ソラのいない夏休み

赤星 治

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二章 協力と謎

10 空間演出

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 もう、それが夢である感覚を蒼空は掴んだ。なにより場所があからさまに夢の世界であると証明している。
 倒壊した部分が目立つ壁、天井。屋内に散らかる折れた細い木や枝、石や岩、外壁の瓦礫など。ダンスホールという印象を抱かせる、それほど広くはない大部屋。
 残っている天井を見ると、窓硝子が天井にもある。硝子片が残る部分を見るからに、満月の夜には月光が差し込んで灯が一つもいらないだろう。ロマンチックな大部屋である印象であった。しかし現状では木々に囲まれた場所に佇む廃れきった屋敷の一室でしかない。
 肝試しやホラー特番の撮影、廃墟マニアが足を踏み入れる意外は人が入らない部屋である。怪談などが苦手な蒼空には無縁であり、何があっても一人では入らない。

 不安な面持ちで周囲を見回すと、突如クラッシックが流れる。音に反応して周囲を警戒するも、音楽は流れ続ける。
 ショパン『別れの曲』
 その曲を聴いたことのある蒼空はタイトルまでは知らない。

「あははは」
 出口を必死に探そうとする蒼空は聞き覚えのある笑い声を聞く。日和と分かり名前を呼ぶと、大きな瓦礫の上に座って現われた。
「日和……」
 怖い場所に知り合いがいる。日和が以前同様に現われた。二重の意味で安堵する。
「悪ふざけだったら笑えないぞ」
「ごめんごめん。今日はどうしてもこんな方法じゃないとダメだったから。けど蒼空君、昔から恐いの苦手なの変わらないんだね」
 中学二年までの日和の態度だ。別人になった訳ではなかった。
「誰だってこんな不気味な所に一人で立たされたら怖がるだろ」
 日和は笑顔で返すと岩から降りた。

「悪戦苦闘してるみたいね」
「そりゃそうだろ。犯人がいて、トリックを暴くようなもんじゃないからな。今は都市伝説調べるしか出来ないし、何が正解かどうかが分からなくなる」
「……蒼空君は」
「ちょっと待って」
 突然言葉を遮られ、日和は疑問符が浮かぶような表情で蒼空を見る。
「目覚める前に知りたい。日和はこの謎全てが、どういった経緯で起きてるか知ってるのか?」
「ええ、知ってる。というより、“知った”というのが正解かな。けどストレートに話すことはできないの」
「どうして?」
 日和は説明の言葉を考える。
「制限。って言えばそれまでだけど、話せる内容も限りがあるの。その僅かな情報をどのように話すかが大切になってくるから。こう見えて私も立場的にかなり大変なのよ」
 笑顔で返されるのを見ると大変かどうかが疑わしく思える。
「じゃあ、この部屋」
「蒼空君」
 言葉を遮られた。
「答えを私に求めちゃダメだよ。考え続けなきゃ」

 事情を求める気にはならなかった。それすらも制限の中に組み込まれ、自身の発言一つで何かが大きく狂い出す可能性を孕んでいるのだと直感した。
 制限あり。それだけで質問があれば絞らなければならない。答えられない質問は時間の無駄だ。

「……もう一ついいか?」
「なぁに?」
「お前とこうやって会えるのは回数制限みたいなのがあるのか?」
「ええ。単純計算だと八月十四日までの約二週間分、そこから条件を満たさない限り会えないからさらに削られる。今回を抜いて最大で十一回、最小でこれが最後。あー、でも、もう少し削られるかな。……とにかく、こうして話せる一回一回は貴重って考えて」
 やはり笑顔で返される。説明の内容と笑顔に違和感を覚える。まるで試されている気がして、これ以上の無駄な説明を省き、日和が言いたいことを求めた。
「蒼空君はこの部屋を見た時、この『別れの曲』が流れたとき、どんな風に感じた?」
「感じるも何も、怖い上にいきなりクラッシックだぞ。怨霊とか出てきそうな怖さがあるに決まってるだろ」
「ご尤も。全くもって正しい意見ね」

 日和は近くの瓦礫が積もる隙間から何かを掴んで取り出した。それは現代では珍しい小さなテープレコーダーであった。

「スマホとかでも代用可能だけど、これはこれで見つかっても恐怖心が増すとは思わない? 建物とか倒壊具合とか時代背景にも合いそう。怖さを増長させるんだったら蓄音機とかもいいわね。音飛びの曲なんて流せば怖い雰囲気はさらに際立つから」
「……何が言いたいんだ?」
 まるで何かの謎かけのようにも見える。
「蒼空君。どんな謎解きであっても重要なのは視点を変える事よ。それは見る方向を変えるって、物理的な意味じゃなくて考え方の問題。この部屋だって、見た目だと廃墟。森の中、荒廃した有様、そして流れないはずの曲が、テープレコーダーから流れる。テープレコーダーこれに気づかなかったらホラー系の空間演出として上出来でしょ? コレも普通はこんな所にあるんだから壊れてるって思うだろうし」テープレコーダーを揺らして見せた。
「それは、お前が用意したからだろ? 夢の中だから魔法のように出現させただろうけど」
「そう言われちゃえば、そうなって終了なんだけど。この空間演出は現実でも起こせるかどうか? って訊かれたら、蒼空君ならどう答える?」
 状況からして廃墟と電池で動くレコーダー、スマホでも代用可能なら作る事は可能だ。夜の廃墟にスマートフォンからクラッシックを流し、瓦礫に隠せばいいだけだ。
「怨霊とは無関係な空間の完成。事情を知らないターゲットの思い込みでとびっきりの怪奇が出来上がるの。蒼空君、いろんな情報にはいろんな意味があるのよ」
 曲が終わりを迎えると、レコーダーはカチッと停止ボタンが動き、蒼空は視界が暗転した。


 間もなくして目覚めた。見慣れた自分の部屋の天井を目にする。
 呆然とするなか、近くに置いてあるスマートフォンのメモアプリを開き、『視点を変えて調べる』と記した。
 日和と夢で会う度に焦りが募る。本当に奇怪な現象の中にいるとはっきり感じる。
 カレンダーの日付を見るのが億劫になった。


 八月三日午前八時。
 グループLINEで夏美の文章が送信されていることに気付く。
“駿平君が協力してくれるって”
 熊のキャラクターがVサインを示すスタンプが加えられている。

 どんな誘い文句を言えば怖がりの駿平を誘えるのか謎でしかないが、それを可能とさせた夏美のコミュニケーション力はかなりのものだと、朝から蒼空は感心した。
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