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第5話

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 ……この方が、王子様?

 第六王子が病弱だというのは国内では知られたことで、社交界にも滅多に姿を現さないと有名だ。
 だけどまさか、騎士の格好をして水晶の回収をしていたなんて。カナン様とアルイン殿下の正体を知った両親はもう、ひっくり返りそうな顔色だった。

 アルイン殿下は私からゆっくりと視線を外すと、氷のような冷たい眼差しでシャーロットを見据える。

「シャーロット・ウェルリーナ。君はロザリンドがとてつもない魔力を秘めていることに気がつき、彼女を利用した」
「な、何のことだか私にはさっぱり……」
「とぼけてもらうのは結構ですが、水晶玉はすべての真実を語ってくれましたよ」

 シャーロットの言葉を遮り微笑んだのはカナン様だ。
 カナン様が台座の上に置かれた水晶に手をかざすと……そこから帯がほどけるように、透明な波がするすると空間に広がっていく。

「たった今、わたくしはこの水晶に一年かけて注がれてきた魔力の束を外しました。役目を解かれた魔力は、本来の持ち主の元に戻るものです」

 カナン様の言葉は私にとって衝撃だった。つまりこの光景こそ、術者の努力の証。幾重にも広がる魔力の波なのだ。
 しかし、それは空間をたゆたいながら、ゆっくりとシャーロット――ではなく、その後ろに立つ私の元へと向かってきた。
 頭上からふわふわと、光る欠片が降ってきて……それを全身に受け止めながら私は、思わず目を閉じた。

(何だろう。今までずっと渇いていた喉が潤されるような……不思議な感覚)

 魔力が全て、私の元へと降り注ぐと……その場が大きくどよめいた。
 騎士達は目を見開き、聖女達は私を食い入るようにジッと見つめている。どことなくそれが尊敬の視線に感じたのは、私の気のせいだったかもしれない。

「何よ、何が起こったの? いったいさっきから何なのよ?」
「お姉様……?」

 私はその言葉に衝撃を受けた。
 もしかしてシャーロットには、今の魔力の波が見えていない? あれほど凄まじい光景だったのに?
 カナン様はふぅ、と息を吐いた。

「シャーロット・ウェルリーナ。これではっきりしましたね。あなたはそもそも、こんなに高密度の魔力でさえ目にする才能がない」
「は?」
「ロザリンドは小間使いのような役目を押しつけられていたと聞きます。あなたはきっと、祈りの儀式に集中する自分の世話をしろとでも言って、毎日ロザリンドを水晶の前につれていったのではありませんか?」

 シャーロットが「何で……」と呟く。
 私も、カナン様の言葉に驚愕していた。どうしてそんなことをカナン様が知っているのだろう?

「直接家まで赴いたのだからわたくしには分かります。この子はね、シャーロット。他でもないあなたの成功と幸福を願っていた。だからこそあなたの水晶玉に、ロザリンドの一点の曇りもない魔力が注ぎ込まれていたのです」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」
「いいえ黙りません。ロザリンドは溢れるほどの魔力をいついかなる時もすべて、シャーロットや両親の幸運へと捧げていた。あなたたちの今日までの幸運はすべて、ロザリンドのおかげで成り立っていたのです」

 錯乱して飾りつけた髪の毛を振り乱すシャーロットに、最終通告とばかりにアルイン殿下が告げる。

「ロザリンドに謝れシャーロット。君が今まで顧みず、馬鹿にしてきたロザリンドこそが、君の幸運の女神だったんだ」

 その言葉に、シャーロットは大きく身体を仰け反らせ――

「誰が謝るもんか!」

 唾を広間に吐き捨て、嗄れた声で叫んだ。

「私は見目麗しく、聡明で、魔力の才能まであるのよ! そんな私が優遇されるのは当然のことだわ! 醜くて馬鹿でのろまなロザリンドじゃなくてね!」
「お姉様……」
「だからお姉様と呼ぶな! お前のような汚らしい娘にそう呼ばれるだけで反吐が出る!」

 私の胸元を掴もうとしたシャーロットの手が空を切る。
 彼女を取り押さえたのは、壁際に並んでいた近衛騎士達だった。

「離せ、やめろ! 私を誰だと思っている!」
「大聖女、並びに新たな聖女への暴言の罰として、シャーロット・ウェルリーナはしばらく独房に入れる」
「やめろ、やめろおおおおお!!!」

 喚いて足をばたつかせるシャーロットだったが、屈強な騎士達に取り押さえられては抵抗できず、そのまま連れていかれてしまった。

 あまりの出来事に私は放心状態だった。
 シャーロットには魔力が無かった?
 しかもシャーロットではなく、本当は私が聖女の才能を持っていた?
 考えもしなかったことが立て続けに目の前で起きて、頭がついていかない。

 しかし愛娘を目の前で連行され、取り残された両親はといえば、なぜか媚びるような笑顔を浮かべてアルイン殿下を見つめていた。

「アルイン殿下。それで、わたくしどもの娘は本日から神殿に入るのでしょうか?」
「……どういう意味だろう、ウェルリーナ伯爵」
「ですから、わたくしどもの娘――ロザリンドは、本日から神殿に召し抱えられるのですか?」

 まさか私を毛嫌いしていた父が、私のことを娘と呼ぶなんて……。
 でも、その理由も何となく分かってしまい、私はもう何も言うことができなかった。

 そんな私をちらっと見遣ってから、アルイン殿下が父に向かって答える。

「都合の良い妄言を吐くな、ウェルリーナ伯爵」
「は……っ?」
「ロザリンドが神殿に入ることになれば、確かに莫大な報賞金があなたの懐に入ることになる。博打好きで無類の色狂いであるあなたは、最近は本邸の維持費さえままならない様子だ。報賞金が欲しくて仕方ないのはよく分かるがな」

 父の顔が青を通り越して真っ白に染まっていく。母も口元を覆っていた。
 アルイン殿下は最後は吐き捨てるような口調で言った。


「ウェルリーナ伯爵。それに伯爵夫人。あなた方は家族であるロザリンドを蔑ろにし続けてきた。今後はその報いを存分に受けると良い」

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