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第二章 始動

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 入浴を終え、一日の疲れを癒したエカチェリーナは、自室で本を読んでいた。今夜はイヴァンがここを訪れるそうだから、起きて待っていなくてはならない。前までは、彼を待つこの時間が楽しみで仕方なかったが、今は少し億劫に感じる。

 「エカチェリーナ様。ハーブティーをお持ち致しましたわ」
 
 イエティムが、湯気の立つカップを机に置いた。麦色の水面が少し揺れて、カモミールのいい香りが匂い立つ。

 「ありがとう」

 頬笑みを浮かべて、エカチェリーナはカップに口を付けた。その横でイエティムが、そわそわ落ち着かない様子で口をモニョモニョと動かしている。何か言いたいことでもあるのだろうか。

 「どうしたの?」

 「あの、護衛騎士となった方ですが、あの時街で会った人ですよね?」

 「ええ、そうね」

 肯定すると、イエティムはポっと頬を染めた。

 「軟派な人だけど、カッコイイですよね。きっと騎士服がよく似合うんだろうなぁ」

 皇太子妃専属護衛騎士の騎士服は、白と銀の二色を使って仕立ててある。対してイヴァンの騎士は、黒と銀。

 白は高貴な女性の色。黒は高貴な男性の色を意味し、銀色は皇太子とその妃の証だ。イヴァンとエカチェリーナの王冠の色が銀色なのもそのためだ。これが皇帝や皇妃だと、金色になる。

 「そうね」

 気のない返事を返しつつも、エカチェリーナはハインツの騎士服姿を思い浮かべた。

 スラリとした四肢に、引き締まった体を持つ彼が騎士服を着たら、イエティムの言う通りよく似合うのだろう。黄金色に輝く瞳に、純白の白はよく映えそうだ。背中から垂れた白いマントを靡かせて歩く姿は、さぞ男らしいだろう。彼の三色が入り交じった美しい髪が、風に揺れ……想像の中のハインツが、振り向いてこちらを見つめたーーそこまで考えて、エカチェリーナはハッと意識を戻す。

 「エカチェリーナ様、大丈夫ですか?お顔が赤いですよ?」

 「……え」

 手をやると、熱く熟れた自分の頬に驚いた。思い出すのは、あの蜂蜜レモンのような甘い香り。彼の全身から香る甘い匂いは、エカチェリーナの好物である蜂蜜レモンそのものだった。実家の特産物であるレモンをふんだんに使い、ほんの少し生姜汁を垂らした蜂蜜レモンは、母の味である。彼からは、その母の蜂蜜レモンの匂いがするのだ。

 ーー蜂蜜レモンの香水でも付けているの?それとも、蜂蜜レモン風呂にでも入っているのかしら。生姜汁も垂らして?

 思わず、フッと笑みが溢れる。

 ああ見えて、身嗜みには乙女のように気を使っているのかも。一人クスクスと笑うエカチェリーナに、イエティムが首を傾げる。

 「エカチェリーナ様?どうなさったんです?」

 「いえ、ただ……そうね。ハインツとイエティムはいわば同僚になるのよね。仲良くするのよ?」

 イエティムは、コインのような目玉を細めて、破顔した。ソーセージのような唇から、綺麗に生え揃った白い歯が覗く。

 「ええ、それはもう!結婚式にはお呼びしますわ!」

 「え?」

 とんちんかんな返答をすると、イエティムは鼻から荒い息を吐き出す。何やら、えらく意気込んでいるようだ。彼女の頭の中ではまさに、職場恋愛の末のハッピーマリッジが行われているわけだが、そんな彼女のヘンテコな思考回路をエカチェリーナが理解出来るはずもなく……。

 「うーん。あなたって面白い子ね」

 「えへへ。それほどでもあります!」

 特に褒めたわけでもないのだが、イエティムはやたら照れ臭そうに頭をかいた。その時、コツコツと窓を叩く音が響いて、二人で顔を見合わせる。
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