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三章 迫る恐怖
3 駿平の覚悟
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その時、駿平は奇妙な体験をしていた。終業式の前夜である。
場所は町の景観を眺められる丘の上。太陽の位置から正午かそれ以降。真夏の照りつける太陽とは違う、春先の陽光ほど温かく、それでいて半袖でも大丈夫である。
周囲に人はおらず、遠くで小鳥の囀りがする。真夏のはずが、なぜ春の気候なのか分からなかった。
「桜木君。ちょっといい?」
声がした。振り向くと三枝日和がいた。
顔を見た瞬間、都市伝説の調査を誘われた事を思い出す。双木三柱市四十二の都市伝説には怪奇ものが多く、怖がりの駿平は当然断っていた。
「三枝さん、何度言われても怖いの、絶対嫌だから」
「違う違う。ちょっと、桜木君……」
言いたいことがあるのだろうが、急に視点が安定せず、小刻みに頭が揺れる。
瞬時に駿平は何か嫌な予感がして後退った。
「三枝……さん?」
恐る恐る呼ぶと、声に反応したように日和は身体と視点の震えが止まった。そして、ゆっくりと姿勢を正し、顔を駿平の方へと向ける。微笑んだ日和と目が合った途端、駿平は恐怖に包まれた。
”眼前の三枝日和は人間ではない”と直感し、口を開こうとする彼女の言葉を聞かずに叫んだ。
「――わああ!!」
七月二十三日午前六時十分。
目覚めた駿平は服が濡れるほどの汗をかいていた。
唐突に浮かんだのは、『三枝日和は死んでいる』であった。
八月二日。
駿平は夏美のLINEで都市伝説を調べてる事情を知った。夏美にしては文章が纏まっている疑問を微かに抱きつつ。
バイトで聞いた話を元に考えても、かなり危険で怖いことをしているのは明確であった。だから不参加を貫こうと意思を固め、返事を翌日にしようと思い、その日は就寝した。
今回は夢の中だとはっきり分かった。
場所は砂浜。太陽が燦々と照りつけているが焼ける暑さはなく、ほどよく心地よい。春先か秋口のような気候である。
「さーくらぎ君」
聞き慣れた声に驚き、身構えて振り返る駿平は、呆れ顔を向ける日和の姿を捉えた。
「……三枝、さ」
「いや、その幽霊でも見るような反応は止めてほしいんだけど」
前回と違い、普通の女子高生の雰囲気である。
「ま、いいや」声に出すと穏やかな表情になる。「怖がらせてごめんね。今回で最後だから」
「楸君とか音奏が……探してたよ」
まだ日和への恐怖が残り、警戒する。
「そっちはそのうち会うからね。けど桜木君には謝っとかないと。怖がらせるようなことになったり、嫌なのに都市伝説調査に誘ったりしたこと。……けどね、本当は期待してたんだよ、桜木君、知恵が回るから、良い感じに謎を解いてくれるって思ったからさ」
「僕、怖いの嫌だから……そんなこと言われても」
「桜木君はさ。自覚ないだろうけど結構頼り甲斐があるんだよ。それなのにいつまでも引っ込み思案でいたら、頼りたい人が頼れなくなっちゃうよ」
「そんな、勝手なこと」
落とした視線を上げて日和を見ると、陽光が当たる顔が笑顔になっていた。風景と海の光景に相まって、煌びやかな雰囲気に見蕩れてしまい声が止まった。
「じゃあね! 桜木君!」
日和は楽しそうに手を振った。そして、瞬きをするほどの刹那で駿平は目を覚ました。
八月三日午前六時。
日和への恐怖が消えた駿平は、夏美にLINEで参加する返事を送った。
加賀見茜と会って以降、駿平は都市伝説の調査に没頭していた。もちろん海の家でのアルバイトはしっかりと熟しつつ。
八月七日。
駿平に奇跡が起きた。それは明香の兄と夢で会ったことだ。時間は短く、話せた内容も少ない。しかしある仮説が同じだと判明した。
目覚めると明香と連絡を取り、知りたい情報を得る。
重要だと思われた情報を見るも、それだけでは情報不足という結果に至った。日和の情報も知りたいが、三枝家は行ったことがないし気が引けていけなかった。
八月八日午後三時。
儀造の死を知るも、ショックより謎の解明を優先した。アルバイトが多く入っていたので調査出来る時間が短いので焦りは募る一方であった。
八月十日。
駿平は儀造の葬式へは参加しなかった。一つの仮説に頭を悩ましていたからである。
(何があった? これしか考えられないんだけど……)
その仮説について考える内に、双木三柱市の歴史と四十二の都市伝説についての記事の閲覧に時間を費やしてしまう。丸一日調べても望む情報を得られなかった。
(桜木はな、熱くなると全体が見えなくなる癖があるから、熱くなったら落ち着かないとダメだぞ)
以前、テストの解答が単語ではなく記号で書いてしまい全て間違った時があった。その時先生に注意されたことを思い出す。
昔から頑固なところがあり、一つに集中しすぎるとそれが正しいと抱いてしまう悪癖があった。こうなってしまってはなかなか修整できない。間違いを正しいと言い張って、後で自分の意見が間違いだと分からされて親に怒られたことも多くある。
今現在、その悪癖が発症してしまったのだ。
(たぶん、コレであってるはずなんだけど……くそっ!)
正解と証明するには情報が足りない。
儀造の葬式のショックで皆はなかなか動けていない。もう期限は少ない。早く解決に至る明確な糸口を見つけなければ、明香と日和がいなくなってしまう。
最後の夢で会った日和の笑顔を思い出してしまった。
(自覚ないだろうけど結構頼り甲斐があるんだよ)褒めてくれた日和の言葉が。
悩み続けている内に、一つの危険で恐ろしい方法が浮かぶ。
都市伝説の情報量が少ない現状では、一つでも明確な証明がほしい。それがあれば、解決の糸口が見えるかもしれない。しかし、この方法は、誰かが犠牲に……。
駿平は覚悟を決めた。
考えが正しければ、自分も危険な目に遭うだろう。しかし自分の凝り固まった意見を主張していては、蒼空達の考察の邪魔をしてしまう。
この行動と結果を考察に生かして、自分の仮説を証明する足がかりにしてほしい。
実行するにはあまりにも怖い。根が怖がりの自分では尚更実行したくはない。けど、誰かがしなければならないのは確かだ。蒼空でも、このままでは自分と同じ過ちに達してしまう。そして無駄な時間を使ってしまう。
もう時間はない。駿平は決行した。
◇◇◇◇◇
八月十日午後七時五十五分。
蒼空のスマートフォンに着信が入って振動した。画面には“桜木駿平”と表示があった。
「はい。もしもし」
「あ、楸君。今、傍に誰かいたりする?」
仲間内で集まっていると思われているらしい。
「いや、今日は涼城さんのお爺さんの葬式終わってから解散。桜木君、今日なんかあったの?」
「うん、都市伝説でちょっとね」
最初に会った時と本当に同一人物かと疑う程、熱心に調べてくれる事が蒼空には驚きであった。
「楸君にお願いしたいことがあるんだ」
「何?」
「多分、これから僕は失踪するかもしれない」
都市伝説絡み、失踪。それだけで日和が浮かぶ。
「ダメだ! 一人で危険なことしたら!」
「けど、誰かが証明しないといけない。このままだと、情報が足りなくなって大きな間違いを起こしてしまうかもしれないんだ」
「だからって! ってか、今どこ! すぐ行くから!」
「冷静に聞いて!」
強めの声を始めて聞いた。電話越しだが気圧されて蒼空は黙る。
「僕の仮説も、前園さんのお兄さんの仮説も同じな筈なんだ」
なぜ明香の兄が出てくるか謎であった。ふと、集合した時に明香が何か変であった一瞬があったのを思い出す。
「きっと楸君もこの仮説に辿り着くはずだよ。けど全体的に違ってたのかもしれない……多分だけど。なんでこうなるか分からないままだけど、あまり詳しく言うと先入観で真実に気づけないだろうからこれだけしか言えない。けど僕に何かあったら、それは失敗したんじゃなくって、きっかけだと思って」
「ちょっと、何しようとしてるんだ!」
しばらく返事に間が空いた。
「桜木君? ……桜木君!」
「楸君……僕達を助けれるのは、きみ――」
通話が突然切れた。
「桜木君! 桜木君!」
もう一度かけ直そうとするも、“現在、電波の届かない場所に――”と、聞き馴染みがある報告が流れる。スマートフォンの電波を確認すると“圏外”になっている。
「うそ……なんで?」
画面を操作して駿平の番号を表示し、急ぎ足で廊下にある固定電話へと向かう。そして電話をかけるも同じように”電波が届かない場所に――”と声が返ってくる。
事態を報せようと音奏にかけようとするも圏外扱いに。夏美、明香も同様であった。
暢気にテレビを見ている両親が、ニュース速報を見て驚きの声が上がった。どうやら、双木三柱市内において、大規模な電波障害が起きているとあった。偶然か、それとも駿平が都市伝説の何かに触れた影響か。
焦りと不安と恐怖により、蒼空は気になって寝付けなかった。
夜中、何度もスマートフォンの電波を見るも、まったく変化はない。気が変になりそうな夜を、目覚めた状態で過ごした蒼空が寝付けたのは、早めの朝食を済ませた後の午前七時であった。
八月十一日午後一時。
目を覚ました蒼空はスマートフォンを見て電波障害の回復を確認する。昨晩の圏外が嘘のように電波の繋がりは快適だ。
急いで駿平へ電話をかけるも、繋がりはするが何度待っても出ない。
今日は海の家で駿平はバイトの日。
前もって教えてもらったシフトを信じて蒼空は自転車を走らせた。途中、空腹を満たすためにサンドイッチとジュースをコンビニで買い、急いで食べ終えると再び海へと向かう。
十一日の海水浴場は当然のように人が多い。
”なら、海の家も忙しい。電話に出られないのは忙しいから”
そう推理して海の家へ向かうと、まさかの事態に驚いて立ち尽くした。
『誠に勝手ながら、本日は休業とさせて頂きます』の張り紙があった。
いったい、何があったのかまるで分からない。
夏美に事情を訊こうとスマートフォンを手にしたとき、音奏から電話が掛かってきた。
「もしもし、音奏?」
「……蒼空」
声が小さい。まるでいつもの元気が感じられない。
「音奏、どうした? ああ、それと、桜木君なんだけど」
「蒼空……落ち着いて聞いてくれよ」
どうやら一大事なのは分かる。寒気がする。とても嫌な予感がする。
(多分、これから僕は失踪するかもしれない)
昨晩、駿平が言った言葉を思い出した。きっと都市伝説の何かに遭い、失踪した。日和のようにいなくなってしまった。
そう、思った矢先だった。
「……駿平が、死んだ」
日差しの暑さが鬱陶しい。
何か、違う世界にいるような、そんな気がする。
蝉の騒音、海水浴場で騒ぐ人達のはしゃぎ声、それらが遠くでしている気がする。
場所は町の景観を眺められる丘の上。太陽の位置から正午かそれ以降。真夏の照りつける太陽とは違う、春先の陽光ほど温かく、それでいて半袖でも大丈夫である。
周囲に人はおらず、遠くで小鳥の囀りがする。真夏のはずが、なぜ春の気候なのか分からなかった。
「桜木君。ちょっといい?」
声がした。振り向くと三枝日和がいた。
顔を見た瞬間、都市伝説の調査を誘われた事を思い出す。双木三柱市四十二の都市伝説には怪奇ものが多く、怖がりの駿平は当然断っていた。
「三枝さん、何度言われても怖いの、絶対嫌だから」
「違う違う。ちょっと、桜木君……」
言いたいことがあるのだろうが、急に視点が安定せず、小刻みに頭が揺れる。
瞬時に駿平は何か嫌な予感がして後退った。
「三枝……さん?」
恐る恐る呼ぶと、声に反応したように日和は身体と視点の震えが止まった。そして、ゆっくりと姿勢を正し、顔を駿平の方へと向ける。微笑んだ日和と目が合った途端、駿平は恐怖に包まれた。
”眼前の三枝日和は人間ではない”と直感し、口を開こうとする彼女の言葉を聞かずに叫んだ。
「――わああ!!」
七月二十三日午前六時十分。
目覚めた駿平は服が濡れるほどの汗をかいていた。
唐突に浮かんだのは、『三枝日和は死んでいる』であった。
八月二日。
駿平は夏美のLINEで都市伝説を調べてる事情を知った。夏美にしては文章が纏まっている疑問を微かに抱きつつ。
バイトで聞いた話を元に考えても、かなり危険で怖いことをしているのは明確であった。だから不参加を貫こうと意思を固め、返事を翌日にしようと思い、その日は就寝した。
今回は夢の中だとはっきり分かった。
場所は砂浜。太陽が燦々と照りつけているが焼ける暑さはなく、ほどよく心地よい。春先か秋口のような気候である。
「さーくらぎ君」
聞き慣れた声に驚き、身構えて振り返る駿平は、呆れ顔を向ける日和の姿を捉えた。
「……三枝、さ」
「いや、その幽霊でも見るような反応は止めてほしいんだけど」
前回と違い、普通の女子高生の雰囲気である。
「ま、いいや」声に出すと穏やかな表情になる。「怖がらせてごめんね。今回で最後だから」
「楸君とか音奏が……探してたよ」
まだ日和への恐怖が残り、警戒する。
「そっちはそのうち会うからね。けど桜木君には謝っとかないと。怖がらせるようなことになったり、嫌なのに都市伝説調査に誘ったりしたこと。……けどね、本当は期待してたんだよ、桜木君、知恵が回るから、良い感じに謎を解いてくれるって思ったからさ」
「僕、怖いの嫌だから……そんなこと言われても」
「桜木君はさ。自覚ないだろうけど結構頼り甲斐があるんだよ。それなのにいつまでも引っ込み思案でいたら、頼りたい人が頼れなくなっちゃうよ」
「そんな、勝手なこと」
落とした視線を上げて日和を見ると、陽光が当たる顔が笑顔になっていた。風景と海の光景に相まって、煌びやかな雰囲気に見蕩れてしまい声が止まった。
「じゃあね! 桜木君!」
日和は楽しそうに手を振った。そして、瞬きをするほどの刹那で駿平は目を覚ました。
八月三日午前六時。
日和への恐怖が消えた駿平は、夏美にLINEで参加する返事を送った。
加賀見茜と会って以降、駿平は都市伝説の調査に没頭していた。もちろん海の家でのアルバイトはしっかりと熟しつつ。
八月七日。
駿平に奇跡が起きた。それは明香の兄と夢で会ったことだ。時間は短く、話せた内容も少ない。しかしある仮説が同じだと判明した。
目覚めると明香と連絡を取り、知りたい情報を得る。
重要だと思われた情報を見るも、それだけでは情報不足という結果に至った。日和の情報も知りたいが、三枝家は行ったことがないし気が引けていけなかった。
八月八日午後三時。
儀造の死を知るも、ショックより謎の解明を優先した。アルバイトが多く入っていたので調査出来る時間が短いので焦りは募る一方であった。
八月十日。
駿平は儀造の葬式へは参加しなかった。一つの仮説に頭を悩ましていたからである。
(何があった? これしか考えられないんだけど……)
その仮説について考える内に、双木三柱市の歴史と四十二の都市伝説についての記事の閲覧に時間を費やしてしまう。丸一日調べても望む情報を得られなかった。
(桜木はな、熱くなると全体が見えなくなる癖があるから、熱くなったら落ち着かないとダメだぞ)
以前、テストの解答が単語ではなく記号で書いてしまい全て間違った時があった。その時先生に注意されたことを思い出す。
昔から頑固なところがあり、一つに集中しすぎるとそれが正しいと抱いてしまう悪癖があった。こうなってしまってはなかなか修整できない。間違いを正しいと言い張って、後で自分の意見が間違いだと分からされて親に怒られたことも多くある。
今現在、その悪癖が発症してしまったのだ。
(たぶん、コレであってるはずなんだけど……くそっ!)
正解と証明するには情報が足りない。
儀造の葬式のショックで皆はなかなか動けていない。もう期限は少ない。早く解決に至る明確な糸口を見つけなければ、明香と日和がいなくなってしまう。
最後の夢で会った日和の笑顔を思い出してしまった。
(自覚ないだろうけど結構頼り甲斐があるんだよ)褒めてくれた日和の言葉が。
悩み続けている内に、一つの危険で恐ろしい方法が浮かぶ。
都市伝説の情報量が少ない現状では、一つでも明確な証明がほしい。それがあれば、解決の糸口が見えるかもしれない。しかし、この方法は、誰かが犠牲に……。
駿平は覚悟を決めた。
考えが正しければ、自分も危険な目に遭うだろう。しかし自分の凝り固まった意見を主張していては、蒼空達の考察の邪魔をしてしまう。
この行動と結果を考察に生かして、自分の仮説を証明する足がかりにしてほしい。
実行するにはあまりにも怖い。根が怖がりの自分では尚更実行したくはない。けど、誰かがしなければならないのは確かだ。蒼空でも、このままでは自分と同じ過ちに達してしまう。そして無駄な時間を使ってしまう。
もう時間はない。駿平は決行した。
◇◇◇◇◇
八月十日午後七時五十五分。
蒼空のスマートフォンに着信が入って振動した。画面には“桜木駿平”と表示があった。
「はい。もしもし」
「あ、楸君。今、傍に誰かいたりする?」
仲間内で集まっていると思われているらしい。
「いや、今日は涼城さんのお爺さんの葬式終わってから解散。桜木君、今日なんかあったの?」
「うん、都市伝説でちょっとね」
最初に会った時と本当に同一人物かと疑う程、熱心に調べてくれる事が蒼空には驚きであった。
「楸君にお願いしたいことがあるんだ」
「何?」
「多分、これから僕は失踪するかもしれない」
都市伝説絡み、失踪。それだけで日和が浮かぶ。
「ダメだ! 一人で危険なことしたら!」
「けど、誰かが証明しないといけない。このままだと、情報が足りなくなって大きな間違いを起こしてしまうかもしれないんだ」
「だからって! ってか、今どこ! すぐ行くから!」
「冷静に聞いて!」
強めの声を始めて聞いた。電話越しだが気圧されて蒼空は黙る。
「僕の仮説も、前園さんのお兄さんの仮説も同じな筈なんだ」
なぜ明香の兄が出てくるか謎であった。ふと、集合した時に明香が何か変であった一瞬があったのを思い出す。
「きっと楸君もこの仮説に辿り着くはずだよ。けど全体的に違ってたのかもしれない……多分だけど。なんでこうなるか分からないままだけど、あまり詳しく言うと先入観で真実に気づけないだろうからこれだけしか言えない。けど僕に何かあったら、それは失敗したんじゃなくって、きっかけだと思って」
「ちょっと、何しようとしてるんだ!」
しばらく返事に間が空いた。
「桜木君? ……桜木君!」
「楸君……僕達を助けれるのは、きみ――」
通話が突然切れた。
「桜木君! 桜木君!」
もう一度かけ直そうとするも、“現在、電波の届かない場所に――”と、聞き馴染みがある報告が流れる。スマートフォンの電波を確認すると“圏外”になっている。
「うそ……なんで?」
画面を操作して駿平の番号を表示し、急ぎ足で廊下にある固定電話へと向かう。そして電話をかけるも同じように”電波が届かない場所に――”と声が返ってくる。
事態を報せようと音奏にかけようとするも圏外扱いに。夏美、明香も同様であった。
暢気にテレビを見ている両親が、ニュース速報を見て驚きの声が上がった。どうやら、双木三柱市内において、大規模な電波障害が起きているとあった。偶然か、それとも駿平が都市伝説の何かに触れた影響か。
焦りと不安と恐怖により、蒼空は気になって寝付けなかった。
夜中、何度もスマートフォンの電波を見るも、まったく変化はない。気が変になりそうな夜を、目覚めた状態で過ごした蒼空が寝付けたのは、早めの朝食を済ませた後の午前七時であった。
八月十一日午後一時。
目を覚ました蒼空はスマートフォンを見て電波障害の回復を確認する。昨晩の圏外が嘘のように電波の繋がりは快適だ。
急いで駿平へ電話をかけるも、繋がりはするが何度待っても出ない。
今日は海の家で駿平はバイトの日。
前もって教えてもらったシフトを信じて蒼空は自転車を走らせた。途中、空腹を満たすためにサンドイッチとジュースをコンビニで買い、急いで食べ終えると再び海へと向かう。
十一日の海水浴場は当然のように人が多い。
”なら、海の家も忙しい。電話に出られないのは忙しいから”
そう推理して海の家へ向かうと、まさかの事態に驚いて立ち尽くした。
『誠に勝手ながら、本日は休業とさせて頂きます』の張り紙があった。
いったい、何があったのかまるで分からない。
夏美に事情を訊こうとスマートフォンを手にしたとき、音奏から電話が掛かってきた。
「もしもし、音奏?」
「……蒼空」
声が小さい。まるでいつもの元気が感じられない。
「音奏、どうした? ああ、それと、桜木君なんだけど」
「蒼空……落ち着いて聞いてくれよ」
どうやら一大事なのは分かる。寒気がする。とても嫌な予感がする。
(多分、これから僕は失踪するかもしれない)
昨晩、駿平が言った言葉を思い出した。きっと都市伝説の何かに遭い、失踪した。日和のようにいなくなってしまった。
そう、思った矢先だった。
「……駿平が、死んだ」
日差しの暑さが鬱陶しい。
何か、違う世界にいるような、そんな気がする。
蝉の騒音、海水浴場で騒ぐ人達のはしゃぎ声、それらが遠くでしている気がする。
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