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第32話 蒼乃を探して

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 思いつく限りの場所に電話をかけ、探してもらえるように頼んで回った。

 母親には念のために警察へと提案したのだが、それは受け入れてもらえなかったが仕方がない。

 これから先は俺の足にかかっていた。

「それじゃあ母さん。俺は色々見て回って来るから、用があったら蒼乃のスマホにかけて」

 制服姿はさすがに補導されかねないので私服に着替え、リュックにメモや地図、筆記用具や壊したスマホの残骸を入れて背負う。

 何が起こっても大丈夫な様にと様々な事を想定して準備をしたのだが、それでも不安は消えなかった。

「それは分かったけど……蒼司まで学校を休むのはどうなのかしら」

「蒼乃が戻ってこなかったらどうするんだよ!」

 思わず母親に怒鳴り返してしまったが、自体をきちんと理解してないのだから仕方がないと、俺は自分を説得する。

 とにかく頼れるのは自分だけ。そう思っておいた方がいいだろう。

「とにかく行ってくる」

「……分かったわ。蒼司はお兄ちゃんだものね。よく喧嘩していても、やっぱり蒼乃の事が心配なのね」

 そうではない。

 俺は蒼乃が何よりも大切な女性だと気付いてしまっただけ。そして、その大切な女性を俺の責任で無くしてしまいそうだからこうしているのだ。

 蒼乃がただ単に家出をしただけなら……いや、それでもこうして心配するか。

 俺は靴を履いて自転車の鍵を手に取ると、玄関から飛び出した。

 自転車を解錠して車庫から引き出すと、跨って――。

 バキッと嫌な音がして、体が下に沈む。

「うわぁっ」

 俺はそのままバランスを崩し、情けなくも路上に転がってしまった。

 痛む体をさすりながらゆっくりと立ち上がる。

 自転車は、あろうことか中心から真っ二つに折れてしまっていた。

「な……んでこんな時に。くそっ、不幸なときには不幸が重なるって言うけど……」

 本当に不幸なのか? これは本当にただ運が悪いだけなのか? 

 荷重がかかったというだけでは明らかに説明がつかない。明らかに異常な力でもってこのような結果に至ってしまったのではないだろうか。

 俺はこの感覚を一度体験した事がある。

 無理やりに沼に引きずり込まれ、その上から熱湯を撒かれる様な、悪意を持った不運。これは絶対あのゲームの仕業だ。

 あの時ゲームは言ってたじゃないか、『障害を乗り越えて』って。

 こういう不運が障害ってわけだ。クソがつくほど底意地が悪いな、オイ。

「ああいいぜ、やってやるよ!」

 自分に喝を入れるため、わざと声に出して叫ぶ。

 スクラップとなった自転車を持ち上げて家の壁に立てかけると、俺は目的地目掛けて走り出した。







「ここも……はぁっ……いない、か」

 昔蒼乃とよく遊んだ公園、広場、空き地。小学校の通学路。

 いろんな思い出の場所を、俺は駆けずり回って蒼乃の姿を探したのだが、その結果は当然の様に空振りに終わっていた。

「ぼたんたちは……」

 俺は息を整えるために、公園のベンチに腰を下ろしてからスマホを取り出した。

 ぼたんや名取には、二人の家の近くにあるそう言った思い出の場所を探す様に頼んである。

 一縷の望みを託して、祈りながらぼたんへ電話を掛けた。

 ワンコールの後に電話の向こうからいつも通りに元気のいい声が返ってくる。

『蒼司、居た?』

「そう言うって事は、居なかったか」

『そっちも駄目だったんだ……』

「まあ、一番居たい場所だからな。思い出の場所なんて可能性が低いさ」

 蒼乃の友達である妹尾萌香から仕入れた情報によれば、蒼乃はペットショップやアニマル喫茶なんかが好きだったらしい。

 どちらかと言えばそういう場所の方が可能性は高いんじゃないかと思っている。

 ただその場所は橋向こう、つまり現在から7、8キロ離れた街中にまで行く必要があるのだ。だったらまず近場から探していくのは常套手段と言えるだろう。

 時間は――一瞬だけスマホを耳から離して時刻を確認する――まだ5時間近くある。

「迷惑かけて悪かった、ありがとう。ぼたんは学校に行ってくれ」

『待って、私も手伝う』

「手伝ってくれるのなら、尚更学校に行ってくれ。あいつのお気に入りの場所は図書室だ。結構居る可能性は高いと思う」

『……分かった』

 返事するのが遅かったな。やっぱり自分の責任だとか思ってんだろうなぁ。

 仕方ねえよなぁ……。

「ぼたん。あの付き合ってる云々は速攻でバレてたからマジで関係ない」

『そお……なんだ』

「原因は俺が蒼乃にキスしたからだ」

 途端、電話の向こう側でもの凄い物音がしたあと、ぼたんの悲鳴の様なものが聞こえて来た。

 やはりそれが正しい反応だよな……なんて思ってたら。

『ごめん、驚いてスマホ落としちゃった』

 意外と軽い感じがするぼたんの声が聞こえて来た。

『そっか、しちゃったんだ』

「……気持ち悪いとか思わないのか?」

『まあ、アレ見てたしね……』

 俺はぼたんの目の前で泣いてしまった。その時の顔から、ぼたんは俺の苦しみを分かってくれていたのだ。

 しかしそんな事よりも、俺はぼたんが嫌悪を抱いていない事の方が嬉しかった。

 気持ち悪いと思われるのが当たり前だと思っていたから。

「ありがとう」

『いいよ。それで付き合う事になったの?』

「いや、普通の兄妹に戻ろうって事になった」

『そっか、それで……』

 本当は走尾ではないが、偶然話の流れでそう誤解してくれたようだ。

 俺は悪いとは思いつつも都合がいいので訂正せずにおいた。

「とにかく、変に隠れるってことはしないはずだ。きちんと見つかってくれるから……」

 そうだ、蒼乃はどんな状態で存在しているんだ?

 見つけられるって……蒼乃は気絶でもしてるのか?

 自分で動き回れるなら、蒼乃の事だから助けを求めたりして自分から動いてくれるはずだ。なら、今蒼乃は動けない状態に居るのか?

『蒼司?』

「いや、すまん。とにかく見つけたら連絡してくれ。じゃあな」

『分かった』

 俺は電話を切ると、次はブラウザを立ち上げる。

 パケ代ヤバいだろうな。すまん蒼乃、今月は俺も出す。

 基本料金は両親が払ってくれるが、使った分は小遣いから天引きされる仕様である。家の中であればWi-Fiが飛んでいるので追加料金は出さなくてもいいのだが、外で使うとなると、ガンガン小遣いが減って行ってしまうのだ。

 もっとも、蒼乃には代えられないのでためらいなく使いまくるが。

「メールは……名取から……来てるな」

 文面を見るに結果は空振りだった様だ。

 俺はぼたんに伝えたのと同じことを名取にもメールで送っておく。

 それが終わったら――蒼乃の好きだった場所巡りだ。

 俺はリュックからメモ用紙と地図を取り出して場所を確認する。

「バス……行けるか?」

 結構距離があるため、徒歩はかなりの時間がかかるのだが……。

 ゲームの仕掛け人は、障害と言って自転車を壊したのだ。バスやタクシーはかなり難しいのではないだろうか。

「考えてても仕方ないな。とりあえず行ってみるしかない、か」

 まだ頭も動くし体力も残っている。

 時間は……十分とはいえないが。

 俺は荷物をリュックに仕舞い、背負いながら立ち上がると、次の目的地を目指して歩き出した。
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