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六章 封じられていたモノ

Ⅱ 気がかりな地震

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 バーデラから遙か北西。かつてドルポラと呼ばれていたその地域は現在、クーラスポラと名を変えていた。
 ジェイク、ビンセント(ルバートは中にいる)、エベックはクーラスポラの塔案内の兵士二名と塔へ訪れた。

「魔力の流れが変わってるのね」
 エベックが峡谷を眺めて率直に感じたことである。
 一般的な自然界の魔力だが、どこか雰囲気が違う。人間でも魔獣でもない、別の力が混ざっているような。そして、僅かだが圧迫してくる違和感も。
「おいルバートはなんて言ってんだ?」
 ジェイクがビンセントに訊くが、ルバートからの反応はない。

「疲れたから寝るんだと」
「あら、ルバートって寝るのね」
「あいつ、言わないから俺も起きてるか寝てるか分からん。この前なんてつまみ食い中をしっかり見られてさ」
「ははは、ビンセントはちょっとした悪戯も出来ねぇな」
 他人事のように言うジェイクの背後からベルメアが囁いた。
「あんたも一緒よ」
 ジェイクから笑顔が消えた。

「なんか貴方達って似てるわよね」
 エベックに向かって二人は「どこが?」と声が揃う。
「しっかりしたお目付役がいるし、ちゃんと守ってくれる人達に恵まれてるし、あと、なんか苦労性な所とか。ああ、あと妙なところで運が良い所も」
 それ以外にも似ている所は多々見受けられるがその程度で抑えた。
 ベルメアはエベックの発言に納得して相づちをうつ。

「皆様ご覧ください。あの遠くに見えるのが」
 木々の茂りを抜け、崖から見える遙か前方。いくつかある大岩に挟まれて塔が聳えていた。
「あれがクーラスポラの塔か……。なんか普通だな」
「これ、失礼よ」
 ベルメアが保護者のようにジェイクを注意する。
「だって、神話にある塔ってんなら、もっとでけぇと思うだろ」

 もう一人の兵士が説明を始めた。

「この辺はよく地震が起きるので塔もあちこちが崩れたとか。今では修復費用も馬鹿にならないのであのよう」
 話の途中で地震が発生する。震度は弱い。
「……ほんとだ。なあエベック、これって魔力が変ってのと関係があるのか?」
 面白い体験をしたように喜ぶビンセントに反し、エベックは焦りを滲ませる神妙な面持ちで風景を眺める。
「……ビン様、あまり喜ばしい状況じゃないみたいよ」
「え?」と口にした途端、ルバートが身体の主導権を担った。
「お前達集れ!」
 言いつつルバートは地面に指で印を描いた。その文字に手を乗せると、全員を包む半球体の結界が発生する。
「やっぱりそうね」
 エベックは結界に触れて強度を上げた。

「お、おい」
「何があったのです?!」
 ジェイクも兵達も混乱し動揺する。
「伏せろ、大きいのが来るぞ!」
 真剣なルバートの指示に全員が従うと、先ほどとは比べものにならない巨大な地震が起きた。

「わ、わあああ!!」
「でかい!」
「おいルバート、エベック! どうなってやがる!」

 答えられる状況ではなかった。
 結界の維持と強化を図っているのだろう、何かをつぶやきながら集中している。
 巨大地震の最中、あちこちで地割れが起き、兵達が狼狽えだす。
 結界も地割れで崩されると不安がる最中、地震が鎮まりはじめた。

「ふぅぅ……。ルバートに感謝ね。判断が遅れてたらどうなっていたことか」
 結界を解くと、兵達とジェイクは安心してすぐに立ち上がらない。
「もう、しっかりしなさいよ」と傍でベルメアが告げた。まるで母親だ。
 ルバートはビンセントの身体から抜けて周囲を見回す。
「おいルバート。何があったんだよ」
「随分と面倒な事態になってるぞ。お前も気づいてるだろ」
 エベックの方を向くと、「ええ」と返される。
「禁術の影響って言えばそれまでだけど、今までの禁術で起きた異変とはまるで違う印象ね。次の段階へ進んだ、というのが適してるかもしれない」
「次の……って?」
 ようやくジェイクは立ち上がる。二人の兵士も安心して続く。
「さっぱり。ルバートは分かる?」
 頭を左右に振られた。
 悩んでいても仕方ない。このまま帰還し、近くの町が地震で被害に遭ってないかを確認するか、クーラスポラの塔へ向かうか。
 ジェイクは皆に提案した。

「俺様は塔へ行く。ビンセントも塔だ」
「俺に選択権無しかよ」
「当然だ。運命共同体探偵、何処へ行くも一緒と誓った仲だからな」
「誓ってねぇ!」

 寸劇を余所に兵達は返答に困る様子。ジェイクはそれを気にした。

「お前等は町が心配だろ。道は分かったし魔獣の心配とかいらねぇから帰るなら止めねぇぞ」
「本当、ですか?」
「なんか、すいません」
 二人は頭を下げて駆け足で帰還した。
「俺もビンセントとルバートと一緒に行くけど、エベックはどうする?」
「あら、あたしも一緒に決まってるじゃない。油断したらルバートにビン様取られちゃうし」
 いじらしく答えるも、「喧しい!」とビンセントに怒鳴られる。

 四人はクーラスポラの塔へ向かう事になった。


 塔まで目と鼻の先という森を抜けた岩石地帯で四人は野宿することになった。

「へぇ、便利だな」
 ジェイクが感心したのはエベックの野営用結界である。
 特殊な魔力を秘めた小石を円陣上に並べ、術を発動させると術師の力量に劣る魔獣を寄せ付けない。今回はルバートの魔力も上乗せされているのでこの近辺に生息する魔獣は寄りつけない。

「俺との旅でもエベックの石って凄かったぞ」
「あらビン様、石よりあたしの術なんだけどぉ。ジェイクちゃんはこれで二度目よね」
「二度目?」
「ほら、禁術内の教会で使った結界、あれも石を使ったのよ。リブリオスにはこういった石を使った技が多くてね。ほら、市販の魔力石あるでしょ?」
 魔獣を倒した証明となる魔力を吸う石。ジェイクは腕輪を見せた。
「そうそれ。その技術もリブリオスから広まったのよ。あたしは簡単な精製法を知ってるから、常時石を持つ必要はないけれどね」

 ルバートは瞬きして視線をエベックへ向けるも、すぐに焚き火へと戻す。その様子は誰にも気づかれていなかった。

「じゃあよ、エベックはその石を使って戦うのか? グレミアみたいに何か唱えてとか」
 この世界に転生して以降、色んな戦術を見てきたので、エベックの戦い方が気になった。
「グレミーのネイブラス式唱術は無理ね。魔力の扱いが細かすぎるから、あたしみたいな大ざっぱには到底不可能よ」
 それ程大ざっぱとは思っていないビンセントは、「そうなんだ」と呟く。隣でルバートは(お前さん)と呟きたい気持ちを抑えた。

「ガレミスト流具象術。それがあたしの戦闘で使う術よ」
「普通の具象術と違うのか?」
「ガレミスト流は、簡単に言えば術の三段構えよ。具象術で作った武器を扱い、手放してから何かしらの効果を発揮したり、その余力で結界を張る楔とさせたり。凄い人は体質まで利用して複雑な戦い方したりするからね」
 体質を利用した。という所にジェイクとビンセントは気になり質問する。
 それをルバートが答えた。
「色々あるが一番有名なところは血の縛りだ。先祖代々受け継いだ呪いのようなものでな、魔力に別の力が生まれたときから備わってる。俺様が知るのは幻覚を見せるものだが」

 ジェイクは感心するも、ビンセントは質問する。

「生まれた時って。じゃあ、魔力が具象術を使う血の縛りだったら、初めから武器が作り放題ってか?」
 エベックは苦笑いした。
「そんな簡単じゃないんだけどね。それと、血の縛りに具象術みたいな反応はないわね。元々血の縛りを抱えていた所は、出産の時に術師が立ち会うから制限はかけられるけど、成長したら自分で制御していくものよ。悪用されれば大変な危険体質よ」
 そういった特異体質を持てば、管理する国の手の打ち方をジェイクは直感した。
「悪用発覚したら殺されるってか?」
「後は研究素材になるかだ」ルバートが付け加える。
 人道に反する内容にビンセントは反応した。
「研究素材って!?」
「お前さん、俺様と最初の事件を調べた時の事をもう忘れたか? 他にも旅でそういった輩はいたのだがな」
 横目で見られてビンセントはぐうの音も出ない。
 ビル=ライセンは魔女を討伐し、魔女の力が宿るビンセントを解剖したかった。
 魔力を調べる術師の中には非人道的なことに手を染めてまで研究に専念するモノは少なからずいる。危うくビンセントも餌食となった件であった。

 話の最中、また強い地震が発生した。今回は地割れすることなく治まった。

「どうやら面倒な事が起きそうね」
「今日は早く寝て、明日に備えるぞ」
 言ってルバートはビンセントの中へ戻った。


 結界には温度調整の効果もあり、焚き火を消しても問題はない。ただ、妙に気になるジェイクは寝付けなかった。
(どうしたの?)
 念話でベルメアが訊いた。
(いや、なんか妙に落ち着かねぇ感じが)
 その正体は分からない。ただ漠然とした胸騒ぎであった。
(とにかく、目を瞑ってたら眠れるから。しっかり寝とかないと)

 まるで親のように注意され、ジェイクは従った。
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