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一章 止まる国と大精霊

Ⅴ レイアード=シアート

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 予定より二日遅れてレイデル王国からの使者が訪れた。
 近くの切り株を作業台とし、肘をついて楊枝で木の実の掃除に励んでいるモーシュの元へ貴族服の男性が近寄った。サラは集中していて気づいていない。
「お久しぶりです先生」
 赤みのある茶髪があちこち跳ねている癖っ毛の男。十英雄の一人、レイアード=シアートは声をかけた。
「おお。こりゃまた立派な姿で。ってか、お堅い仕事してんならその髪整えろよレイアード。サラちゃんの様子見かい?」掃除に集中しながら訊く。
 ガーディアンの名前とレイアードは察した。
「ええ。王国はガーディアン召喚が失敗に終わり、阻止も出来なかったので次の手を考えるのに色々必死で。結構、城内は大慌てですよ」
 他人事のように語る。
「お前も少しは焦ろよ」
「まあまあ、そういう事で本日は少々遅れてしまいました」
「やれやれ」
 これ以上何を言っても時間の無駄だと分かっている。モーシュの弟子であった頃から色んな事が他人事のように見るレイアードの性格は何をしても治らない。
 十英雄となり王国の管理官の仕事に就いていると聞いた時、内心で不安しかなかった。その気持ちは今も変わらない。

「次の手って、何か争い事でも起きるってのか?」
「ゾアの災禍。だとかで」
 内容の深刻さを理解しているのだろうか。まるで対岸の火事、自分は無関係と言わんばかりの雰囲気でレイアードは返した。
 モーシュは心情の変化を表情にも口にも出さず、溜息を吐いて鎮めた。
「そいつぁ、紛れもない災難だなぁ。つーか、伝説みたいな災い、本気で起きるのか?」
「情報によれば、ルバートなる魔女であった者がビンセントに憑いて探偵まがいのことをしていると。そして目的がゾアの災禍の探求だとか。さらに各地で以上な魔力変動やら魔獣の凶暴化、そして」
「ガーディアン召喚か。つい先日も森林神殿で奇妙な魔力を感じた所だよ。ったく、万能結界でも考えときゃ良かったぜ」
「そんな代物を思いつけるなら、慈善活動であちこち回った方がいいのでは?」
 モーシュは手を上げて振った。
「俺はそこまで”他人の安全第一主義”じゃねぇよ。自分の家族第一ってな。面倒な人間関係の苦労はまっぴら御免だ」
「一部の先生を知る方々は、”先生に知恵を賜り頂いては?”と口々に話しているようですよ」
 モーシュはレイアードの暢気な表情を一瞥した。
「他人事主義のお前にしたら恩師も観察対象か? 年寄りは労れってぇの」
「まだ四十一歳だから全然現役ですよ。恩師への愛情と受け取って下さい」
「気持ち悪ぃから止めろ」
 徐に立ち上がり、レイアードをサラの元へ連れて行った。


 面と向かってレイアードと対面したサラは、ついつい見蕩れてしまった。
(……ヤバい)
 内心で言葉が纏まらず顔も熱くなる。
「おい、おーい」
 モーシュはサラの目の前で手を『パンッ!』と強めに叩いて正気を取り戻した。
「え? あ!? ごめんなさい! 私、ハヤミサラと言います!」
 つい、苗字を付けて深々と挨拶する。
(ハヤミ? が、本名か? 族名か?)
 一人モーシュは悩む。
「えっと……サラさん、で宜しいので?」
 慌てて苗字を付けた事を訂正しようとするも、赤面して混乱し、訳が分からなくなる。
「あ、ごめんなさい! え、はい! サラです!」
「落ち着いて下さい。ただの挨拶で、別にガーディアンだからどうこうしようって腹はありませんので」
(これの何をどう見たらそんな結論に行き着くよ)モーシュは言葉にせず心で呟く。

 昔からレイアードは他人の感情に鈍感である。
 十英雄としての旅路でも、どこか抜けている所は治らず、戦士として意識が高いゼノア、バゼル、ザイルは苛立ち苦労したとモーシュは聞いている。
 レイアードは修行場として設けている場所の様子を眺めた。
「感知力が高いのですか?」
 返事は頷くだけでされた。
 ふとサラが行っている修行を試そうとレイアードは思いつき、無邪気に実行しようと手を伸ばす。すると、珍しく焦ったモーシュが伸ばした手を握って抑える。

「止めろ止めろ! お前、今どういう状態か分かってるか!?」
 それはレイアードの体質を思っての行動。体調を崩すといった気遣い出はなく、下手をすれば周囲が惨事に見舞われる事を考えてであった。
「ほら、ものは試しって言うじゃないですか」
「試すな馬鹿野郎! ほら、さっさと用事済ませるぞ」
 何がそれほど危険なのか分からないサラは気になるも、レイアードに対しての昂ぶる好意の感情を鎮めるのに必死で、他のことなど頭に入ってこない。
 サラの中にいるカレリナは乙女心の変化を見て密かに楽しんでいた。


 急遽帰宅する事になりケイリー宅へ到着すると、そのままレイアードにスレイを紹介した。
「不思議ですね、突然現われるとは。初めまして、レイアード=シアートです」
「此方こそ初めまして。スレイです」顔をモーシュへ向けた。「此方の方が十英雄の?」
「ああ。どうかしたかい?」
「いえ、英雄って言うから、鎧とか纏って兵士をゾロゾロ連れているように思ってましたので」
「十英雄つってもそんな地位じゃ無いんだわ。ちょっとした好待遇があるぐらいで、今は資料関係か何かの管理官してるんだったよな」
 詳しく聞いていたが大して覚えていない。
「ええ。けど結構人使い荒いんですよ、王国の人って。忙しいのは分かりますけど、ちょっとはこっちの事も考えて欲しいですよ」
「そんなにお忙しいので?」スレイが訊いた。
「ええ。この前なんて機密文書の」
「わあああ!!! 止めろ馬鹿野郎! むやみやたらと語ろうとするな!」
 モーシュは一言一言に神経を尖らせなければならず気が気でない。
「あ、ごめんなさい。以前も上官からウッカリ発言するのは止めろって怒られたばかりで」
「本気で治せ! お前の性格知ってるだろうから機密って言っても大したもんじゃないだろうが、とにかく城内の情報は一言たりとも漏らすな。いいな!」
 レイアードは暢気に返事すると、話を変えるようにスレイの手に目を向けた。
「ところで、スレイさんの手、何ですかその黒いもの」
 とはいえ誰もソレが見えない。
 レイアードには黒い煙の腕輪が巻き付いてるように見えた。
「ちょっといいですか?」
 許可を得て手を出してもらい、触れた。次の瞬間、空気が異様なまでに張り詰めた。
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