ソラのいない夏休み

赤星 治

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二章 協力と謎

1 夕景の河川敷

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 七月二十八日午前十時。
 蒼空は音奏の家にいる。今年の猛暑は七月の終わりでも三十七度をたたき出すとテレビで予報があり、午前中は屋内で情報整理に専念すると二人で決めた。いつまでもレストランや喫茶店へ行けば、八月入って数日後に所持金が尽きてしまうから。
 外に出るのも嫌気がさしている音奏は寝転がってスマートフォンを弄り、都市伝説の記事を眺めていた。
「……蒼空、手っ取り早くお前が日和ちゃんの家行って部屋見てきたほうがいいんじゃね?」
 手早く事態が解決に至る提案を口にした音奏の頭の中ではミステリードラマのような展開が構築されている。
 失踪女子高生の家に謎を解く手がかりがある、幼馴染みがソレを見つける、閃いて問題解決。そんな安直な考えを。
「日和の家行ったの小五が最後だぞ。しかも引っ越し先の家にいきなり行ったら、俺、ガチでヤバい奴だろ。同じクラスならお前が適任だろ」
「俺が行ったら変な噂立つわ。失踪した女子の家に一人で行くって、それこそヤバい奴だぞ。高校生が犯罪者の変な事件とかあるし」
 次に駿平に協力してもらおうと蒼空が提案するも即答で却下された。駿平は女子に対する苦手意識が強いからである。
 調べた資料だけを見ても何一つ進展はない。ここ数日、都市伝説の舞台となる場所へ行くも、めぼしい進展はない。
 当然といえば当然であった。何か奇妙な事が頻発するなら警察がそこら中に蔓延っているだろうから。

「つーか都市伝説の内容って、どっか行ったらなんか出るか、なんか起きるだけだろ? 殆ど怪談っぽいし。あと時間が昔の呼び方多すぎ、普通で良いじゃん、面倒くせぇ。何をどうすりゃいいんだ? 結局のところ」
 音奏が散々愚痴るとスマートフォンを手放して天井を眺めた。
「ドラマだったら都合良く解決の糸口見つけるんだろうけどなぁ」
 蒼空はノートを手放した。
 所詮ドラマは架空の物語。制作の都合上、早く事態に変化を起こさないと放送時間に纏まらない。どうでもいい現実的な正論が蒼空に浮かんだ。
 この三日間、日和の家から学校、行きそうな場所とあちこち動き回ったが、探偵でもなければ警察でもない二人には手がかりが何一つとして掴めていない。
「……なあ、駿平の仕事ぶり、見に行かねぇ?」
 これ以上何も進展を見せない事態に痺れを切らせた音奏が気晴らしに提案する。
「俺、桜木君と一回しか会ってないから、会うの気が引けるんだけど」
「いいのいいの。いつどんな時に会っても、あいつはあのまんまだから。無理やり会わなきゃなんねぇんだって」
 半ば強引に蒼空は連れて行かれた。


 一時間後。夕日ノ町海岸に蒼空と音奏は自転車で訪れた。既に二人のシャツは汗で湿り、駿平に会うよりも早く何かを飲みたい気持ちだけが強い。
「いらっ……え、なんで?」
 接客する駿平を見た二人は挨拶よりも先に飲み物を求めた。二人揃ってオレンジジュースを注文して会計を済ませると、間もなくしてLサイズのオレンジジュースを渡されて一口飲んだ。
「あー、やっぱオレンジ最っ高!」
 音奏を余所に蒼空は空いている長椅子を見つけた。そこに座ろうと考えて。
 二人の所持品と格好を見た駿平は、違うと思いつつも訊いた。
「絶対違うだろうけど……二人で海水浴?」
 なぜ来たのかが気がかりであった。
「うんや。お前の仕事ぶり見たくて。日和ちゃん捜しが全然進まないから気晴らし」
「……じゃあ、注文とかは?」

 せっかくだからと二人はかき氷を注文した。種類は二つあり、オーソドックスなかき氷か、アイスとフルーツが乗った特製のかき氷がある。値段はやや高めであった。
 財布を開けば、選ばれるものがオーソドックスなかき氷に即決された。四種類ある味から、音奏はメロン味、蒼空はブルーハワイを注文する。
 かき氷が運ばれると駿平はやや申し訳なさそうに「じゃあ、仕事あるから」と告げて作業場へ戻る。
 これから忙しくなるのだろう。手際よく働く駿平の姿を見た二人が虚しさを抱きながら長椅子に腰かけて海を眺める。
「……俺等……何やってんだろうな」
 音奏がかき氷を食べながら呟く。蒼空も同意見で、日和捜しが本当に正しい事なのか迷う。もし何もしていないなら、”夏らしさ”とは無縁の、日がな一日部屋で体たらくな生活を送っているだろう。
 三十分後、駿平に挨拶を済ませて蒼空達は海の家を出た。
「……なーんか駿平、意外と仕事できる奴だったなぁ」
 二人は砂浜沿いに設置されているベンチに座った。周囲に木々があるので日差しは遮られている。

「俺、桜木君とは少ししか付き合い無いから分かんないけど、そんなに意外?」
「ああ。昔っから“大人しい系男子”だったからさぁ。あんなテキパキ仕事してんの見せられたら、置いてけぼり感食らった、みたいな。いっつも傍に居た奴が、実は結婚約束した彼女と付き合ってました、みたいな。遠くに行った気分だよ」
「その気持ち、なんとなーく分かるわ…………ん?」
 蒼空はこの時期には不自然なコート姿の男性を見た。
「どうした?」
「いや、あの人……」
「何処だ?」
 一瞬視線を音奏へ向け、振り向いて指さすと男性は消えていた。
「こんなクソ暑い夏にコート姿の奴がいるかよ」
 しかし確かに見た。それは数日前に駅前広場で見た男性に思えた。


 昼間の出来事を夏の暑さで頭がやられて見た幻覚か、それとも別の何かか。それを考えるとどうも日和の失踪を一緒に考えてしまう。
 何一つ煮え切らない思いを抱え、蒼空は夜十時に冷房を点けて寝た。最近は冷房をかけないと暑さで寝苦しく、心地よい気温にまで安定するとゆっくり眠りに落ちる。



「蒼空君、こういうのも真面目に探してくれるんだ。……ちょっと意外」
 突然後ろからかけられたその柔らかい音程の声は、紛れもなく日和の声だった。
 蒼空がいたのは夕暮れ時の河川敷。雨上がり後のように湿り気のある草の匂い、空は殆どが朱色に染まっている。
 周りを見回しても人っ子一人いない。それどころか音がしない。蝉や蜩の音、人の声。水の流れる音すらも。
「……日和?」
 見回して探すも、どこにも日和の姿はない。
「日和! どこだ、いるなら返事してくれぇ!」
 叫びは静寂の河川へと溶けて消える。
 ふと、背後が気になって振り返ると、のり面を登り切った先の離れた所にいる女子高生が見えた。
 遠景だから正確には分からない。しかし蒼空は日和だと直感で決めつけた。
「日和……」
 蒼空がのり面を登り始めると日和と思しき人物は反対方向を歩いて行く。
「あ、待て! 待ってって、日和ぃぃ!」
 必死になって追いかけるも、まるで足が動かしにくく登りにくい。以前の境内と同じ現象だった。
 蒼空を置いて日和は離れている。
 名を何度も叫び、ようやく登り切るも、すでに日和の姿はどこにもなかった。

「くそっ……どこだ?」
 何処を見回しても誰もいない。消えたとしか思えない。
 突如、またもや背後が気になり振り返った。すると、昼間に見たコート姿の男性が少し離れた所に立ち、こちらを見ていた。悲しげで、空虚な雰囲気。どこか陰りが掛かっているような男と目が合う。
 次第に歩いて迫る男の印象は恐怖を抱くに値した。
 蒼空が逃げようとするも身体が動かない。逃げたい気持ちだけが昂ぶり頂点に達した。
「……来るなぁぁぁ!!」
 叫び、両目を閉じた。


 午前五時三十分。
 蒼空は目を見開いて目覚める。奇妙な夢のせいで早く目覚めたが、最近では一番長く寝ている。
 なぜあの夢を見たのか、あの男は何者なのか。
 気になって二度寝は出来なかった。
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