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五章 反動と侵蝕

Ⅳ 止まらない欲求

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 広い部屋に出ると、そこには巨大パルドがうろついていた。まるで見張りのように続く通路の傍を。

「あれは叩かねば先へ進めんな」
 ガイネスが剣の柄に手をかけた。
「お待ちくださいガイネス王」
 柄頭に手を当てて止めたバッシュが提案した。
「ここは手分けした方が得策です。あのパルドとやらは少々魔力の巡り、性質が奇妙です。三人で協力という手段も御座いますが、あの先に何が潜むか分からない状況ですので不必要な消耗は避けましょう」

 今度はミゼルが剣の鞘に手をかけた。

「ふむ。では私が」
 行く手をレモーラスが立ちはだかり止めた。正確には浮遊しているが。
「貴方はあれを壊した後に逃げる危険があります」
「レモーラスの言うとおり。逃げずとも、別行動をとり合流ではなく単独行動をとるでしょう」
「おいおい、私がそのような事をするとでも?」
「するでしょう」
「おおいに」
 ミゼルとレモーラスの即答に加え、鼻で笑ったガイネスも「しないほうがおかしい」と返される。
(仕方ないよミゼル)
 ラドーリオにまで言われてしまった。

「……では、ここに残るのはお前か?」
「ええ。出来るなら禁術の主体まで王の傍を離れたくはないですが、事が事です。傍にはお前がおり王は単独でもお強い。心配はいりませんので、ここは私が残ります」
 戦うと言うが、バッシュは丸腰である。
「ここへ来てお前の戦術はまるで分からん。術で奴を潰すと? 手を間違えれば術では手に負えん可能性が考えられるぞ」
「心配無用です。私は遠出の際、荷物を持つのが嫌いでして、この世界では空間術なる便利な収納庫があります。いざという時はそこから武器を出せば良いだけですので」

 口ぶりから、じっくりパルドを調べる意図が垣間見えてしまう。
 剣の柄から手を離したガイネスは告げた。

「研究に没頭した挙げ句、援軍に囲まれ討ち死に、などと間抜けな顛末になるなよ」
「ご安心を。いざと言うときの保険も備えてますので」
 腕に光る烙印のストックを見せた。
 露程も心配が必要ないと分かるや、三人は行動に移った。

 先にバッシュが飛び出し、低魔力の術を発動して巨大パルドの気を引いた。その隙にガイネスとミゼルが続く通路へと向かう。
 侵入者を優先的に排除しにかかると構えていた二人であったが、予想に反して巨大パルドはバッシュのみに集中していた。加えて動きも緩やかであっさり進めた。
 追いかけてこないと分かるや、二人は走るのを止めた。

「あれほど間抜けな番人なら、バッシュも来れたものを」
「定かではないが、あれをあそこに据え置いたには理由がある筈だ。力を隠しているか分裂か、もしくは援軍が潜んでいるか」
 レモーラスがいなくなり、安心したラドーリオが現われた。
「バッシュも追っかけてこないもんね」
 ガイネスが即座に意見する。
「いや、奴は本能に抗えず残っているだろう」
「今頃調べたい手段の順番を決め、相手の出方を伺いつつ疼いてるはずさ」

 バッシュに対し『心配』の二文字は無かった。


 ガイネスとミゼルを見送ったバッシュは、予想通り疼いていた。
「一応、窮地に立たされている自覚を持ってください」
 レモーラスは部屋を見渡しながら意見する。巨大パルドと同じ眼の色をした光りの点がそこかしこに現われたから。

「私が不謹慎にも喜んでいるように見えますか?」
「ええ。宝を前に喜ぶ冒険者の如く、と言ったところでしょうか」
 少し返答に間が空いた。
「……違いますと、敢えて言っておきましょう」
 発言も沈黙の間も、レモーラスの意見が正しいと示している証拠であった。
「……ほどほどに」

 突如、バッシュ目がけて天井にはりつく中型のパルドが飛びかかった。その速さは弓矢で射る程に。
 バッシュは自らを覆う程の魔力壁を張って防ぐと、突進してきたパルドを一瞥した。
 間もなくして防壁を解くと同時にその場を離れた。足に魔力を籠めての移動であり、速さに巨大パルドは追いついていない。バッシュが止まってようやく気づいた。
「こちらですよ」
 わざわざ声をかけると、巨大パルドは首を傾げる素振りを見せ、左手を上げた。すると、天井のパルドが次々に降り注ぐ。
 バッシュはまたも高速で動き回ってパルドの豪雨を躱していく。

(落ちた連中、まだ何か仕掛けるようですよ)
(でしょうね。コウモリのように天井に張り付き、突進で終わるぐらいなら自爆の一つでも起こすでしょうから)
 逃げ回らなければならない事態だが、平然と念話でやりとりする。
(あの鋭い手足、刺すか斬るかはするでしょう)
(門番の方はどう見ますか? あまり大仰な動きは見せません。というよりあまり動いていない様子ですが)
(いくつか考えられます。まずはこの連中に相手させ、疲弊した獲物を奪う。あと、気を伺い大技を放つ。他にもありますが、少し試したい事がありますので会話を切ります)

 レモーラスの返事を待たず、バッシュは戦いに集中した。

 今までは攻撃を躱して距離を置く姿勢だったが、次は攻撃を躱しつつ中型パルド胴体に触れた。その手には薄らと魔力が籠っている。
 十三体のパルドに触れると、初めに触れたモノから動作に変化が起き始めた。
 標的を目当てに動かず、まるで動揺した人間のように狼狽える動きであった。それが次々に起こり、やがて触れられていないパルドへと攻撃を向けていく。
 少し開けた場所が出来たので、バッシュは休憩をとった。

(何をしたのですか?)
(魔力の巡りをいじってみました。どうも人間らしい巡りをしていたのが気になりましたので)
(あれらは人間と?)
(まだ仮説の範疇は脱してません。その証拠に、私が触れた程度の魔力では人間にはちょっとした平手打ち程度の威力しかありません。それであそこまで狂わせられるというのは、どう考えて良いものやら)
(貴方が操作してるのではないのですか?)
(そこまで情報を得ておりません。出来たとして動きを止めるか破壊、敵味方関係無く暴走させるのが関の山ですよ。このような変化は偶然でしょうが)

 どう見ても、操って標的を変える指示を下しているようであった。
 全ての中型パルドを同様の手段で狂わせれば、なかなかの戦力が出来上がるだろう。しかしバッシュにその様子は見られない。
 別の行動に出ようと考えているのはレモーラスも分かっている。

(念押しで忠告しますが、時間をかけすぎないように。早く終わらせて二人を追いかけないといけないですから)
(おや、かなりの窮地に追いやられた可哀想な被害者ですよ、私)
(穏やかな顔で観察し、あの手この手と考えている人を可哀想な被害者とは言いません。あまり戯れが過ぎればガイネスに告げ、ロゼットに叱ってもらいます)
(恐ろしい。神のすることですか)
ばちを与えるのも神の勤めです)

 こめかみを人差し指で掻き、バッシュは手段を絞った。

(……分かりました。ですがあと一つ試させてもらいますよ)
 視線の相手に対する手段だとレモーラスは察した。
(あの番人ですか)
(ええ。現時点であれはやや窮地に立たされてます。恐らく次の手段へと移行するかと)

 言った矢先、巨大パルドは両手を挙げ、勢いよく胸の前で叩き合わせた。
 音が大きく、中型のパルドは全て動きを止めて巨大パルドの方を向いた。

(かなりまずい状況では?)
(どうも気になっていたのですよ。刺して斬るだけなら、あそこまで手足に魔力を注ぐ必要はないと。それ以外に用途があるなら、大凡の検討はつきます)

 バッシュの予想は、巨大パルドへ中型のパルドが飛びかかり、密集してさらに巨大化する合体であった。
 予想通りに中型のパルドは巨大パルドへ飛びかかり、次々に身体へ手足を突き刺した。バッシュの予想に反したことは密集の形であった。
 次々に泥団子を大きくしようと泥を加えていくような想像をしていたが、あまりにも規則的に、巨大パルドへ刺さらなければ中型のパルドへ手足を刺し、膨れ上がっていく。

(……そのように刺されば……お見事、考えてますね。通気性が良くなり、溜りすぎた熱を放出しやすい。衝撃も関節部を曲げることで和らげる。魔力を流す導線の役割も含みあの合体。これはやられました。あれを考えた者は天才と言えるでしょう)
 合体を終えた巨大パルドを前に、内容の乏しい仮説を反省するバッシュには焦りの色が見えない。
(一応言っておきます。油断しないように)
(ええ。油断は観察眼を鈍らせますからね)

 捉える点がズレている。
 訂正させても意味が無いのでレモーラスはそのまま聞き流した。

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