上 下
51 / 188
四章 流れに狂いが生じ

Ⅸ 使者として

しおりを挟む
 一ヶ月後。
 ランディスはその日の鍛錬を終え、ウォルガに呼び出されていた。現在、サラとランディスはオージャの宮殿とウォルガの宮殿とに分かれ、各々の鍛錬に励んでいた。
 戦い馴れ、鍛錬も魔力や気功を安定させる事が大半のランディスは、度々オージャの宮殿へ赴き、言伝役とサラの経過を見ている。

「どうだ、サラの様子は」
「動けるようになっているけど、まだまだバーレミシアに遊ばれてる。感知の術は成長しているから、正直、戦場馴れさせる時期じゃないかなと」
「気功の方はどうだ。魔力だけでは心許ない」
 ランディスはバーレミシアとサラの訓練を思い出した。

 ◇◇◇◇◇

 ”動けなくなるまで特訓”と称した鍛錬を、バーレミシアは十日前から始めており、いつもサラが激しく息を切らせ敗北している。
「おいおい、もっと内気功を鍛えねぇと魔獣の群れにでも襲われたら餌になるぞ」
「……だ、だって……バレさん、のやり方、難しすぎなんですよ」
 バーレミシアは術を使えない反面、気功に関してはオージャも目を見張る才覚がある。総量ではなく、低消費で器用な扱いが戦闘時においても持久力を格段に上げている。他にも魔力も併用することで、戦闘において敵に回せば厄介な相手にもなる。
「難しいも何も、かなり簡単に教えてるだろ」
 サラが嘆くのも無理はない。
『胸と腹に気功を集中、ぐぅぅぅっと収縮させ、ボンッとさせると定着する』
 あまりにも言葉足らずの雑な説明に悩まされてる。
「頭で理解すんじゃねぇよ。感じろ。感知力高ぇならいけるいける。んじゃ、昼飯食ったら再開な」

 いくら扱いに長けてもこれではサラの成長は困難だろう。

 ◇◇◇◇◇

「……こちらも戦場馴れが必要だろうなぁ。並の魔獣相手なら渡り合える気功は備わってるし、あのままだとバーレミシアの言う感覚がいつまでたっても掴めない気がする」
「環境が安全ゆえか……」

 ウォルガも幾度となく経験した、命の危機に瀕する場とそうでない場での経験の違い。身につく感覚の相違。
 しかし、死が自らに隣接する戦場では生き残らなければ当然、感覚の理解も成長もない。

「俺からの提案なんですが、リブリオスかゼルドリアスの調査へ赴かせては」
「時期尚早ではないか。何か考えでもあるのか?」
「バゼルを頼ろうかと」

 境界の三国。そこではゼルドリアスとリブリオス両国の異質な魔力により、神域となる場所が点在している。鍛錬をするなら他国よりもそこが好ましい。
 だが、ウォルガには懸念があった。

「風の噂だが、ゼルドリアスの魔力壁が消失した事により、色々と慌ただしいそうだ。ここぞとばかりにリブリオスも何やら不穏な動きを見せているとか」
「じゃあ尚更でしょ。俺だっていつまでこうしていられるか分からない。ずっとガニシェッドにサラを匿うにしても、あのテンシが現われでもしたら打つ手無しだ」
 これ以上悩み、サラの身を案じるのは過保護と思い、ウォルガは決断した。
「十日待て。この件はワシの独断では進められん。王や宮殿の主達へ報告してからだ。それ程日はいらんだろうがな」

 理由として、幾度か国外へ赴かせる案が上がっていたからである。サラの成長を鑑みて引き延ばされたが、コレを機会に口実が立ちそうであった。


 六日後。ウォルガの予想より早く決断が下った。
 サラ、バーレミシア、ランディスは会議室に集められた。

「はぁ!? あたしあそこ嫌なんだけど! しんどいし、野獣ずる賢いからなかなか獲れないし、地形の高低差ありすぎだし」
 どうでもいいバーレミシアの独断は、オージャの「そうか、なら行け」で片付けられた。
「お前達三名はガニシェッド王国の使者として向かって貰う。堅っ苦しい聞こえだが、本国としてはいくつかの報告書を渡して貰うだけだ」
 サラは手を上げた。
「では、何をしに向かうのですか?」
「バースルという小国がリブリオスとゼルドリアスの境にある。そこにはランディスと同じ十英雄の一人がおる。向こうも一国の戦士だからな、手を貸してくれるかもしれんし、多忙ゆえにほったらかしにされるかもしれん。とりあえずは繋がりを築き、問題事の解決にあたれそうなら当たってくれ」

 今度はバーレミシアが手を上げた。

「鍛錬とか関係ねぇじゃん。あたし行く必要とかあんの?」
「喜べ、大いにあるぞ」
 バーレミシアは嫌そうな顔になる。
「意地悪ではない。向こうはゼルドリアスの魔力壁が消えた事で調査に当たる算段をとっておるそうだ。どういった事があるかは分からんが、野生の勘がやたら働く上に動けるお前は必要とされる可能性が高い。サラの感知力もなかなか使えるようになってるから必要とされる機会に恵まれるだろ」
 手を上げなかったが、ランディスが意見した。
「俺は大丈夫なんでしょうか。ゾアが現われたら危険かと」
「これは確信を持てない情報だが、あと一年は大丈夫だ」
「なぜですか?」
「お主がここへ来て以降、グルザイア王国へ情報提供を求めていた。しかし、向こうも渋っててな、ようやくある情報を開示してくれるに至った。何やら不穏な輩が現われ、ゾアを封印し、その際に告げた言葉から読み取った判断だそうだ」
「なんて言われたので?」

 返事は頭を左右に振られた。
 グルザイアは他国への協力が乏しいのは有名な話だ。そこまで教える義理はないと読み取れる。
 ただ、サラとランディスはバッシュの姿が浮かび上がり、何か口を挟んだと考えた。
(きっと陰気なメイズが悪知恵働かせたのよ)
 サラの中でカレリナが毒づく。

「……とりあえず、信じます」
「決めるのはお主だが、良いのか?」
「どうせあの男が意見したんでしょう。嘘ついて嵌めるなら、こんな方法じゃなく、個人的に動いて手を下しそうな奴だし」
 誰のことを言っているか、オージャとバーレミシアは分からなかったが、サラは目を閉じて頷いた。
「何があったかは知らんが、それならこちらは何も言わん。お主達三人の働きに期待するよ」

 話は纏まり、二日後に三人はバースルへと向かった。
 陸路ではなく大湖を渡るので、リブリオスの大湖に設けられた港を経由し、陸路でバースルへの旅路である。日数にしておよそ十日。
 新たな地へ、緊張と興奮が沸くサラは、楽しみで仕方なかった。

 しかし災禍の前兆は確実に動いていた。


 サラ達が大湖を渡り始めた頃、境界の三国の一国、ミゴウが消滅し、ギネドも半壊した。
 さらにバルブラインではゾグマが異常発生し、あちこちで地震が相次いで起きていた。

 事態は静かに悪化の一途を辿っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...