上 下
67 / 100
三章 惨劇の台地

Ⅹ 激戦を終え

しおりを挟む
 糸が弱点を見つけた。それは獅子の身体で一番魔力が弱い所である。この術において報せる情報は魔力が少ない点に加え、対象の身体的特徴と性質も伝える。
 陣を伝わって情報を感じたトウマは一瞬驚き、術が失敗したのかもしれないと思う程に疑った。
 獅子は見た目の大きさと強力な一撃一撃の攻撃から頑丈で強靱だと印象づける。しかし拍子抜けしてしまうほどに弱点は脆く広い。

「本当に、呆気ないなぁ」
 コーの発言を納得してしまいついつい呟きが漏れる。
「何か分かったの?! だったら速く手を打たないと!」
 何も知らないビィトラは急かす。
 確かに弱点が判明し、手段があるなら速く済ませるに越したことはない。
 不意打ちとばかりに生じた油断。
 獅子は気づいていないが、これが知性の高い存在相手なら隙を突かれてやられる。絶好の好機が目の前にあるのにやられてしまえばただの間抜けと言われても仕方ない。
 どんなに単純であれ打てる手は打つ。
 気を取り直してトウマは両手に魔力を込めた。
「それって、前に使った」
「違うよ。全く違う」
 即答で否定するトウマの見開いた目、表情筋が動いていない顔面から怖さが漂っている。
「でもそれって、氷の魔」
「違うよ。そんな術ないから。何言ってんの?」
 トラウマに触れてはいけない。これ以上思い出させると怖い。
 ビィトラは何も言わず静かに見届けた。
 術名を口にして魔術を放っていた、トウマの黒い歴史は強引な否定により護られている。

 両手に込めた氷の魔力を思い切り地面にたたき込むと、獅子に向かって地面が一直線で凍りだした。それが前足の間までに及ぶと凍る勢いが止まる。
「貫けぇぇ!!」
 トウマの叫びに応じるように、地面から氷柱がそそり立ち獅子の胸部から背にかけてを貫く。さらに氷柱から小さな氷柱があちこちに飛び出し、追い打ちとばかりに貫いた。
 獅子の弱点は胸部と腹部。さらに冷気に弱いとされる。
 過去、【氷撃】と名付け放っていた術を思い出し、それに似た術をトウマは繰り出す。追撃の氷柱は嬉しい誤算と言えるほど獅子も抗えない強力な効果を発揮した。
 冷気の魔術に効果があろうとなかろうと、この一撃はそんな弱点など意味なく強力な一撃だと思わせるに相応しいものとなっている。
 青い空、赤い獅子を五体貫く巨大な氷柱。
 勝利の余韻に浸らせるような清々しい風が吹き付けた。

「ねえねえ、この術に名前って」
「無いよ」
 即答され、「え?」とビィトラは返す。
「術に名前なんていらないんだよ」
 どこか寂しげな印象を滲ませ、トウマは告げた。

 ◇◇◇◇◇

 バゼルが魔力を込めると、棒は次第に凍り始めた。
 白色に変わるほどになると力強く地面へ突き刺す。すると、空色の魔獣目がけて一直線上に小さな氷柱つららが次々に走り、魔獣に触れた途端、一瞬にして全身が凍る。
「爆ぜろ」
 追い打ちで魔力を地面に這わせて流すと、魔獣へ到達した途端に粉々に砕けた。

 急いで結界へ向かうと、バゼルの姿を見た隊員三名は安堵して魔力を解いた。
 浄化結界を張っていたグレミアも魔力が尽きて座り込む。
 今、フーゼリアを残し結界内にいる戦士全て、寝転ぶか座り疲弊している。
「無事か!」
 バゼルを見たディロとジールは疲弊しきって何も言えない。グレミアでさえ言葉を出すのが困難なほどである。
 フーゼリアが駆け寄り事情を説明する。
 一番魔力消費が激しいと思われたフーゼリアの様子を見る限り、いざと言うときに大技を放つ切り札役に置いていたのだと考えた。

「全員無事ならそれでいい。よくやった」
「隊長……トウマは」
 共にいない不安から声が弱い。
「あいつは大丈夫だ。必ず戻る」
 情報は不透明ではあるが、この発言で急にさらわれてからバゼルが戻るまでは生きていると分かる。ただ、何かがあってトウマを置いてバゼルが戻ってこなければならなかったのだろう。

 以降、バゼルの指示によりフーゼリアは命令を受け基地に報告へ走り、動けるまで回復したジールとディロとギネドの戦士数名は怪我人の介抱へ。
 そうこうしている内に、バゼルとディロが遠くから来る魔力を感じる。それが魔獣ではなくトウマだというのはすぐに判明した。

 メアの壇上魔獣討伐戦は、多くの謎、戦士達へ課題を残すものの解決へ至った。



 帰りの馬車にて、バゼルはゾアの情報をグレミアから聞く。
 馬車は小さく、報告の為にバゼルとグレミアが先に、トウマ達四人はギネドの戦士達と負傷者の介抱と護衛に当たっている。
 ビンセントに憑く元魔女である術師ルバート。
 ランディスに憑くゾアの災禍を引き起こす存在ゾア。
 短時間では整理出来ないほどの情報にバゼルは頭を痛める。

「レイデル王国側はこの件をどう見ている?」
「今は様子見です。貴方も会ったなら分かるでしょうが、我々が手出し出来る相手ではありません。ルバートに至ってはザイルが本気で斬りかかっても難なく遇われました」
 バゼルよりも俊足で動く騎士を“難なく遇う”という点に驚く。
「とりあえず不幸中の幸いか、ゾアは災禍を引き起こす算段とばかりに動き回り、ルバートとか言う奴はビンセントが見てる。しばらくは安全とみていいだろうな」
「ええ。ですが手をこまねいていても何も解決しません。レイデル王国側は災禍が引き起こされた場合を想定し、各地に眠る【古の力】を使うかどうかの話合いが進められています。先のガーディアン召喚、その阻止作戦は失敗に終わりましたので」
「以外だな、レイデル王国なら成功すると思っていたが」
「女王様の手前、正攻法を重視させすぎた結果でしょう。全ての情報を知るわけではありませんから、国内で成功例があるかは不明です。それよりも、メアの壇上にて魔獣の性質が著しく変化した原因」
 バゼルはコーとギリ、そして黒い柱を思い出す。
「この平和は嵐の前の静けさだろうな。ゾアの災禍か、他の災難か。何であれ備え無しだとあんな化け物が湧いて暴れ回り、国どころか人間全てが死滅する」
「出来ることなら、各国で手を取り合えればいいのですが」
「無理だな」
 即答される理由は充分にある。

 七つの国はそれぞれに相性がはっきりしている。
 友好関係をしっかり築いているのはレイデル王国、ガニシェッド王国、ミルシェビス王国だが、大精霊の住処である森があるミルシェビス王国とバルブライン王国の仲は頗る悪い。
 主に宗教上の問題が強く、バルブライン王国側は大精霊の存在を危ぶんだ目で見ている。
 グルザイア王国は親密な関係を築く事は無く、利害関係でガニシェッド王国とバルブライン王国とやや協力しあっている。
 リブリオス王国に至っては巨大な防壁を築き鎖国状態。未だに国内の全容が謎でしかない国だ。

「此方で友好関係を結ぶとすれば境界の三国ぐらいだ。バルブライン王国ほどではないが、大精霊に偏見を持つ者も少なからずいる」
「問題は山積みですね」

 悩みだけが増える話の中、馬車はバースルへ到達する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

へなちょこ鑑定士くん、脱獄する ~魔物学園で飼育された少年は1日1個スキルを奪い、魔王も悪魔も神をも従えて世界最強へと至る~

めで汰
ファンタジー
魔物の学校の檻の中に囚われた鑑定士アベル。 絶体絶命のピンチに陥ったアベルに芽生えたのは『スキル奪取能力』。 奪い取れるスキルは1日に1つだけ。 さて、クラスの魔物のスキルを一体「どれから」「どの順番で」奪い取っていくか。 アベルに残された期限は30日。 相手は伝説級の上位モンスターたち。 気弱な少年アベルは頭をフル回転させて生き延びるための綱渡りに挑む。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...