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三章 裏側の暗躍

Ⅶ 決行の朝

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 翌朝、ガイネスは子供達の騒ぐ声で目を覚ました。騒ぎの現場は食料庫前であった。
「喧しいぞ! 朝から騒ぐな!」
 子供達の中で一番年上組の男児、パッズがガイネスへ事情を説明しに駆け寄った。十一歳のパッズはガイネスの強さ、男気に魅了され、小さな部下となっている。
「アーバとミドが干し肉の取り合いして喧嘩に」
 二人とも頭に血が上ってしまい、誰が何を言おうと聞き入れない、なかなか治まらないが取り合いの喧嘩となっている。
 説明には他の大人達も静止にあたったが、忙しい中で終わりの見えない喧嘩に呆れてほったらかし状態となっている。

「アーバが悪いんだ! 数守んないからぁぁ!」
「ミドがぶったぁぁ!」
 半分ほど食われた干し肉が二つ、無事なものも数枚、床に落ちている。無事な食材も喧嘩の最中に倒されて散らかり、食料庫の被害は小規模に荒れいた。
 六歳同士の喧嘩にしては、弱いものだとガイネスは感じた。
「ほう、己の意見を、暴力をもって解決か。威勢の良い男は好きだぞ」
 ガイネスは喧嘩を止めずミドに肩入れする。
 子供達の間でも気迫あり逆らえない強い大人となっている彼の言葉が、加担してくれずに悔しがるアーバをさらに泣かせた。
 一方で、小さな優越感に喜ぶミドであったが、続く言葉がその気持ちを打ち砕いた。

「俺が戻ったら今度は俺と勝負だ。暴力には暴力を。容赦なく相手してやろう」
 目つきと気迫でミドはすくんだ。意味は分からなくても危険な空気に怖じ気づいた。
 アーバも気圧されてミドの傍に寄る。
「どうした、続けんのか? これは世の道理だ。力をもって物事を解決する奴は力をもって制される。ゆえに強くあろうとする。お前等の取り合いもそうだろ、我欲を満たす為にあの手この手で自らの正当性を貫く。なら、俺も争いに混ぜろ。言っておくが、俺は幼いからとて容赦はせんぞ。一生背負う傷を負うか下手をすれば死か。戻ってくるまでにどうするか決めろ」

 吐き捨てて去るガイネスの足音が聞こえなくなると、ミドとアーバはしくしくと泣き出した。言葉の意味が分からなくても、かなりまずい事態なのは分かる。
 事態を見ていた三人の子供達も歩み寄って宥めるが、なかなか恐怖は緩和されず、次第に伝染して貰い泣きしだした。
「俺、誰か呼んでくるから。ちゃんと謝ったら大丈夫だから」
 パッズは解決策が浮かばず、他の大人を呼びに向かった。

 大人達は台所と広間にいた。朝食の支度や赤子のお守りに大忙しであった。しかし子供の喧嘩の仲裁と思われ、適当に遇われてしまう。
 次にパッズはなぜか庭に集まっている大人達へ助けて貰おうと向かう。だがここでも何かの作業中で聞き入れてもらえない。何かの術を使おうとしているのは、パッズにでも分かったが、それがどういった意図の術かは分からなかった。
「忙しいからあっち行ってろ!」
 言葉や語気は違っても、殆どがこういった主旨の言葉でパッズを追いやった。
 誰にも助けて貰えず困惑するパッズが見つけたのは、森から戻ってくるジェイクであった。
「ジェイクさん! 助けてください!」
 突然のことでジェイクは戸惑うも、無理やり現場へ連れて行かれた。

 集団で泣く子供達を前に、ジェイクは宥めなければならない災難を背負ったのだと、気が重い。昨日のこともまだ心に残り、気分は悪くなる一方だ。さらにパッズの説明から、ガイネスが起こした事態だと分かり、妙に腹立たしくなる。
 機嫌が悪い気持ちが僅かばかり顔に表われるジェイクを見たパッズは不安になる。

 事態を起こした子供達の傍まで寄ったジェイクは、その場で胡座をかいた。

「よう。喧嘩の原因はぁ……取り合いなんだって?」
 すでに涙と鼻水と涎でグチャグチャになった顔のアーバとミドは、ジェイクを見て頷いた。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
 謝って許して貰おうと、二人は必死だった。
 怖がる二人の頭に、ジェイクはそっと手を乗せて撫で、温和な表情になる。
「謝れるなら上出来だ。争っても良いことねぇからな」
「で、……でも」

 アーバが訊く。
 ミドは、言葉が出ないほど心情が安定していない。。

「暴力で解決は一番簡単だぞ、強けりゃ良いだけだからな。しかもタチが悪いことに争いで解決しようとする馬鹿は大勢いる。けどな、ちゃんと謝って、譲り合って協力しあうのは、簡単そうに見えて結構難しいもんなんだよ。怒られただろうが、お前等は難しくて賢い方を選んだんだろ? まだ喧嘩したいか?」
 二人は頭を左右に振った。
 ジェイクは周りの子供達の方を見る。
「お前等も止めようとしたんだろ? 喧嘩ってのは絶対どっかで起こるもんだ。だったら止めて、争いを酷くさせないようにすればいい。ここで出来たんだ、これからも喧嘩止められるな?」

 三名の子供達は泣きながら頷いた。
 やがて一同にジェイクの元へ寄りしがみついた。

「おっし、偉いぞお前達」
 頭を撫で、背をさすり、宥めた。
「あいつには今度会ったら、ちゃんと謝れよ」
「……でも……ドラールさん、恐い」
 アーバがジェイクの服を強く握った。
「ははは。あいつは頭おかしいだけだ。なんかあったら俺がどうにかしてやる」

 宥めるながら昨日の言葉、自分の前世でのことを思い出す。
 笑顔を向けながらも、しこりとなるもどかしさが疼く気がした。

 ◇◇◇◇◇

 その日、デグミッドの教会に閉じ込めている化け物観察へ訪れたのは、ミゼルとガイネスであった。
 ミゼルの調査により、初日より大きくなった化け物を前に、ガイネスは落ち着いて様子をうかがう。

「存分に肥え太らせたな。もしや、教会の中で圧死させる計画だったか?」
「その程度で終わるなら今から存分に魔力を注ぎたいところだ。予想するまでもなく、窮屈を感じたら暴れて壊すだろう。手の込んだ結界を張るほど皆を手こずらせた化け物なのだろ?」
「まあな。……冗談はさておき、この醜い生き物をどう潰す? 屋敷の連中に結界の準備をさせたのだ、相応の災難を覚悟の上だろ?」

 昨晩、ミゼルは術師達を集めて本作戦の全容を説明した。
 教会から屋敷までは高さも距離もあるが、もしも化け物の異変、異常分裂や極端な肥大化などといった変化を示した場合、屋敷への被害は甚大である。
 事態悪化を前提に対策を練り、結界術に長けているエベックの指示の元、屋敷では朝から結界張りに大忙しであった。

「もしや、あそこまで焚きつけておいて、傍観して終了などで済ますなよ」
「そうしたいのは山々だが、化け物に手を出すと大見得を切ってしまったので後には退けんよ」
「この短期間の調査でこの軽装。術ではないとすれば、ガーディアン専用の大技か?」
 見事言い当てられ、ミゼルは軽く拍手した。
「いやぁ、ご名答。なぜ分かったのかね?」
「魔力は奴の餌、気功は散々やった。矢であれ剣であれ、物質は奴の急所へは届かん。それで貴様が思いつく手段は一つ。強引だが極々自然な発想だろ?」
「恐れ入った、見事な読みだ。ガーディアン専用の技、カムラと言うらしい。この世界で聞き覚えはあるかな?」
「俺の知る限りでは無いな。リブリオスとゼルドリアス国内はどうか知らん」
「私の世界でも無いよ。ラオから聞いたのだよ。この世界と深く関係があると踏んでいたが、まあそれは追々調べよう。カムラは各ガーディアンに一つずつある専用技だ。多くの魔力を消耗するが、力の本質は神力が使用されるそうだ」
「魔力の性質を変えるのか?」
「正確にはガーディアンの魔力・・・・・・・・・を使い、空気中に存在する神力を増幅させる、と。これは普通の人間には扱えないらしく、干渉出来るのはガーディアンの特性らしいよ」
「それで、その大技、なぜ今まで使用しなかった?」
「急所を突かれた際、この化け物が大人しく死んでくれるとは思えない。それ故に情報が欲しかった。手数は増えた場合、神力に耐性を持たれる不安もあったしな。そして一番の問題は私のカムラだ」

 理由は、まだ一度も使用した事がない。であった。

「貴様そのような博打を、ここで打つか!?」
 ガイネスは意表を突かれたような表情になる。
「私の力量が扱えるに値する容量へ至ると頭にどのような技かが浮かぶのだ。かつてジェイクも使用を試みたが、魔力量が減っていた局面でもあり完璧ではなかったそうだ」
「しかし貴様は魔力量が暢気な騎士より多い。可能域だろう」
「技の形容が彼と違うのでね、今の魔力量で願った技の形になるかどうか。安全の保証はまるでない」
 化け物へ向けた顔をガイネスへ向けた。
「カムラの成功は不明、化け物の反動も不明。事態悪化の規模も盛大なものであればかなりの窮地だよ、ここは」
 質問の意図をガイネスは容易に読んだ。その上で感じる。身体の中で血が騒ぐ、抑えきれない猛りを。
「逃げるなら今のうちだが、どうする?」

 愚問だった。昂ぶる気持ちを逃げて抑えるなど、戦闘と危機を好むガイネスには出来ない。むしろ事態悪化を望んでいる。未知の強敵を前に、自らの技を駆使して力量を知らしめたい。王の力を、と。

「事態悪化、大いに結構!」
 いつ何時、何が起きてもいいように、剣を鞘から抜いて構える。
 ミゼルも剣を抜き、魔力を籠めた。
「では行くぞ。魅了される異常事態であっても見蕩れないでほしい。一人で凌ぐのはかなりしんどいからね」
「さっさと始めろ、興を削ぐなよガーディアン」

 昂ぶる気持ちに触発されたのか、ミゼルも密かに事態悪化を望んでしまう。しかしカムラの成功を願い、強く技の形を念じた。
 さらに魔力を剣に籠め、深呼吸し、剣先を地面に突き刺した。

「……カムラ」
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