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第二章 始動
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しおりを挟む「聞いた?今の音……」
「はい。窓を何かが叩いたような……!」
イエティムの太い喉が、ごくりと鳴った。彼女の四角い頬から、雫のような汗が一筋流れる。
「ちょっと確認してきますね」
「危ないわ、イエティム。誰か人を呼びましょう」
エカチェリーナの部屋は、城の上の方にある。城壁をよじ登って侵入者がやって来たとは考えにくい。雪国の為、城壁の表面が凍るのだ。それに暗殺者であれば、エカチェリーナよりも皇帝や皇太子を狙うはず。まぁ、その暗殺者をヴァルヴァラやエヴァが雇っていなければの話だが。今夜ここをイヴァンが訪れる事になっていることは、どうせ把握しているだろうから、それはないだろう。だが、万が一もある。イエティムを案じて声をかけたが、彼女は胸を張って首を横に振った。
「いえ、それには及びません。私、こう見えて逞しいんですよ!」
フンと鼻息荒く腕を捲るイエティムは、見たまんま逞しかった。腕に掃除用のモップを握って、そろりそろりと窓へ近付く。その足取りはまるで東洋の国の忍者のごとく。
ーーイエティム……!頼もしいわ!
両手を握り締めて、イエティムの大きな後ろ姿を見守るエカチェリーナ。第三者から見ればなかなか珍妙なシーンであるものの、それを突っ込む人間はその場にはいなかった。
冷たい風。芯から凍り付きそうな空気。ハインツは、ぎこちなく自らの両腕を大きく広げ、銀世界が広がる白い空を飛翔していた。粉雪が身体にまとわりつき、飛びづらい。鷹であるハインツの大きな体の下で、九官鳥のヘンリーが雪から身を守るようにして飛んでいる。
『お前さァ……俺の体を雪よけにすんなよ』
『このくらい、良いでしょう。貴方のワガママに付き合って差し上げているのですから。九官鳥が寒さに弱いのは、ご存知でしょう?』
『鷹だって寒いの苦手だっての。俺が獣人じゃなくて、本物の鷹だったら死んでるね』
『ええ。激しく同意します』
皇城の窓は、特殊加工がされているのか、白く曇ること無く部屋の中が窺える。切り立った崖の高い位置に、そびえ立つ皇城だ。外から覗かれる心配がないという傲慢さが垣間見える。ハインツ達、鳥の獣人からすれば、もろ見えの丸見えなのだが。
『おい、あれ見ろよ』
『何です……?あれは』
ハインツが嘴でしゃくって示した部屋は、どうやら皇帝の部屋らしい。大きな窓にはカーテンが設置されていないようだ。まさに、丸見えである。部屋の中は明るい為、暗いこちらからは、まるで今流行りのシアターでも見ているかのように、中の様子がギラギラと鮮明に映し出された。部屋の中では、皇帝であるセルゲイが、複数の女性達と戯れていた。ヘンリーが不快そうに、丸い黒目を歪めてみせる。
『おやおや、あんなに沢山の女性と一気にあんな事やそんな事を……お盛んですね』
『好色えろジジィめ。気持ちわりィ』
『調べによると、エカチェリーナ様があの好色狸を誘惑したとかで、皇妃に糾弾されたそうですよ』
『フーン。笑える。どうせあのジジィが迫ったんだろ』
どうせなら皇妃の姿も見ておきたかったが、数ある窓を流し見ても、見当たらなかった。
エカチェリーナの部屋だと思われる窓は、慎ましやかな彼女のように、ピッタリとカーテンが閉められていた。近くに降り立ち、寒さで霜焼けになりつつある鉤爪でコツコツと窓を叩く。その横でヘンリーが、雪だらけになった体をブルブルと震わせて、払っていた。
部屋からは人の気配がするものの、それが動く様子はなく、じっとしている。むしろ、息を潜めているかのような……。
『不審者だと思われたのでは?』
こうなると思ってましたと言わんばかりのヘンリーの言葉に、ハインツはぐっと喉を詰まらせる。
『どうするんです?人を呼ばれたら面倒ですよ』
『今は鳥なんだから大丈夫だろ』
『やれやれ。害獣だと思われて、駆除されなければいいのですが』
黒い翼をもたげて、やれやれと首を振る九官鳥の姿にイラッとする……が、ハインツはどうにか我慢して部屋の中の様子を窺った。すると、気配の一つがそろりとこちらへ近付いて来ているではないか。もしかして、エカチェリーナが……?ドキドキ。ワクワク。さぁ、可憐な顔がカーテンから、そっと現れるぞー!そう期待したハインツは、シャッとカーテンを開けて現れた大きな影に、思わずズコーッと鉤爪を滑らせて転んだ。
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