の演技。情報を聞き出す行動だが、御堂六郎が伸るか反るか賭けであった。
「……やれやれ」
 呟かれ、失敗したかもと感じる。
「先ほどの続きだ。奇跡は言うほど何も出来ん。それにお前達を我々が嵌めていると、人間側そちらが不利だとうそぶくが、人間側のほうがいつも有利なのだぞ」
「え? だって、そっちは強力な魔法使いみたいなものですよね。俺達人間側は特別な力とか無いですよ」
「力云々の問題ではない。始めに言ったが嫌なら放棄して逃げればいい。我々の領域たる土地を離れれば此方はまけのようなものだ。執拗に追いかけるなど出来ないからな。それでも人間側が負けるのは、情や欲や責任、慢心から勝ちを確信し、敗北するなどもある」

 なんとも呆気ない終わり方に蒼空は驚く。しかし現状では逃げれば戻ってこない人達、悪化する未来が縛りとなって逃げられない。

「お前も全てを見捨てればいいんじゃないか?」
「出来ないって分かって言ってますよね」
 鼻で笑われ、揶揄われているのは容易に分かる。
「さらに一つの誤解を解いて貰おう。我々は人間を殺したいからこのような事をしているのではない。そもそも、人間の存在はあらゆる奇跡を作る源なのだぞ」
 こんな奇怪で危ない奇跡が、なぜ人間が源なのか分からなくなる。
「源って、どうして?」
「この世に存在するあらゆる知識の大元は誰が考えた? 神が降臨して知恵を授けた訳ではないだろ」
 返答に迷う蒼空へ、御堂六郎は説明を変えた。
「もう少し砕いて言おう。お前があちこちで学ぶ知識は誰が起源だ? あらゆるものは人間が築き、広めてきたものだろ。我々奇跡の概念も人間の思念が礎となっている。他の地方における怪談話や都市伝説、当り外れの分からんまじないなど。見えない力に期待を込め話を創造する。奇跡の概念はそういった人間が生み出す創造物に落とし込むものが多い」
「けど、御堂さんの力は最終的に人間を殺すようなものでしょ」
「正確には”魂の力を引き込む”だ。お前達は自分の存在価値を人間という生物として見るだろ。しかし奇跡において人間の魂は大いに強い力だからな」
「魂を引き込むとかって、怨霊や死神みたいじゃないですか。殺して回収とか」
「強引な引き込みなど出来ん。条件が必要でな、人間としての死が確立されれば魂を引き込める。曖昧にではなく、確実な死の証明がなければな」

 怖い話になる。日和、明香の魂は蒼空が負ければ十四日に取り込まれる。

「話が壮大になりすぎて怖がっているが案ずるな。こちらも抗えない規律みたいなものもある」
「抗えない規律?」
「数字、法則、伝説。大まかに言えばこの三つはとても強力な制限や縛りだ。こう見えてもなかなか自由ではないのだぞ」
 先の人間が奇跡を作る源の話から、伝説は理解出来た。
「現存する伝説や神話は無理やり変えるなんて不可能だから分かりますけど。じゃあ、数字と法則は?」
「数字の力はかなり強力だぞ。ある種で神の力に匹敵する。時間、順番、優劣の序列、計測、力量の表記。お前達の生活圏内で数字が無くては成り立たんだろ。それに決められた月日になれば嫌でも一つ歳を食う。当たり前で抗えん強い力だ。数字の枠に当て嵌まっている俺は、加賀見茜と同じ事が出来ない。逆も然りだ」
「じゃあ、誰かが都市伝説の順番を間違えて広めて、本来五番だったのが六番としたらどうなるんですか? あり得ないでしょうけど、人間の世界じゃ、間違った情報が本当として広まるとか、よくありますよ」
「奇跡において本質は元の数字通りだ。姿形を変えようと、中身は本来あるべき形のままだ」
「ゲームのディスクをそのままで違うゲームのパッケージに換えても、ゲーム内容は元のまま、みたいなものですか?」
「上手い例えだな。つまりはそういうことだ」 
「法則もそうですか?」
「ああ。順当な流れに反したとて、その反した先で在り方を成して再び合流する。それが法則の……」

 小難しすぎて蒼空には伝わっていない。と表情に出ていた。

「こちらも例え話をしよう。澄み渡った清廉な河があったとしよう。何かの作用で横に流れる筋道が作られてそちらへ水が流れたが、周辺の地面の悪辣さに汚れた水の流れになった。法則の概念では、その汚くなった流れの先、本来あるべき河へと合流するのだ。その間に作られた川が新たな法則の一端だ」
 その例えもなんとなく分かったが、それだと日和の法則が分からない。
「日和みたいに生きてるか死んでるか分からないのも、夢に出るのも法則ですか?」
「法則とは大元の基準だけではない。あらゆる場面において、制限や条件、けして超えてはならん枠なども作られる。加賀見茜の告げた水筒の話、あれは見事な例えだろうな。お前達も自由に生きていいと言われても、罪を犯せば警察が動き、罪の重さで罰が変わるだろ。奇跡も規制する役割を担う存在がいるのだ。なんでも出来そうに見えて、そうはならん」
「なんか、人間社会みたいですね。じゃあ、誰かが条件を満たして願い事で都市伝説のどれかを潰すか組み替える、なんてことは出来ないんですか? 何でも叶う願いで」
「残念だが、そうはならん。既に確定したものを消すことは出来んからな。もしそうしたいなら自らがその枠にはまりにいくか、大元から作り替えるしか方法はないが、結局はどうすることも出来ん。お前達も歴史の一時代を消すなど無理だろ? 同様の事だ。数字の話を蒸し返すが、これも当て嵌まれば易々と変えられん。出来上がった都市伝説を変える事も消すことも不可能。まあ、これらを変えたいのであればタイムマシンでも作り、未来を知って戻り、預言書でも作れば、多少は変化する作用は働くがな」
「今の文明では無理って分かりますよね。けどもしそんな、タイムマシンがあれば可能なんですか?」
「ああ。”確立した未来の情報を過去に持ち帰り、預言書で固定する”という意味ではな。あとは法則や制限などに収まれば問題はない」

 何気ない話になった。
 なぜこんなにも自分が質問を口走っているか分からないが、それほど頭はいっぱいになっているのだろう。
 疑問が残るとすれば、他愛もなさそうな会話に御堂六郎がここまで語る意図は何か。この言葉全てに。もしかしたら、期限が迫っているからサービスで告げているのかもしれない。
 蒼空が頭で整理する間に風景のあちこちに亀裂が走りだす。

 どうやら時間切れ。考える暇すら与えてくれなさそうだ。

「急げよ。あと二日だ」
 余裕のある笑みを浮かべる御堂六郎も亀裂に巻き込まれる。まるで風景の一部であるかのように。

 風景全てに亀裂が及ぶと、硝子が割れるように砕け散った。
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