ソラのいない夏休み

赤星 治

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三章 迫る恐怖

1 止まる調査

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 八月九日。
 都市伝説調査ができる状態ではなかった。

 夏美は落ち込み、明香は気を使って黙っている。
“ごめんね、本当は明香ちゃんのことで一日一日が大事なのに”
 そう、LINEで送られた文面を見るだけで明香は何もしてあげられないもどかしさと、自らの死期が迫る恐怖の挾間で焦燥を募らせていた。
“私の事は大丈夫だから。今は夏美ちゃんと家族の事だけ考えて”
 トラのキャラクターが笑顔を浮かべるスタンプを送る。こんな時まで気を遣うのが苦しい心情を無理やり抑え込み、明香はスマートフォンを伏せて置いた。
 夏美はこんな落ち込んでいてはいけない思いはある。けど気持ちは悲しみで満ちている。好きな祖父が亡くなったのだから。明香に気を遣わせているもどかしさがある。死の期限が迫っているのに。

 音奏はどうすればいいか分からず、ただ部屋で何をするでもない一日を過ごす。本当は明香の為に動きたい。しかし自分はどう考えても、どう行動してもいいか分からない。いつも蒼空任せで、いざと言うときは何も出来ない体たらくとなっている。心の負担は大いにある。本人が一番よく分かっている。

 駿平は考えを巡らせ続けて黙々とバイトに励んだ。他の従業員に何か悩みがあるのかと尋ねられる場面が時々あった。本人は気づいていないが思い悩む表情をする時があった。何事もなかったように返すが、駿平は焦っていた・・・・・

 蒼空は思考が上手く働かない。友達を救う責任感、期限が迫る焦り、大した成果の無い苛立ち。何をするか本当に分からなくなり、何気ない気持ちのまま自然と風見鶏公園へと足が向いた。
 今まで突然現われる事が多かった加賀見茜は、蒼空が休憩所へ到着した時、既に長椅子に腰掛けていた。

「……都市伝説調査、って雰囲気ではないみたいね」
 こんな気持ちが沈んだ時でも加賀見茜は微笑みを絶やさず接する。不思議と彼女の周りだけ世界が変わり、儀造が他界した現実すら無いものと抱かせる心地よさがあった。
「加賀見さんだったら……事情、分かりますよね」
「ええ。夏美ちゃんはかなり落ち込んでるでしょうね。けどそれは言い換えれば故人を大切だと思っていた証拠。あの世で嬉しく思ってるはずよ、愛おしんだ人に悼まれてるんですもの」
 言葉の意味、未来が見れる加賀見茜が言っているのだから、夏美を通して儀造がどれだけ孫を大切に思っていたかを蒼空は察した。
「それで、死別の経験が少なくて、同時に明香ちゃんの死期が迫ってる焦りと、謎が解けないもどかしい心情の蒼空君は、どうしていいか分からずにここへ来たって所かな?」
「……なんでもお見通しなんですね」
「これはただの憶測でしかないわ。けど蒼空君は精神面でちょっと強めの衝撃が起きたら顔に出やすいからかもね」長椅子を叩いた。「こっちで話さない? 取って食べる訳じゃないから安心して」
 そんなことは思っていない。言おうとするも喉元で止まり素直に長椅子へ。斜め向かいに腰掛けた。

「お通夜は?」
「今晩です。葬式は明日って」
 加賀見茜の言葉を遮ってまで蒼空は詳細を淡々と語った。
「……詳しくありがとう」
「なんか、ずっと加賀見さんに見られてばかりだと……ちょっとだけ対抗心……です」
 微笑みを返された。
「……あの、加賀見さんって……」
 涼城家の話を持ち出す気になれない。かといって黙って過ごす気になれない。
 質問を準備していないが、とにかく無駄でも話をして気を紛らわしたい気持ちで話しかけた。
「日和や御堂さんと繋がりがあるんですか? 親戚みたいな感じで」

 突拍子もない質問しか出なかった。返事に解決の糸口となる期待は無い。
「そんな都合の良い繋がりは無いわね」
 当然だと思うも落胆する気持ちもない。
「失踪した日和ちゃんが偶然都市伝説に巻き込まれ、偶然蒼空君の夢に御堂六郎さんと日和ちゃんが同時期に出てきて、それで偶然私と日和ちゃんが関係あるなんて、小説の題材としても創作力不足ね。ご都合主義展開に頼りすぎかしら」
「……ですよね」
「日和ちゃんや御堂六郎さんと血縁関係の繋がりは無いわ。ただ別の関係はあるわね」
「え?」
 不意の返答に情けない声が漏れた。
「日和ちゃんとは蒼空君が私と話しているように話していたわ」
 まさか、日和が茜と接点があった事に驚き、目が見開いた。
「御堂六郎さんとは……、まあ、こういった不思議な者同士、かしらね。不思議者同士って、分からない者同士なのよ。会えるとしたら、かなり特別な時かな。殆ど奇跡ね」

 はぐらかされている気がしてならない。蒼空は冷静に質問を選ぶ。

「何か意味ありげな言い方ですね。御堂さんは加賀見さんが「加賀見茜を名乗るなら」って前置いて名前を告げましたよ」
「でしょうね。そういう法則・・・・・・だから。とはいえ、私自身とあの人に親密な関係はないわ。蒼空君達の見てない所で会ってるってこともないし、互いに互いの事を知らない者同士ね」
 何を言いたいか分からない。こんな言葉で締めるのだから、今までの経緯から追求しようにもこれ以上の情報は得られないと判断出来る。
 蒼空が考察する最中、話しかけられた。
「日和ちゃん、なんて言ったの?」
「え?」
 夢で会ったこと読まれた。
「見えてるんじゃないですか? 分かりますよね」
「いいえ。私が見えるのは現実に起きる現象のみ。非現実な世界、夢という人間の脳が起こす現象ではあるけれども、蒼空君が見た世界の光景は見えないの」
 説明しようとするも、小難しい事を話していた。としか覚えていない。
「広い目で見れば兆しを感じれる。必要なきっかけは続いてる。結末はどちらにも転ぶように進んでる。どんな未来を掴むかは本人次第。だったかな?」とりあえず覚えてる言葉を口にした。「あと、次が最後かもって」
 加賀見茜には珍しく笑顔が消える。始めてこんな顔を見て、蒼空は慌てて言葉を重ねる。
「ごめんなさい。あいつ、小難しい事言うから全然覚えられなくて」

 表情変化が蒼空に気を遣わせたと思われたのか、温和な表情に戻った。
「ああ、違うの。こっちこそごめんなさいね。それに、夢で語られた言葉は蒼空君の中にちゃんと刻まれてるから忘れてても、ふとした拍子に思い出されたりするものよ」
「そういうもんですか?」
「普通の人間関係でもそういう時あるでしょ? ちょっとした拍子で思い出すのは。夢の、しかも日和ちゃんのような存在が語り聞かせた言葉なら尚更思い出しやすいわ。私もそう、御堂六郎さんもそう。奇妙で不思議って、些細なところで少しだけ特別なのよ」
 曖昧な返事を蒼空は返した。
「蒼空君、二つ忠告しておくわ」
「え?」
「今日から十四日まで。これから様々な事が起きるわ。とても気が変になりそうな事ばかり。だけど冷静に、ただ、冷静に物事を見つめて」
 またも表情が曇る。ただ、真っ直ぐに蒼空を見ている。
「答えに導く考察の素材となるものはいくつも眼の前にあるわ。ただそれに気付くか、情報を得ても考察を深める事が出来るか、答えに辿り着くか。運命は都市伝説の真っ当な流れにも、蒼空君の手に入れたい未来にも、どちらにも転ぶようになっているの。……まるで争奪戦みたいね。未来を決める権利は蒼空君が手にするか、都市伝説か」

 話を聞いてもよく分からない。ただ、加賀見茜と日和はおそらく知っている。辿り着きたい未来の道筋を。
 回りくどく言うのは、制限があるのかもしれない。奇異の存在側の制限が。

「最後に、日和ちゃんと会う機会は蒼空君次第よ。たった一度、どこでも使える”会える権利”。強く望めばいいの」
「え、じゃあ、今望んでも会えるって事ですか」
「ただしとても貴重な一回よ。夢でも現実でも、この一回の使いどころで大きく物事は様変わりするかもしれない可能性を秘めている。全ては蒼空君次第ね」
「どうして? 加賀見さんは毎日でも会おうとするなら可能なのに」
「それは……」視線を逸らして深く考える。「そうね。例えるなら水筒が分かりやすいかしら」
「水筒?」
「ええ。蒼空君、水が満タンに入った水筒があるとしましょう。水は入っている以上、何度でも出せるわ。蒼空君ならこの水をどう使う?」
「なぞかけですか? 普通に飲む……とか?」
 間違ってはいけないと思いつつ、正解を選ぶ。
「ふふふ。そうね、そのまま喉を潤すことも水分補給でもいいわね。けど、こうも考えられるわ。鍋に出して沸騰させてお湯を飲む。もしくはカップラーメンに使うとか。他に氷だったり、花に水やりなどなど」
 確かに水筒に入っているのが水なら、他にも色々出来る。
「それがどうしたんですか?」
「今の日和ちゃんは、さしずめコップ一杯分の水ね。使いすぎたのよ。けど仕方のない消費」
「回数じゃなくて、エネルギー量みたいなのですか?」

 返事の言葉は無い。微笑んで返され徐に立ち上がられた。

「今日は有意義な時間をありがとう。また会いましょ」
 そう言い残して歩き出すと、濃霧の中へ入るように姿を消した。
 こういった存在だと分かっていた。しかし、本当にこんな現象が目の前で起きた事に驚いた蒼空は、明後日の方向を向いたまま呆然と立ち尽くした。
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