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第15話 脱衣所に着替えがあるのは当たり前だよねっ

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「ねえ、そこに居る?」

「居ますよ~、女王陛下」

「そんなの要らないからもっときちんと声出してよ。あ、こっち見たら殺すから」

 見たくもねえよ、そんな貧相な体。とはさすがに言えず、肩を竦めて俺は壁に寄り掛かった。

 俺の背後には曇りガラスがはめ込まれた扉があり、更にその奥には風呂場がある。

 あの後何とか蒼乃は立ち直ったのだが、一人になるのが怖いと――もちろん本人は認めないのだが――いう事で、俺が傍に居て見張る事になったのだ。

 殺人鬼の出て来るホラー映画だったので、本当にそういう奴が来るかも~なんて恐怖を感じているのかもしれないのだが、現実として在りうるわけが無い。ここは法治国家日本なのだ。痴漢や覗き魔に出会う方が多い……蒼乃の貧相を通り越して壁とかまな板とか抉れてるレベルの体を見て楽しむ奴なんて居るはずないか。

「なあ蒼乃」

「何?」

「スマホ取ってきていいか? 居間に忘れて来たから一瞬はな……」

「駄目」

 即答かよ。

「兄が一瞬離れた時に来られたら困るから」

 何が来るってんだよ。……ったく。

 あー……暇だ。何すりゃいいんだよ。

 周囲を見回してみても、暇をつぶせるような物は何もない。脱衣所なのだから当たり前だが。

 歯磨きでもするかと思った矢先に……それを見つけてしまった。

 綺麗に折りたたまれたピンク色のパジャマと、その上に置かれたとある物体を。

 お風呂に入るには、当然裸にならなければならない。そうなれば必然的に、お風呂から上がった後に着るものも必要になって来る。

 パジャマと、その内側に着る……下着だ。

 それが台の上にちょこんと置いてあった。

 蒼乃はあまりの恐怖から、見張りをしている俺が見てしまう事にまで頭が回っていなかったのかもしれない。

「……蒼乃、寝るときはノーブラなのか」

 まあ、必要ないのかもしれないけどな、HAHAHA!

 パンツは縞々じゃないけどクマさんのバックプリントかよ。うわーガキっぽいなぁ。からかうネタが出来た……いや、俺がマジで殺される未来しか見えないから黙っておいて、噂として流すとか……はさすがにかわいそうか。

 くそっ、知ったからってどうすることもできねぇや。

「ねえ、居るの?」

「ああ、居るよ」

 しばらく黙っていたからまたぞろ不安になってきたのだろう。ややぞんざいにだが答えてやると、蒼乃は安心したのか「そう」と言ってまた体を洗う作業に戻った様だった。

 少しだけ水をさされる形になり、俺の思考が少しだけ冷静になる。

 考えてみれば目の前にあるパンツは妹のものだ。タダの布切れにしか見えないし、特別な感情もわかない。これがぼたんのブラジャーとかだったら滅茶苦茶興奮するかもしれないが……。もちろんエロ目的ではなくデケーって感じで笑いの対象としてである。

 あいつを性的対象として見るのはちょっと無理があるんだよな。なんか近すぎて罪悪感が湧くっつーか……。確かに身の回りに居る女子の中で一番エロいっちゃエロいんだが、せっかく友達として見てくれてんのにそういう目で見るのが悪いよなぁって……。

「ねえ」

「居るって」

 まったく、妄想に逃げる事も出来ないみたいだな。仕方ない、今は蒼乃の相手をしてやるか。

「実はな、映画は二本借りて来たんだよ」

「えっ」

 ちゃぷんっと水が跳ねる音が聞こえてくる。中に居る蒼乃は多分顔を青ざめている事だろう。ホラー映画二本借りたとか勘違いしてそうだし。

「一方は店員おススメのコメディ映画だって。ちょっと下ネタとか多いらしいけどな。めちゃめちゃ笑うってさ」

「何それ……」

 蒼乃の声が恨みがましく聞こえるのは気のせいではないだろう。

「今日はまあダメだけど、明日とか明後日とか視るのもいいかもな」

 なんて無駄話を、蒼乃が風呂を上がるまで続けたのだった。

 なお、俺が風呂に入っている間は、蒼乃が脱衣所に居たのは言うまでもないだろう。









「でさぁ……」

 俺は目の前の光景を見て、思わず頭を抱えてしまう。

「何よ」

 そこには当然でしょと言わんばかりの顔をした蒼乃が居て……。

「本気なのか?」

「悪い!?」

 なんでお前が強気なんだよ。お前……。

「俺の部屋に布団持ってきて寝るとかマジかよ」

 そこまで怖かったのかよ、勘弁してくれ。

「そっ、その……兄が一人で寝るの怖いんじゃないかなって思っただけ」

 狼狽えた蒼乃が、必死になって言い訳を絞り出したのだが……どう考えて無理があるだろ。

 というかパジャマ見られても平気なんかい。この前のは一体何だったんだよ。

 ああそうか、そんな事を気にする余裕がないとこまで追い詰められてんの?

 まったく、しょうがねえなぁ。

「蒼乃」

 俺は頭を掻きつつ、床に敷いた布団にくるまっている蒼乃の名前を呼ぶと、俺が座っているベッドをポンポンと叩いた。

「な、何? 一緒に寝るとか絶対嫌だからね」

「ちげえよ。一応女なんだから床に寝て体冷やすとよくねえだろ」

「えぇっ?」

 なんだよ、その意外そうな顔は。

 この家では基本的に全員ベッドで寝るため、かけ布団はあっても敷き布団はない。そのため、蒼乃は絨毯に何枚かタオルケットを敷き、かけ布団に包まって寝ようとしている。

 今はそれで良くても、夜中はさすがに冷えるだろう。

「蒼乃がベッド使えって言ってんの」

「でも……」

 さすがの蒼乃も、自分から押しかけておいて部屋主からベッドを奪うのは気が引けるらしく、ためらいを見せている。

 まったく、意外とかわいいところ……。

においとか……」

 クソが、見直して損した。

「バフリーズでも使え! とにかく蒼乃がベッドで寝ろ。これは譲らない」

 そう言って俺は蒼乃の顔を睨みつけた。

 蒼乃はしばらく布団を目元にまで上げて顔を隠し、抗議するような視線を向けてきていたが、なおも俺がベッドを叩くと、

「分かった……」

 と蚊の鳴くような声で頷く。

 本当に手間のかかる妹だなと、もはや何度目になるか分からないため息を噛み殺してから立ち上がる。

「待って」

 布団で口元を押さえているせいか、先ほどから随分と蒼乃の声が聞き取りにくい。

「なんだよ。寝場所交換に同意しただろ?」

「お布団持ってって」

 なるほど、さっき臭い気にしてたもんなぁ。まったく! まったくだよ!

「待ってろ。バフリーズ持ってきてやるから」

「ち、違うの。それは……いいから……。……ごめんね」

 蒼乃の口から謝罪の言葉が出て来るなんて思いもしなかったので、俺は一瞬呆然としてしまう。

 ……まったく、しゃあねぇなぁ……。許してやるよ。大方気恥ずかしさが先行して臭いとか言っちゃったんだろうな。それで、さすがに失礼だと思ったから謝罪したと。

 俺はさすがに我慢しきれずため息をつくと、かけ布団を持ってベッドから降りる。

「あ、ありがと……」

 それと入れ替わる様に蒼乃はかけ布団を体に巻き付けたまま、器用にベッドへと飛び乗り、そのまま布団の中に顔まで入れて、ミノムシの様に隠れてしまった。

 ……そんなにパジャマを見られるのが嫌かねぇ。

「もういいな? 電気消すぞ」

「…………」

 ほとんど何も聞こえなかったが、微かにうん、と聞こえたような気がしたので、俺は部屋の電灯を消すと、布団の中に潜り込んだ。
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