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二章 異形の魔獣

Ⅵ 退けた者

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 異質な力を放出した剣の人物の動きが激変した。
 間合いを詰める速度が著しく上がったことにより、ミゼルが剣の人物に気づいた時には(速い!)と、言葉にするより実感してた。
 反応は遅れたが、戦慣れして鍛えられた反射神経と成長していたラドーリオの加護が作用して、意識するより身体が自然と後方へ退いたおかげで傷は浅く済んだ。しかし、剣の人物はすぐに追い打ちをかけ、連続した剣術を見舞った。

(ミゼル!?)
 ラドーリオが心配するも返事はない。それほどまでにミゼルは防戦に集中している。
 剣の人物の素早い切り込みは、さすがにミゼルでも防ぎきれず切り傷が身体に所々刻まれる。
 難敵を前に焦るミゼル。さらに傍目にチラリと映り込んだ槍の人物も異質な力を発揮して攻めてくる姿勢であった。咄嗟に浮かんだのは、弓矢の人物も連携をとって攻めてくると思考を働かせた。

 万全の対処法などまるで浮かばない窮地。
 対抗の一手があるなら烙印技しかない。控えは三つしかなく、空間術に巻き込まれた現状ではあまり使いたくはない。しかし出し惜しんでいては殺されてしまう。
 背に腹はかえられぬと、使用の思いを固め、飛び退こくついでに烙印を右腕に発生させた。

 ミゼルへ追い打ちを剣と槍の人物は仕掛けに向かうも、槍の人物が烙印に真っ先に反応し、急遽足を止めた。

「退け! ビダ!」
 ビダと呼ばれる剣の人物は、咄嗟の反応と槍の人物の声が被って動きを止め飛び退いた。
「どうなってるムイ! 連中は死んだんじゃなかったのか!」
「知らん。そして腑に落ちない。ヤツがアレを持ち、どうしてすぐに使わなかったのか」

 駆け寄る弓矢の人物が二人に話しかけた。

「ねぇ、アレって、“ゾルグ”の」
「だろうな」ビダは異質な力を抑えた。

 三人の話は聞こえないが、烙印を発動させてから急変する態度から、烙印に何か原因があるとミゼルは直感した。
 また、この局面で距離を置いてくれたのは有り難くあった。

(ミゼル、あの三人、どうして?)
(さあね。けど一度仕切り直せるのは有り難い)
(なんか、烙印に反応してたように見えるけど……)
(ああ、烙印これが何かしら意味のあるものなのだろう)
 腕の烙印に目を向けた。
(それ、ミゼル達の世界の特殊能力じゃなかったの?)
(正確には類似点が多い力だよ。私の世界にあった業魔の烙印は、生物の生命力を動力源とする秘術のようなものだ。この世界では扱い方の大半は似ていたが、どこか禍々しさが消えていた。謎は多いがこの世界独自の力だろう。どうして私の世界の住人に扱えるかは不明なままだがね)

 三人に気づかれないよう、微弱な魔力で治癒術に励む。烙印を発動させての治癒術なので、力はそちらに注がれてしまい、回復は早いが貴重な一つを消費してしまった。

 三人は再びミゼルのほうを向く。
「仕切り直しだ。ヤツがあの力を使う理由は知らねぇが、ここで潰せば良いだけだろ」
「待ってビダ。本当にいいの? 援軍とかあるかも」
 弓矢の人物は女であった。
「よく考えろキュラ。さっきの戦いで使った時、こちらの様子を伺いつつだ。もし連中の一味ならはなっから殺す気で来るだろうよ」
 ビダの言葉に納得したキュラ、そしてムイも武器を構える。

 治癒出来たのはほんの僅か。
 もう少し時間を求める現状がもどかしくあった。
(来るみたいだよ!?)
「ああ。これは本腰を入れて烙印を全て使い切る姿勢で向かい合わなければなさそうだ。それで生き残れたら重畳だろうさ」

 再びビダ達は異質な力を纏う。今度は三人同時。
 ミゼルは剣を構え、烙印を籠める気を伺い、相手を睨み付けて集中する。誰かが動けば激戦開始となる程、空気は張り詰め、双方が留める力が威圧感を燻らせていた。

「無理はしない方が良いわよ!」
 ミゼルの背後で声がした。
 一同が声の方を見ると、そこに腕を軽く組んで立つ人物がいた。殺気も敵意も感じない、見るからに人間であった。
「私に向けての言葉かな?」
「ええ。彼らに一対三で戦うのはかなりの困難よ」
 男か女かは不明だが、ミゼルは気にしなかった。

 突如現われた人物を見たビダ、ムイ、キュラ。ビダは冷や汗をかき、ムイは手が震える。

「おいおい、どういった状況だよ」薄く笑みを顔に滲ませ、ビダは恐れた。
「……いや、いやよ」
 キュラは恐れから情緒が安定せず、震えの汗が止まらない。
「待てキュラ!」
 ムイの呼び止めも虚しく、キュラは異質な力を極限まで引き上げ、弓を引いた。
「いやあああぁぁぁ!!!」
 放たれた矢は空中で数を増やす。その数は五十。

 反応が遅れ、突然の窮地にラドーリオとミゼルは焦る。
(ミゼル!)
「これは」
 躱しきれないと判断し、烙印技で凌ごうと構えた。すると、行動するよりも先に背後から無数のナイフが矢へ向かって放たれた。数は不明だが、キュラの増やした矢は全て相殺し、まだ余力を残してビダ、ムイ、キュラの元へと向かう。

「逃げるぞ!」
 ムイが異質な力を籠めて地面を槍で突き刺すと、地面から無数の石つぶてが真上に飛び、さながら壁のようになる。石つぶてはナイフを打ち砕き、それでも石つぶてが治まらず壁を維持した。
 しばらくしてムイの技の効果が消えると、三人の姿がないことを確認した。気配もない。

「すまない。命拾いしたよ」
「気にしないで。ちょっと見回りに来たら、大変な事になっていたから」
 見回りと聞いて不審を抱く。
「まるでここに住んでいるようだが? まさか、この空間術は君が?」
「エベックよ。住むっていうより避難が正解かしらね。あと、これは空間術じゃなく禁術よ」
 ラドーリオが姿を現わしてミゼルに訊いた。
「禁術って解けたんじゃあ……」
 エベックはラドーリオに目を向けた。 
「あら、可愛らしいお連れさんね。貴方もガーディアンかしら?」
「おや? 君も守護神の姿が? 魔女の討伐者かな」
「ええ。十英雄って聞いた事ある?」
 ラドーリオは頷き、ミゼルは「ああ」と返す。
「私もその一人よ。今は色々と訳あって、近くの街で禁術に巻き込まれてこの有様だけど」

 無くなったはずの禁術。
 異質な力を放つ異形の人間。
 現状の事態。
 これだけに留まらないだろう情報。聞くことは多くある。

「私はミゼル。守護神のラドーリオ。呼びやすくラオと呼ばせて貰っている」ラドーリオは小さく頭を下げた。「現状打破の為に色々教えて欲しいのだが。宜しいかな?」
「ええ。けどその代わりに協力して」

 話の途中、魔力と気功が波のように押し寄せるのを感じた。

「ミゼル、もしかしてジェイクじゃ」
「だろうな。エベック殿、もう一人助けたい者がいるのだが」
「急ぎましょ。あの方角はちょっと面倒なヤツがいる所よ」

 エベックが先導し、ミゼルはジェイクを助けに向かった。
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