上 下
35 / 52
第二章 始動

35

しおりを挟む

 どん!と前に出たのは、イエティムだった。

 肉厚な体をぶるんと揺らし、彼女は鼻の穴を大きく膨らませた。

 「お言葉ですが、エヴァ様。私達が美しいからって、嫉妬をするのは止めてください!」

 「は……」

 一瞬、時が止まった。凍り付いた空気に気づかず、イエティムはソーセージのような唇をへの字に曲げて喋り出す。

 「先程から聞いていれば、私やエカチェリーナ様に酷い嫌味ばかり。いくら、私達のことが羨ましいからって……」

 「あなた……何を言っているの?」

 エヴァは、心底理解出来ないといった顔で、訝しげにイエティムを見た。この醜女は、何といった?このわたくしが、嫉妬している?この女とエカチェリーナに……?なんて無礼なの……!!

 「鏡を見てから、ものを言いなさい。お前のような醜女が、わたくしに意見すること自体が不愉快よ」

 エヴァは、赤茶色の丸い瞳に嫌悪を浮かべた。

 「みっともない体に、直しようもない不細工な顔!妙に色気づいてお化粧なんてしているけれど、全く似合っていないわ!」

 「やめてー!!」

 エカチェリーナが言い返そうと唇を開いた時、イエティムが大きな声で、何故かアンナを庇うように両手を広げた。

 再び、時が止まる。だが、イエティムは止まらない。

 「アンナさんは、可愛い人よ!確かに地味な方だけれど、そんな風に言わないであげてぇ!」

 「な」
 
 イエティムに庇われたアンナが、ギョッとした顔で目玉をひん剥いた。イエティムのとんちんかんな行動に、アンナの顔が真っ赤に染まる。

 「エヴァ様は、アンタに言ったのよ!?」

 「大丈夫よ。アンナさんは不細工なんかじゃないわ」

 「だから、アンタの事だってば!」

 ぎゃあぎゃあ言い合う侍女を尻目に、エヴァがエカチェリーナに詰め寄った。

 「エカチェリーナ様!何なの、あの女は?頭がおかしいわ!」

 顔を青くするエヴァに、真っ赤になって怒るアンナ。エカチェリーナは、思わず笑いそうになった。

 「そうでしょうか?彼女って、とっても最高よ」

 「はぁ?」

 エカチェリーナは、ついには堪えきれずにクスクスと笑う。

 エヴァとアンナの、あんな顔を初めて見た。彼女達のペースを乱したイエティムには、拍手喝采を送りたいぐらい気分が良い。侍女としては、無礼であったし、発言もズレていたのだが、エカチェリーナにとっては胸がすく思いだった。

 「あの女を見ていると、頭がおかしくなりそう……。失礼させて頂くわ。アンナ!行くわよ」

 エヴァは痛む頭を抑えて、アンナに声をかけた。

 イエティムと言い合っていたアンナも、どこか疲れた顔で、エヴァを追いかけていく。そんな二人の後ろ姿を見送って、エカチェリーナはフンと鼻を鳴らした。

 ーー勝ったわ!

 別に勝負をしていた訳でもないのだが、エヴァに背中を見せたくないと思っていた彼女である。存分にエヴァ達の小さくなっていく姿を眺めて、口角を上げた。そこにイエティムが声をかける。

 「エカチェリーナ様」

 「なぁに?」

 「その、先程は申し訳ありません。出過ぎた真似を……」

 「あら、あなたのおかげで、わたくしとっても、気分が良いわ。普段から無礼なあの人達に、こちらも遠慮する必要なんてないのよ」

 エカチェリーナは、にっこりと微笑む。花のようなその笑みに、イエティムは見惚れた。

 「……エカチェリーナ様は、とてもお美しくて愛らしいお方……。私……そんなあなた様に、お仕えする事ができて光栄です」
 
 イエティムは、四角いながらも肉の乗った丸い頬を、ぽっと赤く染めた。そして、思った。美しいこの主人のお傍にこそ、美しい自分が相応しいのだと。地味なアンナよりも、自分こそが、この方に相応しい。だから、選ばれたのだ。きっとそう。エカチェリーナも、イエティムを美しいと思ったから、傍に置く事を許した。

 イヴァンが植え付けた種は、彼女の中でムクムクと膨らみ、自意識過剰という名の芽を出した。イエティムは、完全に自分の外見を、美しいと信じ込んでしまっていた。

 エカチェリーナは、ちらりとイエティムの横顔を見つめる。彼女は、愚かな侍女の思い込みに気付いていた。でも、訂正するつもりは無い。エカチェリーナの淡く色付いた唇が、弧を描く。

 ーーだって、今の方が面白いんだもの。

 イエティムのびっくり発言に、ギョッとするエヴァ達の顔ときたら……。彼女達でああなら、ヴァルヴァラはどんな反応をするだろう。激怒して死刑にすると言い出しそうだが、まぁ、そうなればイヴァンに泣き付いて、どうにかして貰えばいい。

 それに……。

 前と比べて、自信に満ち溢れた楽しそうな顔。イエティムにとっても、今の方がずっと幸せでしょう?

 「イエティム。今から帝都へ行くわよ。あの人達に、馬鹿にされたままでいられないわ。ドレスを新調しなくちゃ……お前にも、何か買ってあげる」

 帝都!イエティムは、目を輝かせた。皇城の下に広がる大きな都。ベルジェ帝国でも、一番の店が並び、最先端のファッションを楽しみたいならここだと言われるほど。お洒落なカフェや、雑貨屋で賑わうそこへ、何度足を運ぼうと思ったか。結局、勇気が出ずに、一度も行けた試しはないのだが……そんな所へ、エカチェリーナと行くことが出来るだなんて!それも、何か買ってくれると言うでは無いか!
 
 イエティムは、ワクワクとした気持ちを隠しきれず、満面の笑みを浮かべた。それにエカチェリーナも笑顔で答える。

 「可愛らしいのね」

 そう微笑めば、イエティムははにかんだように唇を緩めた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

私が消えたその後で(完結)

毛蟹葵葉
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。 シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。 皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。 シビルの王都での生活は地獄そのものだった。 なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。 家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。

夫の心がわからない

キムラましゅろう
恋愛
マリー・ルゥにはわからない。 夫の心がわからない。 初夜で意識を失い、当日の記憶も失っている自分を、体調がまだ万全ではないからと別邸に押しとどめる夫の心がわからない。 本邸には昔から側に置く女性と住んでいるらしいのに、マリー・ルゥに愛を告げる夫の心がサッパリわからない。 というかまず、昼夜逆転してしまっている自分の自堕落な(翻訳業のせいだけど)生活リズムを改善したいマリー・ルゥ18歳の春。 ※性描写はありませんが、ヒロインが職業柄とポンコツさ故にエチィワードを口にします。 下品が苦手な方はそっ閉じを推奨いたします。 いつもながらのご都合主義、誤字脱字パラダイスでございます。 (許してチョンマゲ←) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【第二部連載中】あなたの愛なんて信じない

風見ゆうみ
恋愛
 シトロフ伯爵家の次女として生まれた私は、三つ年上の姉とはとても仲が良かった。 「ごめんなさい。彼のこと、昔から好きだったの」  大きくなったお腹を撫でながら、私の夫との子供を身ごもったと聞かされるまでは――  魔物との戦いで負傷した夫が、お姉様と戦地を去った時、別チームの後方支援のリーダーだった私は戦地に残った。  命懸けで戦っている間、夫は姉に誘惑され不倫していた。  しかも子供までできていた。 「別れてほしいの」 「アイミー、聞いてくれ。俺はエイミーに嘘をつかれていたんだ。大好きな弟にも軽蔑されて、愛する妻にまで捨てられるなんて可哀想なのは俺だろう? 考え直してくれ」 「絶対に嫌よ。考え直すことなんてできるわけない。お願いです。別れてください。そして、お姉様と生まれてくる子供を大事にしてあげてよ!」 「嫌だ。俺は君を愛してるんだ! エイミーのお腹にいる子は俺の子じゃない! たとえ、俺の子であっても認めない!」  別れを切り出した私に、夫はふざけたことを言い放った。    どんなに愛していると言われても、私はあなたの愛なんて信じない。 ※第二部を開始しています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...