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第20話.披露の日1
しおりを挟むいよいよ――この日が来た。
回帰前に着たのと同じ、可愛らしく華やかなドレスを身に纏った私は、ドレッサーの前に座り込んで息を整えていた。
自分では落ち着いているつもりでも、今朝は起きてから胸がずっとざわめいている。朝食もまともに食べられなかった。
(でも、当たり前よね)
今日こそ、私の運命が確定する日なのだから。
「エリーシェ様、そろそろ待機するようにとのことです」
「ええ、分かったわ」
マヤの合図に頷き、私は部屋を出る。
皇宮のバルコニーからは、王都の広場が見下ろせる。広場にひしめき合う帝国民たちに、皇帝が短く挨拶を告げたあと、私もバルコニーに出なくてはならない。
手を振って誕生を祝ってもらうためではない。スクロールを披露するためにだ。
「そういえばあの……アリスさん、でしたっけ。あのあと、大丈夫だったんでしょうか?」
「ああ……」
後ろを歩くマヤの言葉に、私は生返事を返す。
「たぶん大丈夫だったと思うけれど」
三日前、私が知り合った少年アリス。
護衛騎士たちが引っ剥がしてようやく目覚めたアリスは、まだ眠そうにしていたが、街の宿屋に部屋を取っていると言って去って行った。
彼が魔塔所属の魔術師らしいことは、約束通り誰にも話していない。
けれど彼のズボンのポケットに手紙を忍ばせておいた。今夜開かれる夜会の待ち合わせ場所と時間を書いておいたのだ。
(もしも約束が破られたら、私は容赦なくあなたの正体を周りに言いふらすから……)
今頃アリスはくしゃみのひとつでもしていることだろう。
(今日も、ちゃんと広場には来てるわよね?)
アリスが魔塔代表として、ラプムの生き残りである私を見に来たのか――それは分からないけれど、そうに違いないと当たりをつけている。
私が何者なのかも、アリスに知られることになるが、それは致し方ないことだ。むしろ私にとっては都合が良い。
(夜会で会えば、その場で魔塔に招待されるかも!)
魔塔にさえ入れたら、私にとってはハッピーエンドなのだ。
皇帝が住まう皇宮に着くと、物々しい数の警備が揃っていた。仰々しい雰囲気の中、緊張した面持ちのマヤと共に回廊を進んでいく。
広間の窓は開け放たれている。そこに大量の騎士を壁際に立たせて歓談する、皇帝とノヴァの姿があった。
挨拶を済ませて、私も空いたソファ席に座る。スクロールの披露目を心待ちにする帝国民たちのざわめきや興奮している気配が、壁を伝わってのぼってきたかのように明確に感じられた。
背中がずっと、ぞわぞわしている。
国民の期待がどうの、というよりも――隣から、主張の激しい視線を送られていたからだ。
「エリー、お誕生日おめでとう」
「…………」
「十二歳のエリーも本当にきれいだね。誕生日プレゼントはパーティーのときに渡すから」
「…………」
(はっ)
しまった。怒りのあまり返事を失念していた。
「どうも、お兄様」
今日も今日とて美しい我が兄・ノヴァに、マヤはうっとりとしていたけれど、私の素っ気ない返事を聞くなり、不安げにこちらを窺っている。
しかしそこで皇帝が楽しげな含み笑いを漏らした。
「ノヴァ。お前は本当にエリーシェが可愛くて仕方がないようだな」
「ええ父上。常々、目に入れて愛でたいと思っているくらいです」
(やめてほしい……)
ノヴァの赤い目の中なんて、血の湖のようになっていて、私なんてあっさり溺れてしまうに違いない。
薄く微笑んで頷いた皇帝が、卓上のお茶を一口飲むと。
「一部では、お前とエリーシェの仲を疑う声もあるそうだ」
「え……」
思わず私は声を上げてしまった。
(皇帝自ら、そんなことを言うなんて)
むしろ口さがない臣下の噂話を諫める立場にある人だ。王族を虚仮にしていると、怒鳴りつけるべき噂ではないか。
室内の空気も凍りついている。今も地上では、私の登場を心待ちにする人々が騒いでいるはずなのに――唾を呑み込む音すらも、誰かに聞こえてしまう気がする。
いったいノヴァは、皇帝になんて返すのだろうか。
「そうなんですか? 素敵な噂ですね」
そうして。
試すような眼差しをした皇帝に対して、ノヴァの返事はとんでもないものだった。
(なに言ってんのこの男!)
なぜ火に油を注ぐような言葉を、あえて選ぶのか。
頭が痛くなったけれど、私はただ、何も知らないような顔をしてにこにこしているしかない。十二歳になったばかりなのだから、むしろ話の隅々まで理解していたらおかしく思われそうだ。
「父上。エリーは僕の愛する妹です。お願いですから、僕からエリーを盗ったりしないでくださいね」
「――だ、そうだ。エリーシェはどう思う?」
「え、ええと」
私はうまく言葉が出てこなくて、曖昧に微笑むしかなかった。
なんだか――いやな感じがするのだ。
(今のやりとりは、どういう意味?)
軽く流していいことではない気がする。
皇帝はノヴァを疑っている? それとも、私を?
ノヴァは何を考えているのだろう。考えなしにふざけたことを言っただけ?
この状況では、うまく考えがまとまらない。
「皇帝陛下、帝国民たちにお言葉をいただけますか」
だから祭を取り仕切る宰相がそう声を上げてくれて、この上なく安堵したのだった。
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