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第14話 ホラー映画はディナーの後で

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「母さん、この後映画見ていい?」

「映画?」

 俺はロールキャベツの最後の一口を飲み込んでから頷いた。

「なんか友達から最新作がスゲー面白かったとか聞いたから、その映画レンタルしてきたんだよ」

 結構古い映画だったので、リメイクしかブルーレイが無かったからそっちを借りてきちゃったけど構わないだろう。

 実は結構ゲームとかでなじみ深いから楽しみなんだよね。

「まあ……別に見たいテレビもないし良いけど。あ、ちゃんと宿題はしなさいよ?」

「するする」

 さて、お次は……。

 俺は左斜め前、母さんの横ですました顔をしてコンソメスープを飲んでいる蒼乃へと視線を向ける。

 ふふふ、知ってるんだぞぉ。何でもないような顔して、内心ドッキドキだって事。

 怖がる蒼乃……やっべ、超楽しみなんだけど。

「蒼乃も見るか? ホラー映画なんだけど」

「視ない」

 おおぉぉぉい!? 予定と違い過ぎやしませんかねぇ、蒼乃さん。

 怖いからって逃げ出すとか無しだろ。一応このためにお兄ちゃん、100円という巨費を投入したんだぞ?

 絶対視てもらうからな。

「そっかー、蒼乃怖がりだもんなぁ。ホラー映画は視られないか。ごめんごめん」

「は? ホラー映画だから視ないわけじゃないし」

「そんな無理しなくてもいいんだぞ? まあ、ホラーってもお化けとか全然出てこないやつだから、そんなに怖くないって話だけどな。怖いなら仕方ないよなぁ」

「だから怖くないって言ってるでしょ」

 ちょっと煽り口調でわざと視なくていいぞ~的な事を言えば、あまのじゃくな蒼乃の事だ、すぐに食いついてくるだろう。 

 そう思って煽ってみたのだが……。

「こら、蒼司。ダメでしょ? 蒼乃は本当に怖いの苦手なんだからそんな馬鹿にしちゃ。ねえ、蒼乃」

 母さん、それって逆効果じゃねえの?

 蒼乃が素直に認めるわけないじゃん。

「別に怖いの苦手じゃないし。分かった視る。視ればいいんでしょ」

「そんな無理しなくていいのに。夜眠れなくなっても知らないわよ?」

 母さん……それ天然? 煽ってないよね?

 そんな事言ったら蒼乃が引くに引けなくなるじゃん。

「夜眠れなくなるとか子どもじゃあるまいし」

 いや、俺ら子どもだけどな。

「私はくだらない映画を視るのが嫌なだけなの」

「YAHHOUムービーでは評価5点満点中4.5だから意外と高いと思うぞ」

 俺はとりあえず蒼乃の逃げ道を塞いでおく。

 これで蒼乃は段々と追い詰められていくはずだ。素直になれない蒼乃が悪いんだからな。

 怖いなら怖いって言えば、コメディ映画の裸のガンを持つ男を上映してやるのに。一応二本借りといたんだぞ。

「あら、そうなの? 結構評価高いのね」

「そりゃ、シリーズ合わせて10本近くある作品だからね。好きな人は多いでしょ」

「へー、母さんも視ていい?」

「どうぞどうぞ」

 母親が視るというのに蒼乃も視ないわけにはいかない。

 という訳で一家――単身赴任中の父親は除く――揃って上映会となったのだった。









「んじゃ、流すよ」

「オッケー」

 洗い物を終えた母親がソファの一番右端に座ったら準備は完了だ。俺はリモコンのスイッチを押して映画の上映を始める。

 ソファの真ん中に蒼乃が座っているのは、両側に俺と母親が居れば少しは恐怖心が和らぐかなっていう配慮だったのだが……。

「………………」

 さっきから蒼乃は唇を引き結び、全身を硬直させて、両手を膝の上で固く握りしめている。

 明らかに我慢していますって態度だ。

「あのな、ほんとに怖かったら……」

「怖くないし。絶対大丈夫だから」

 語尾が震えてるんだけど……。まったく、ちょっと見え張り過ぎなんだよなぁ。

 まあ、それに乗ってく俺もちょっとアレかもしれないけど。

「ホントに怖かったら言えよ?」

 なんて言ったら絶対言わないか。これは失敗したかな。

 そして映画が始まった。

 序盤はまだよくあるヒューマンドラマって感じで蒼乃も大丈夫だったのだが、死人が出た途端、蒼乃の様子が変わった。

 蒼乃の表情があわわわって感じに変わり、膝の上にあった手は徐々にこちらに向かってはい寄って来る。体も母親の方が近かったはずなのに、今は俺との距離がほぼゼロになっていた。

「うわー……これは本当にありえそうな怖さがあるわねぇ」

 母親がボソッと呟いた声に驚いたのか、蒼乃がぎゅっと俺の腕を握り締める。

「なんか怖さの種類が違うよね」

 蒼乃、今俺が喋ったのにも驚かなかった? なんか背筋がビクーってして、俺の腕が痛いぐらいに握られたんだけど。

 それからも、映画で大きな音が鳴る度に蒼乃は体をびくつかせながら俺に体を寄せて来て、なんか色々と押し付けられたりしてしまった。

 肋骨を押し付けられて痛いわ柔らかくないわ、いい匂いがするわ意外と力が強いわ、ひぅって声を出して怯える蒼乃がちょっと可愛いわで、良い思いをしているのか痛いだけなのかよく分からなかったのだが。





「ん~……これは……何とも言えない現実味のある映画だったわねぇ……」

「そうだね……」

 俺はなんか別の恐怖を感じてしまった気がする。

 怖がる蒼乃可愛いなぁとか思ってないよ? エロスとか感じてないよ?

「そう言えば蒼乃がずっと静か……あら~」

 その理由は、俺が一番分かっていた。

 蒼乃はあまりの恐怖から俺の腕を抱きしめ、鼻先をソファと俺の体の間に無理やり押し込んでガタガタと震えていたからだ。一応、まだ泣いてはいないようだが、あと少し何か刺激があれば、確実に決壊してしまうだろう。

 そこに映画が始まる前の見栄っ張りな蒼乃の姿はなかった。

 ……こっちがもっと折れとくべきだったなぁ。ごめんな、蒼乃。

「母さんが先にお風呂入っててくれる?」

「ん、分かったわ」

 色々と察してくれた母親は、軽く肩を竦めると部屋を出て行ってくれる。

 居間には俺と蒼乃の二人が残され、テレビが出すほんのわずかな雑音だけが響く。

 それ以外には何もない空間の中で、しばらく俺は蒼乃に肩を貸していた。

 やがて蒼乃の震えがようやく治まる。

「……ミッションは多分クリアしたと思う。こんだけ近いからな。映画も二時間あったし」

 蒼乃からは何も返ってこない。声も、動作も。

 返ってくるのは沈黙だけで、それがとても痛かった。

 多分だが、俺が謝れば余計蒼乃のプライドを傷つけてしまうだろう。だから俺はそれ以上なにも言わず、蒼乃の頭をゆっくり撫で始めた。

 左手の手のひらを蒼乃の頭頂部に置いて、滑らせる様に後頭部へと流す。

 それを、何度も何度も休まず繰り返し続ける。

 普通ならば頭に触れるだけで蒼乃は火が点いたように怒るはずなのに、蒼乃は無言で俺の手を受け入れてくれた。
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