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第12話 俺はベッドで妹と…
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俺は家の玄関を前にして、憂鬱な気分でいっぱいだった。
本来なら学校という苦労から解放された放課後というこの時間は、解放感と幸福感に満ちたものであるべきだ。
例えその後に宿題という苦難が待ち構えていたとしても、とりあえずは心の安らぎが約束されているはずなのに……。俺はあの悪魔の様なゲームにその時間を奪われてしまっていた。
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
俺は何度目かのクソでかいため息を吐き出した。
いやだ、帰りたくない。帰ったら……。
「何してんの。早く入って」
いつの間にか、俺の目の前にあった地獄の門が開き、中から鬼が顔を出していた。
「いやぁでもなぁ……」
「早く入る」
「はい……」
有無を言わせぬ蒼乃の前に、俺は情けなくも白旗を揚げる。
家の中に入って荷物を下ろし、靴を脱ぐ。
荷物を蒼乃がもってくれるが、これは親切などではない。処刑前の最期の哀れみという奴だ。
俺はそのまま自分の部屋へと連行されてしまう。
「いや、せめて手洗いうがい位させろよ」
部屋の隅っこに荷物を置いた蒼乃が鬱陶しそうに顔を歪める
「じゃあ濡れタオル持ってきてあげるから、その間に着替えてベッドに入ってて」
蒼乃はそれだけ言うと、部屋を出ていってしまう。トントンと小気味よく階段を下りる蒼乃の足音を聞きながら、俺の気分は更に落ちて行ってしまった。
というか、うがいはさせてくれないのか……。確かにしない事の方が多いから平気だけどさ。
「……ああもう、マジかぁ」
なんであんなミッション出るんだよ。考えたヤツ誰だよ。絶対妹に変な願望抱いてるだろ、製作者。性癖歪み過ぎだって、なんの意味があるんだよ。
なんて毒づいてもミッションが変わる事はない。
俺はしぶしぶ制服を脱いで着替え始めた。
「なんでまだベッドに入ってないの?」
開口一番、戻って来たばかりの蒼乃が言った言葉がそれだった。
俺は蒼乃から濡れタオルを受け取って手を拭き、ついでに顔も拭う。濡れタオルはちょうどいい温かさにしてあって、とてもさっぱりする。こういう気遣いをしてくれるところは蒼乃のいい所なのかもしれない。
もっといい所見つけるから寝る役蒼乃がやってくれないかな……。
「なあ、やっぱり蒼乃が……」
「兄に寝顔を見られるとか死んでも嫌」
「さいか」
ミッションは単純で、寝ている相手を優しく起こすだけ。ただしボディプレスは可。
どっちが寝て、どっちが起こすなんて指定はない。だがこのミッションを作ったヤツは、絶対妹が兄をボディプレスで起こすのを想像しているはずだ。
あれは滅茶苦茶体重の軽い子どもがやるから笑ってすまされるのであって、体重が40キロ以上はある蒼乃が俺に向かってやったら、確実に内臓を口から吐き出す羽目になるだろう。
「蒼乃、ボディプレスだけはするなよ」
「絶対やらない。兄の上に跳び乗るとかありえないから」
蒼乃が絶対零度の視線を向けてくるが、俺は前振りで言っているのではない。絶対にして欲しくないから念押ししてるんだ。
押すなよ、押すなよ、で押していいのは芸人だけである。
「しないのならそれでいい。じゃあ……」
これほどの緊張感をもってベッドに向かうのは初めてかもしれない。
俺は固唾を呑みこんでからベッドにもぐりこんだ。
「…………」
「早く寝て」
「早々寝られるかっ。まだ太陽出てんだぞ」
というかなんで部屋の真ん中で仁王立ちしてこっち見下ろしてんだよ。視線が痛くて余計眠れんわっ。
「部屋から出といてくれない? 気になって眠れねえんだけど」
「出来れば早く終わらせたい」
「お前が外出ないと眠れない」
しばらく蒼乃と睨み合った後、折れたのは蒼乃の方であった。
蒼乃はため息をつくと、髪を耳にかけ直してから「早くして」と冷たく言い残して部屋の外へと出て行った。
まったく、ため息をつきたいのはこっちの方だっての。
と心の中で文句を言った後、目を瞑ったのだった。
何度も寝がえりを打ったり羊を数えてみたりとしばらく悶々とした時間を過ごしていたが、学校の疲れもあっていつの間にか眠りについていた。
ふと、なんとなく左腕が痺れるような感覚を覚えて目を開ける。
目だけを動かして時計を見れば、あれから一時間程度経っていた。そのまま顔を体の方に向けると……。
「あ、蒼乃……」
何故かはわからない。蒼乃が頭を俺の左腕に乗せ、こちら側を向いてすやすやと夢の世界を満喫していた。
どうやら床に座り、ベッドに体を預けるというやや不自然な体勢で眠っている様である。
蒼乃は俺を起こしに来たはずだ。なのになぜこうして寝ているのだろう。
まったく訳が分からない。
何をどうなれば、蛇蝎のごとく嫌っている俺の腕を枕にして蒼乃が眠るのだろう。
人類滅亡直前でもこんな事は起こりそうにないと思っていたのだが……。
何となく蒼乃の寝顔をじっくり眺める。
長いまつ毛、柔らかそうな頬、ちょんと顔の真ん中についた形のいい鼻、赤く小さな唇と、まるで人形の様に整った顔をしていてどれだけ眺めていてもまったく飽きない。黙っていれば相当愛らしいのにと心の底から残念に思う。
蒼乃を起こさないように注意して右腕を布団の中から引き抜くと、そーっと蒼乃の頭に乗せる。
蒼乃の頭はふわふわで柔らかく、そのまま撫で下ろすと絹糸の様にサラサラの髪が指の腹をくすぐってとても心地いい。
あまりの気持ちよさに、つい俺は何度も何度も蒼乃の頭を撫でてしまった。
「んあ……」
一瞬蒼乃が目覚めてしまったのかと思い、手を止めたのだが……。
どうやら蒼乃はそれがお気に召さなかったらしい。ん~とうなりながら俺に手に頭を擦り付けて来る。
もしかしてもっと撫でた方がいいのかと思って手を動かすと……。
「えへ……」
蒼乃はふにゃっと相好を崩した。
笑顔は昨日久しぶりに見たのだが、それはあくまでも微笑んだ程度のものだ。今の満面の笑みとはずいぶん違う。
いつもはあまり表情を動かさないか怒りに歪めている顔しか見たことがないのに、突然子どもの様に屈託のない笑顔を見せられると……俺は思わずドキッと胸を高鳴らせてしまった。
慌てて蒼乃は妹、蒼乃は妹と心の中で何度も唱えて心臓を宥めようとするのだが、効果はほとんどない。俺の瞳は俺の意思とは無関係に、蒼乃の無邪気な笑みに吸い寄せられてしまった。
「ん~~~……」
蒼乃が鼻を鳴らしてぐずる。どうやら俺が蒼乃に見蕩れて頭を撫でるのを止めてしまったのが原因らしい。
慌てて右手を動かして頭を何度も撫でると、蒼乃は満足そうに笑う。
それがあまりにも心臓に悪かったので、
「蒼乃、蒼乃……! 起きろって」
右手で頭を掴んでぐりぐりと揺さぶる。
蒼乃の頭が揺れる事で、痺れていた左腕が刺激されて痛みとも疼きとも言えない強烈な刺激が俺を襲うが、蒼乃の笑顔を見て変に心が乱されるよりはマシだ。
俺は我慢して蒼乃を揺さぶり続けた。
「んん、ううぅ……。な、何……。やめ……て……」
目を覚ました蒼乃とばっちり目が合う。
蒼乃はまず俺の顔を見て、その次に自分が何を枕にしていたかを確認して……ボッと、火でも点いたのかと思うほど顔を真っ赤にする。
「な……な……な……」
「おはよう。なんか、俺もさっき起きたんだけど……」
白々しくもそう言ってみるが……蒼乃は全く聞いちゃいなかった。
口をパクパクさせて俺の顔を穴が空くほど見つめた後に、
「バカーーーーッ!!」
なんて鼓膜が破れるかと思う位の大声で思いっきり叫んでから、全速力で逃げ出していった。
……俺、なんも悪い事してないよな?
本来なら学校という苦労から解放された放課後というこの時間は、解放感と幸福感に満ちたものであるべきだ。
例えその後に宿題という苦難が待ち構えていたとしても、とりあえずは心の安らぎが約束されているはずなのに……。俺はあの悪魔の様なゲームにその時間を奪われてしまっていた。
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
俺は何度目かのクソでかいため息を吐き出した。
いやだ、帰りたくない。帰ったら……。
「何してんの。早く入って」
いつの間にか、俺の目の前にあった地獄の門が開き、中から鬼が顔を出していた。
「いやぁでもなぁ……」
「早く入る」
「はい……」
有無を言わせぬ蒼乃の前に、俺は情けなくも白旗を揚げる。
家の中に入って荷物を下ろし、靴を脱ぐ。
荷物を蒼乃がもってくれるが、これは親切などではない。処刑前の最期の哀れみという奴だ。
俺はそのまま自分の部屋へと連行されてしまう。
「いや、せめて手洗いうがい位させろよ」
部屋の隅っこに荷物を置いた蒼乃が鬱陶しそうに顔を歪める
「じゃあ濡れタオル持ってきてあげるから、その間に着替えてベッドに入ってて」
蒼乃はそれだけ言うと、部屋を出ていってしまう。トントンと小気味よく階段を下りる蒼乃の足音を聞きながら、俺の気分は更に落ちて行ってしまった。
というか、うがいはさせてくれないのか……。確かにしない事の方が多いから平気だけどさ。
「……ああもう、マジかぁ」
なんであんなミッション出るんだよ。考えたヤツ誰だよ。絶対妹に変な願望抱いてるだろ、製作者。性癖歪み過ぎだって、なんの意味があるんだよ。
なんて毒づいてもミッションが変わる事はない。
俺はしぶしぶ制服を脱いで着替え始めた。
「なんでまだベッドに入ってないの?」
開口一番、戻って来たばかりの蒼乃が言った言葉がそれだった。
俺は蒼乃から濡れタオルを受け取って手を拭き、ついでに顔も拭う。濡れタオルはちょうどいい温かさにしてあって、とてもさっぱりする。こういう気遣いをしてくれるところは蒼乃のいい所なのかもしれない。
もっといい所見つけるから寝る役蒼乃がやってくれないかな……。
「なあ、やっぱり蒼乃が……」
「兄に寝顔を見られるとか死んでも嫌」
「さいか」
ミッションは単純で、寝ている相手を優しく起こすだけ。ただしボディプレスは可。
どっちが寝て、どっちが起こすなんて指定はない。だがこのミッションを作ったヤツは、絶対妹が兄をボディプレスで起こすのを想像しているはずだ。
あれは滅茶苦茶体重の軽い子どもがやるから笑ってすまされるのであって、体重が40キロ以上はある蒼乃が俺に向かってやったら、確実に内臓を口から吐き出す羽目になるだろう。
「蒼乃、ボディプレスだけはするなよ」
「絶対やらない。兄の上に跳び乗るとかありえないから」
蒼乃が絶対零度の視線を向けてくるが、俺は前振りで言っているのではない。絶対にして欲しくないから念押ししてるんだ。
押すなよ、押すなよ、で押していいのは芸人だけである。
「しないのならそれでいい。じゃあ……」
これほどの緊張感をもってベッドに向かうのは初めてかもしれない。
俺は固唾を呑みこんでからベッドにもぐりこんだ。
「…………」
「早く寝て」
「早々寝られるかっ。まだ太陽出てんだぞ」
というかなんで部屋の真ん中で仁王立ちしてこっち見下ろしてんだよ。視線が痛くて余計眠れんわっ。
「部屋から出といてくれない? 気になって眠れねえんだけど」
「出来れば早く終わらせたい」
「お前が外出ないと眠れない」
しばらく蒼乃と睨み合った後、折れたのは蒼乃の方であった。
蒼乃はため息をつくと、髪を耳にかけ直してから「早くして」と冷たく言い残して部屋の外へと出て行った。
まったく、ため息をつきたいのはこっちの方だっての。
と心の中で文句を言った後、目を瞑ったのだった。
何度も寝がえりを打ったり羊を数えてみたりとしばらく悶々とした時間を過ごしていたが、学校の疲れもあっていつの間にか眠りについていた。
ふと、なんとなく左腕が痺れるような感覚を覚えて目を開ける。
目だけを動かして時計を見れば、あれから一時間程度経っていた。そのまま顔を体の方に向けると……。
「あ、蒼乃……」
何故かはわからない。蒼乃が頭を俺の左腕に乗せ、こちら側を向いてすやすやと夢の世界を満喫していた。
どうやら床に座り、ベッドに体を預けるというやや不自然な体勢で眠っている様である。
蒼乃は俺を起こしに来たはずだ。なのになぜこうして寝ているのだろう。
まったく訳が分からない。
何をどうなれば、蛇蝎のごとく嫌っている俺の腕を枕にして蒼乃が眠るのだろう。
人類滅亡直前でもこんな事は起こりそうにないと思っていたのだが……。
何となく蒼乃の寝顔をじっくり眺める。
長いまつ毛、柔らかそうな頬、ちょんと顔の真ん中についた形のいい鼻、赤く小さな唇と、まるで人形の様に整った顔をしていてどれだけ眺めていてもまったく飽きない。黙っていれば相当愛らしいのにと心の底から残念に思う。
蒼乃を起こさないように注意して右腕を布団の中から引き抜くと、そーっと蒼乃の頭に乗せる。
蒼乃の頭はふわふわで柔らかく、そのまま撫で下ろすと絹糸の様にサラサラの髪が指の腹をくすぐってとても心地いい。
あまりの気持ちよさに、つい俺は何度も何度も蒼乃の頭を撫でてしまった。
「んあ……」
一瞬蒼乃が目覚めてしまったのかと思い、手を止めたのだが……。
どうやら蒼乃はそれがお気に召さなかったらしい。ん~とうなりながら俺に手に頭を擦り付けて来る。
もしかしてもっと撫でた方がいいのかと思って手を動かすと……。
「えへ……」
蒼乃はふにゃっと相好を崩した。
笑顔は昨日久しぶりに見たのだが、それはあくまでも微笑んだ程度のものだ。今の満面の笑みとはずいぶん違う。
いつもはあまり表情を動かさないか怒りに歪めている顔しか見たことがないのに、突然子どもの様に屈託のない笑顔を見せられると……俺は思わずドキッと胸を高鳴らせてしまった。
慌てて蒼乃は妹、蒼乃は妹と心の中で何度も唱えて心臓を宥めようとするのだが、効果はほとんどない。俺の瞳は俺の意思とは無関係に、蒼乃の無邪気な笑みに吸い寄せられてしまった。
「ん~~~……」
蒼乃が鼻を鳴らしてぐずる。どうやら俺が蒼乃に見蕩れて頭を撫でるのを止めてしまったのが原因らしい。
慌てて右手を動かして頭を何度も撫でると、蒼乃は満足そうに笑う。
それがあまりにも心臓に悪かったので、
「蒼乃、蒼乃……! 起きろって」
右手で頭を掴んでぐりぐりと揺さぶる。
蒼乃の頭が揺れる事で、痺れていた左腕が刺激されて痛みとも疼きとも言えない強烈な刺激が俺を襲うが、蒼乃の笑顔を見て変に心が乱されるよりはマシだ。
俺は我慢して蒼乃を揺さぶり続けた。
「んん、ううぅ……。な、何……。やめ……て……」
目を覚ました蒼乃とばっちり目が合う。
蒼乃はまず俺の顔を見て、その次に自分が何を枕にしていたかを確認して……ボッと、火でも点いたのかと思うほど顔を真っ赤にする。
「な……な……な……」
「おはよう。なんか、俺もさっき起きたんだけど……」
白々しくもそう言ってみるが……蒼乃は全く聞いちゃいなかった。
口をパクパクさせて俺の顔を穴が空くほど見つめた後に、
「バカーーーーッ!!」
なんて鼓膜が破れるかと思う位の大声で思いっきり叫んでから、全速力で逃げ出していった。
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