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三章 人間の天敵

Ⅰ 吸い込む洞窟

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 ヒューガとの謁見を終えた翌日、バッシュはロウアの屋敷へ招かれた。そこで三国のさらに詳しい話とクーロの内情を聞く。
 魔獣、オニ、悪党集団と、よくある話に気持ちが乗らない中、一際バッシュの興味を引いたのは、リブリオスの地に存在する地下迷宮だった。

「地下迷宮と昔から言い伝えられている。現に足を踏み入れれば迷路のような洞窟でな、造られた由来は未だに不明だが、まことしやかに語られるのは、遙か昔、崇拝するに値する人徳を得た者の墓か神殿とされている。宮殿のような所もあるとかな」
「ではリブリオスの地下は蟻の巣のような所が多々あると? 地震でも起きれば地盤沈下を引き起こしてしまいそうですね」
「この地下迷宮の凄い所は、全てが空間術だ」
 さらにバッシュの興味が向いた。
「大古より持続する空間術と? 俄には信じられませんが、魔力の自然現象になりますね」
「理解が早くて助かる。大抵はあり得ないと話を終える者が多いからな」
「前世からの癖でしてね。探求において”あり得ない”、”絶対無い”などと断言するにはやることをやりきってからでないと重要な情報が手に入りません。探求し続けても余所者に先を越されたり、見落とした情報を取られて悔しい想いは何度も経験してますので」
「苦労したんだな。此度も王の無理な提案、不憫に想う」
 レモーラスが現われて補足する。
「こういった事は転生して以降、頻繁に経験してます。気に病むだけ無駄ですよ。きっとのらりくらりと動き回って王を喜ばせる成果を得るでしょうから」
「守護神であるなら少しは慰めてほしいものですよ。心の安定をね」
 可笑しくなったロウアは笑ってしまった。
「私、ただただ辛いだけなのですが」
「……ははは。す、すまない。最近、気を揉むことが多かったから、つい気が緩んでしまった。くくく……」
 堪えても笑いがまだ治まらなかった。すかさずレモーラスは告げた。
「高貴な方の気苦労を和らげたのは大いなる貢献ですよ。良いことが起きる筈ですよ」
「もっと頻繁に良いことが起きてほしいものです」

 ようやく落ち着いたロウアは話を戻した。

「すまない、地下迷宮の話だったな」
「私の予想では、財宝秘宝の数々が眠っていると。前世でも未知の洞窟の奥や孤島などといった所には、そういった報酬があるとされてましたから」
「どこの世界も同じなのだな。端的に言えば金銀財宝と噂はされている。しかしそういったのは冒険者を引き入れる謳い文句。実際にあるかもしれないのは、地下迷宮の途中までが保管に安全だった為だ」
 財宝の保管。この言葉からどういう意図かを考察した。
「魔獣を盾にして隠すといった類いですね。地下迷宮に魔獣が巣くっていたとして、金銀に目当てはないでしょう。命がけの保管庫ではありますが、魔獣を遇う方法だけあれば財宝の安全確保には適所ではありますね」
「ああ。ただ難点があるとすれば、地下迷宮の入り口は二種類あるのだ」
 バッシュは「ほう」と呟くように声が漏れた。さらに興味がそそられる。
「一つは決められた地にあり入り口も固定されている。もう一つは幻のように現われ、やがて消える。【夢幻洞】と呼ばれている。出現時期や場所が定かではなく、入ったら何処へ行くやら。どこかの地下迷宮へと聞いてはいるが所詮は噂。下手をすればジュダやニルドへ行くとされている」
「まるで空間術……いえ、私達を海へ飛ばした緑の霧のようですな」
「ゆえに危険だ。財宝の保管も見誤らぬよう、命がけというわけだ」
「そうまでして存在する地下迷宮とやらは、盗人風情が貯め込んだ財宝よりも、さらに奥へ行けば貴重な金銀財宝があるので?」
「正しくは”力”だ」
 力と聞いて思い当たるのは一つしかなかった。
「……古代の叡智ですか?」
「他国ではそのように? リブリオスでは“標の鍵”とされている」
 バッシュは他の情報よりもこちらを優先するように心が働いた。

 ◇◇◇◇◇

 オニと遭遇したジェイク達は命がけで反撃の機会を伺った。
 オニは触手の一振りで大木を折り、振り下ろした威力は地面をくぼませるほどに強力。幸いなのはやや反応が遅い点である。
 陽動役はジェイクとミゼル。スビナはモムロと自分を守る防壁を張り、ビンセントも隙を伺いつつスビナ達へ向いたオニの気を引く役を担った。
 倒す方法は、物理攻撃か纏わり付くミジュナと魔力を削ぐ方法しかない。術による攻撃は、どれ程威力が強くても魔力を瞬時に吸収して返し技を放たれるので危険だとモムロから教わっている。

 護られているモムロも、自分に出来る技・”紋章術”の準備をする。
 陣術・印術とは違い、身体や道具に決まった模様を刻み、直に魔力を通して術を発動させる。陣術・印術ほど、数を覚えれば豊富な術を発動出来る技と違い、紋章一つにつき一つか二つの効果を発揮する。しかし効果の質は陣術・印術では出せないものである。
「今から奴の動きを止めます!」
 モムロはオニへ向けて手を翳した。すると、紋章が輝き、オニの動きが鈍くなり微動となる。
「みなさん今です! 長く保ちません!」
 この隙を好機とばかりにジェイク、ミゼル、ビンセントは斬りかかった。
 右側面、左背面、胸から腹にかけ。三カ所の攻撃を受けたオニは、上空目がけて咆哮し、動きを止めて倒れた。
 術を解いたモムロは汗だくで呼吸を激しく乱した。

「おい大丈夫か!」
 ビンセントに続いてジェイクがモムロの傍へと駆け寄った。
「はい……、これやるとかなり疲れるから、いざって時だけで」
「けど助かった。お前のおかげだ」
 褒められてモムロは嬉しかった。
 ジェイクは戻ってこないミゼルが気になった。
「おいどうした! もう死んでるだろ!」
 しかしミゼルはオニの周りを動き、何かを伺っている。
「どうしたのでしょう、ミゼルさん」モムロは心配した。
「探究癖だろ。未知の化け物だから」
 ジェイクが意見する中、スビナは何かに気づき、神妙な表情で周囲を見回した。
「どうしたスビナ?」
 ビンセントが気遣った矢先、ミゼルがオニから飛び退いた。
「武器を構えろ! まだだ!」
「やっぱりそうですか!」
 ミゼルとスビナが何かに気づいている。よく分かっていないジェイクとビンセントは、ミゼルの言葉に反応して武器を構えると、オニは憤怒した様子で起き上がった。

「はあ?! あれで死なねぇのかよ!」
「どうして……」
 モムロも初めての経験なのだろう。驚く様子から分かる。
「おそらくミジュナです。あのオニはミジュナで護られ、本体まで皆さんの攻撃が届いてなかった」
(けど、それとは別にこの気配は……)
 スビナはオニのミジュナと反応しているのだと判断するも、違和感を覚えて釈然としない。
「じゃああれか? もっと深く斬れってっか」
 ビンセントが提案すると、ベルメアが姿を現わして提案した。
「いえ、ジェイクかミゼルのカムラで仕留めるしかないわね」
 その意見をスビナが止めた。
「待ってください! リブリオスをミジュナという認識でしたら巫術の効果が高いと思われます」
 ゾグマとミジュナの認識違いが分からないビンセントとジェイクが理由を求めようとするも、「後で説明します」と先に返された。
「私の術で奴のミジュナを削ぎますので縮まったら仕留めてください。それまでは気を引いて」

 スビナはモムロを護る結界を解き、術の準備にとりかかる。足下に淡く白い光りの陣敷きが発生し、澄み切った魔力が漂いだす。
「天より光と雨、地に染みつき悪念を揺らめかせる。深みを増す泥濘ぬかるみも、やがては命芽吹かせる豊穣の地へと至るだろう――」

 詠唱が続く中、先ほどより速さを増したオニの攻撃を三人は対処するも、次々に攻撃を受けた。
(ジェイク大丈夫!)
 一撃をまともに腹部に受けたジェイクは、着地した先で態勢を立て直す。
(ああ。助かったぜ、威力が落ちてやがる)
 そうは見えない、オニの攻撃に疑問をベルメアが抱くも、今はほうっておいた。
 ミゼルもビンセントも最初より無傷で済むなどなく、要所要所で攻撃を受けていた。それでも立ち上がり戦闘姿勢は崩さない。

「――今ここに、優美なる恩恵の風、吹きたる」スビナの陣敷きが光を増した。「クーラ!」
 突如オニの足下にスビナと同じ光が発生し、上昇気流が生じる。
「やったか!」
 感心するビンセントへ向かって、「まだです!」とスビナが叫ぶ。
「これはミジュナを削ぐだけ! 術が消える前にトドメをお願いします!」
 説明通り、オニの身体が崩れ出す。
 もがき苦しむ姿を見るからに効果はあると見えるが、ミジュナを削ぐだけとあるため術が解ければ周囲のミジュナが集ると判断できる。

 三人は機会を伺って警戒する。
「ジェイク、ミゼル! 後ろ!」
 ラドーリオの叫びで気づいた。突然現われた二つの洞窟の入り口が、まるで吸い込むかの如くジェイクとミゼルを襲う。
 踏ん張る二人に向かってビンセントが叫ぶ。

「待ってろ! すぐ」
「こっちはいい! お前はオニをやれ!」
 いよいよ足の踏ん張りが利かなくなったジェイクは洞窟の中へと。
「生きてればそのうち会う。今はオニを!」
 言い残してミゼルも飲まれた。
 二人を吸い込んだ洞窟の入り口は、まるで意思があるかのように姿を消した。
「ビンセントさん! オニを!」
 術が切れそうになりスビナが叫ぶ。

 残されたビンセントは意識を切り替え、縮んだオニへ渾身の一撃をもって寸断した。
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