19 / 40
二章 協力と謎
10 空間演出
しおりを挟む
もう、それが夢である感覚を蒼空は掴んだ。なにより場所があからさまに夢の世界であると証明している。
倒壊した部分が目立つ壁、天井。屋内に散らかる折れた細い木や枝、石や岩、外壁の瓦礫など。ダンスホールという印象を抱かせる、それほど広くはない大部屋。
残っている天井を見ると、窓硝子が天井にもある。硝子片が残る部分を見るからに、満月の夜には月光が差し込んで灯が一つもいらないだろう。ロマンチックな大部屋である印象であった。しかし現状では木々に囲まれた場所に佇む廃れきった屋敷の一室でしかない。
肝試しやホラー特番の撮影、廃墟マニアが足を踏み入れる意外は人が入らない部屋である。怪談などが苦手な蒼空には無縁であり、何があっても一人では入らない。
不安な面持ちで周囲を見回すと、突如クラッシックが流れる。音に反応して周囲を警戒するも、音楽は流れ続ける。
ショパン『別れの曲』
その曲を聴いたことのある蒼空はタイトルまでは知らない。
「あははは」
出口を必死に探そうとする蒼空は聞き覚えのある笑い声を聞く。日和と分かり名前を呼ぶと、大きな瓦礫の上に座って現われた。
「日和……」
怖い場所に知り合いがいる。日和が以前同様に現われた。二重の意味で安堵する。
「悪ふざけだったら笑えないぞ」
「ごめんごめん。今日はどうしてもこんな方法じゃないとダメだったから。けど蒼空君、昔から恐いの苦手なの変わらないんだね」
中学二年までの日和の態度だ。別人になった訳ではなかった。
「誰だってこんな不気味な所に一人で立たされたら怖がるだろ」
日和は笑顔で返すと岩から降りた。
「悪戦苦闘してるみたいね」
「そりゃそうだろ。犯人がいて、トリックを暴くようなもんじゃないからな。今は都市伝説調べるしか出来ないし、何が正解かどうかが分からなくなる」
「……蒼空君は」
「ちょっと待って」
突然言葉を遮られ、日和は疑問符が浮かぶような表情で蒼空を見る。
「目覚める前に知りたい。日和はこの謎全てが、どういった経緯で起きてるか知ってるのか?」
「ええ、知ってる。というより、“知った”というのが正解かな。けどストレートに話すことはできないの」
「どうして?」
日和は説明の言葉を考える。
「制限。って言えばそれまでだけど、話せる内容も限りがあるの。その僅かな情報をどのように話すかが大切になってくるから。こう見えて私も立場的にかなり大変なのよ」
笑顔で返されるのを見ると大変かどうかが疑わしく思える。
「じゃあ、この部屋」
「蒼空君」
言葉を遮られた。
「答えを私に求めちゃダメだよ。考え続けなきゃ」
事情を求める気にはならなかった。それすらも制限の中に組み込まれ、自身の発言一つで何かが大きく狂い出す可能性を孕んでいるのだと直感した。
制限あり。それだけで質問があれば絞らなければならない。答えられない質問は時間の無駄だ。
「……もう一ついいか?」
「なぁに?」
「お前とこうやって会えるのは回数制限みたいなのがあるのか?」
「ええ。単純計算だと八月十四日までの約二週間分、そこから条件を満たさない限り会えないからさらに削られる。今回を抜いて最大で十一回、最小でこれが最後。あー、でも、もう少し削られるかな。……とにかく、こうして話せる一回一回は貴重って考えて」
やはり笑顔で返される。説明の内容と笑顔に違和感を覚える。まるで試されている気がして、これ以上の無駄な説明を省き、日和が言いたいことを求めた。
「蒼空君はこの部屋を見た時、この『別れの曲』が流れたとき、どんな風に感じた?」
「感じるも何も、怖い上にいきなりクラッシックだぞ。怨霊とか出てきそうな怖さがあるに決まってるだろ」
「ご尤も。全くもって正しい意見ね」
日和は近くの瓦礫が積もる隙間から何かを掴んで取り出した。それは現代では珍しい小さなテープレコーダーであった。
「スマホとかでも代用可能だけど、これはこれで見つかっても恐怖心が増すとは思わない? 建物とか倒壊具合とか時代背景にも合いそう。怖さを増長させるんだったら蓄音機とかもいいわね。音飛びの曲なんて流せば怖い雰囲気はさらに際立つから」
「……何が言いたいんだ?」
まるで何かの謎かけのようにも見える。
「蒼空君。どんな謎解きであっても重要なのは視点を変える事よ。それは見る方向を変えるって、物理的な意味じゃなくて考え方の問題。この部屋だって、見た目だと廃墟。森の中、荒廃した有様、そして流れないはずの曲が、テープレコーダーから流れる。テープレコーダーに気づかなかったらホラー系の空間演出として上出来でしょ? コレも普通はこんな所にあるんだから壊れてるって思うだろうし」テープレコーダーを揺らして見せた。
「それは、お前が用意したからだろ? 夢の中だから魔法のように出現させただろうけど」
「そう言われちゃえば、そうなって終了なんだけど。この空間演出は現実でも起こせるかどうか? って訊かれたら、蒼空君ならどう答える?」
状況からして廃墟と電池で動くレコーダー、スマホでも代用可能なら作る事は可能だ。夜の廃墟にスマートフォンからクラッシックを流し、瓦礫に隠せばいいだけだ。
「怨霊とは無関係な空間の完成。事情を知らないターゲットの思い込みでとびっきりの怪奇が出来上がるの。蒼空君、いろんな情報にはいろんな意味があるのよ」
曲が終わりを迎えると、レコーダーはカチッと停止ボタンが動き、蒼空は視界が暗転した。
間もなくして目覚めた。見慣れた自分の部屋の天井を目にする。
呆然とするなか、近くに置いてあるスマートフォンのメモアプリを開き、『視点を変えて調べる』と記した。
日和と夢で会う度に焦りが募る。本当に奇怪な現象の中にいるとはっきり感じる。
カレンダーの日付を見るのが億劫になった。
八月三日午前八時。
グループLINEで夏美の文章が送信されていることに気付く。
“駿平君が協力してくれるって”
熊のキャラクターがVサインを示すスタンプが加えられている。
どんな誘い文句を言えば怖がりの駿平を誘えるのか謎でしかないが、それを可能とさせた夏美のコミュニケーション力はかなりのものだと、朝から蒼空は感心した。
倒壊した部分が目立つ壁、天井。屋内に散らかる折れた細い木や枝、石や岩、外壁の瓦礫など。ダンスホールという印象を抱かせる、それほど広くはない大部屋。
残っている天井を見ると、窓硝子が天井にもある。硝子片が残る部分を見るからに、満月の夜には月光が差し込んで灯が一つもいらないだろう。ロマンチックな大部屋である印象であった。しかし現状では木々に囲まれた場所に佇む廃れきった屋敷の一室でしかない。
肝試しやホラー特番の撮影、廃墟マニアが足を踏み入れる意外は人が入らない部屋である。怪談などが苦手な蒼空には無縁であり、何があっても一人では入らない。
不安な面持ちで周囲を見回すと、突如クラッシックが流れる。音に反応して周囲を警戒するも、音楽は流れ続ける。
ショパン『別れの曲』
その曲を聴いたことのある蒼空はタイトルまでは知らない。
「あははは」
出口を必死に探そうとする蒼空は聞き覚えのある笑い声を聞く。日和と分かり名前を呼ぶと、大きな瓦礫の上に座って現われた。
「日和……」
怖い場所に知り合いがいる。日和が以前同様に現われた。二重の意味で安堵する。
「悪ふざけだったら笑えないぞ」
「ごめんごめん。今日はどうしてもこんな方法じゃないとダメだったから。けど蒼空君、昔から恐いの苦手なの変わらないんだね」
中学二年までの日和の態度だ。別人になった訳ではなかった。
「誰だってこんな不気味な所に一人で立たされたら怖がるだろ」
日和は笑顔で返すと岩から降りた。
「悪戦苦闘してるみたいね」
「そりゃそうだろ。犯人がいて、トリックを暴くようなもんじゃないからな。今は都市伝説調べるしか出来ないし、何が正解かどうかが分からなくなる」
「……蒼空君は」
「ちょっと待って」
突然言葉を遮られ、日和は疑問符が浮かぶような表情で蒼空を見る。
「目覚める前に知りたい。日和はこの謎全てが、どういった経緯で起きてるか知ってるのか?」
「ええ、知ってる。というより、“知った”というのが正解かな。けどストレートに話すことはできないの」
「どうして?」
日和は説明の言葉を考える。
「制限。って言えばそれまでだけど、話せる内容も限りがあるの。その僅かな情報をどのように話すかが大切になってくるから。こう見えて私も立場的にかなり大変なのよ」
笑顔で返されるのを見ると大変かどうかが疑わしく思える。
「じゃあ、この部屋」
「蒼空君」
言葉を遮られた。
「答えを私に求めちゃダメだよ。考え続けなきゃ」
事情を求める気にはならなかった。それすらも制限の中に組み込まれ、自身の発言一つで何かが大きく狂い出す可能性を孕んでいるのだと直感した。
制限あり。それだけで質問があれば絞らなければならない。答えられない質問は時間の無駄だ。
「……もう一ついいか?」
「なぁに?」
「お前とこうやって会えるのは回数制限みたいなのがあるのか?」
「ええ。単純計算だと八月十四日までの約二週間分、そこから条件を満たさない限り会えないからさらに削られる。今回を抜いて最大で十一回、最小でこれが最後。あー、でも、もう少し削られるかな。……とにかく、こうして話せる一回一回は貴重って考えて」
やはり笑顔で返される。説明の内容と笑顔に違和感を覚える。まるで試されている気がして、これ以上の無駄な説明を省き、日和が言いたいことを求めた。
「蒼空君はこの部屋を見た時、この『別れの曲』が流れたとき、どんな風に感じた?」
「感じるも何も、怖い上にいきなりクラッシックだぞ。怨霊とか出てきそうな怖さがあるに決まってるだろ」
「ご尤も。全くもって正しい意見ね」
日和は近くの瓦礫が積もる隙間から何かを掴んで取り出した。それは現代では珍しい小さなテープレコーダーであった。
「スマホとかでも代用可能だけど、これはこれで見つかっても恐怖心が増すとは思わない? 建物とか倒壊具合とか時代背景にも合いそう。怖さを増長させるんだったら蓄音機とかもいいわね。音飛びの曲なんて流せば怖い雰囲気はさらに際立つから」
「……何が言いたいんだ?」
まるで何かの謎かけのようにも見える。
「蒼空君。どんな謎解きであっても重要なのは視点を変える事よ。それは見る方向を変えるって、物理的な意味じゃなくて考え方の問題。この部屋だって、見た目だと廃墟。森の中、荒廃した有様、そして流れないはずの曲が、テープレコーダーから流れる。テープレコーダーに気づかなかったらホラー系の空間演出として上出来でしょ? コレも普通はこんな所にあるんだから壊れてるって思うだろうし」テープレコーダーを揺らして見せた。
「それは、お前が用意したからだろ? 夢の中だから魔法のように出現させただろうけど」
「そう言われちゃえば、そうなって終了なんだけど。この空間演出は現実でも起こせるかどうか? って訊かれたら、蒼空君ならどう答える?」
状況からして廃墟と電池で動くレコーダー、スマホでも代用可能なら作る事は可能だ。夜の廃墟にスマートフォンからクラッシックを流し、瓦礫に隠せばいいだけだ。
「怨霊とは無関係な空間の完成。事情を知らないターゲットの思い込みでとびっきりの怪奇が出来上がるの。蒼空君、いろんな情報にはいろんな意味があるのよ」
曲が終わりを迎えると、レコーダーはカチッと停止ボタンが動き、蒼空は視界が暗転した。
間もなくして目覚めた。見慣れた自分の部屋の天井を目にする。
呆然とするなか、近くに置いてあるスマートフォンのメモアプリを開き、『視点を変えて調べる』と記した。
日和と夢で会う度に焦りが募る。本当に奇怪な現象の中にいるとはっきり感じる。
カレンダーの日付を見るのが億劫になった。
八月三日午前八時。
グループLINEで夏美の文章が送信されていることに気付く。
“駿平君が協力してくれるって”
熊のキャラクターがVサインを示すスタンプが加えられている。
どんな誘い文句を言えば怖がりの駿平を誘えるのか謎でしかないが、それを可能とさせた夏美のコミュニケーション力はかなりのものだと、朝から蒼空は感心した。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
歩みだした男の娘
かきこき太郎
ライト文芸
男子大学生の君島海人は日々悩んでいた。変わりたい一心で上京してきたにもかかわらず、変わらない生活を送り続けていた。そんなある日、とある動画サイトで見た動画で彼の心に触れるものが生まれる。
それは、女装だった。男である自分が女性のふりをすることに変化ができるとかすかに希望を感じていた。
女装を続けある日、外出女装に出てみた深夜、一人の女子高生と出会う。彼女との出会いは運命なのか、まだわからないが彼女は女装をする人が大好物なのであった。
連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。
思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。
だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。
「ああ、抱きたい・・・」
庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話
フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談!
隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。
30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。
そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。
刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!?
子供ならば許してくれるとでも思ったのか。
「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」
大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。
余りに情けない親子の末路を描く実話。
※一部、演出を含んでいます。
SNSの使い方
花柳 都子
ミステリー
ある日、無実の罪でアルバイトをクビになった綿貫千春は、ひょんなことから小さな編集社の旅雑誌公式SNSプロジェクトを手伝うことに。
旅雑誌といえばキラキラしてワクワクして、見ているだけで幸せな気持ちになれる、はずなのに。
不運続きの千春にとって、他人のSNSなど微塵も興味がなく、いっそ消えてなくなればいいとさえ思っていた為、実際のところ全くもって熱が入らなかった。
それでも相棒となった記者の風月七緒は、千春の仕事ぶりを認め、取材で関わる全ての人に敬意を払い、どんなに小さな仕事に対しても真っ直ぐ、懸命に向き合う。そんな姿に千春は徐々に心を動かされていく。
彼らは行く先々で必ずトラブルに巻き込まれるが、千春はその度にその土地の人々の葛藤や迷いが、そしてその人たちにしか分からない愛や幸せがあることを知る。
自分にとっての幸せとは、SNSを見る人たちの日常の喜びとは、全ての人にとってのこの世界とは、一体何なのか。
人生一度目の壁にぶつかる若き青年と、人類全ての幸福を願う文系ヒーローの熱くもあたたかい物語。
SNSを通して本当の幸せを見つけたいあなたへ、心からの愛を込めて。
そんなふうに見つめないで…デッサンのモデルになると義父はハイエナのように吸い付く。全身が熱くなる嫁の私。
マッキーの世界
大衆娯楽
義父の趣味は絵を描くこと。
自然を描いたり、人物像を描くことが好き。
「舞さん。一つ頼みがあるんだがね」と嫁の私に声をかけてきた。
「はい、なんでしょうか?」
「デッサンをしたいんだが、モデルになってくれないか?」
「え?私がですか?」
「ああ、
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる