上 下
121 / 140

第120話 おうさま

しおりを挟む
 明らかにあがっているグラジオスのそんな行動に、兵士達からは失笑というか爆笑が沸き起こってしまう。

 オーギュスト伯爵は額に手をやって(多分頭痛を堪えているのだろう)顔をしかめると、グラジオスへため息混じりに話しかけた。

「殿下、どうか落ち着いてくださいませ……。そういう事はやる者がおりますので」

「しっ、仕方ないだろう。戴冠式など初めてなのだっ」

 きっと今までの王様たちも初めてで、かつ人生で一度しか体験しなかったと思うんだけど。

 なんて突っ込むのはさすがに可愛そうだから後で弄ってあげようと脳裏にメモしておく。

 グラジオスがこんなにパニクってくれたので、少しだけだが私は落ち着いて来た気がする。

「グラジオス落ち着いて」

 私はグラジオスの手を取ると、両手で包み込むように持って笑いかける。

「私にかっこいいグラジオスを見せて欲しいなぁ」

 なんて発破をかけてみたら、グラジオスは咳ばらいをした後面白いくらいに真面目な顔を見せてくれた。

 単純すぎだって……。

「オーギュスト卿」

「はっ」

 名前を呼ばれたオーギュスト伯爵は、一歩後ろに下がる。

 それを合図に辺りは一斉に静まり返った。

 やがて一人の兵士が大きな宝石が飾られた金冠を、紫色の布の上に置いて持ってくると……。

「へ?」

 何故か私の所にまで来て、跪きながらうやうやしく差し出して来た。

 私にどうしろっていうのだろう?

 戴冠式のBGMに歌えって事じゃないの?

 私がそうやって大量の疑問符を浮かべていると、グラジオスが答えを教えてくれる。

「俺は雲母の手でここまで連れてきてもらったからな。雲母の手で王になりたい」

「うぇぇぇっ!? で、でも普通こういうのって聖職者が神様に誓って云々言いながらやるんじゃないの?」

 あ、オーギュスト伯爵が思いっきり頷いてる。やっぱそうだったんだ。

 なんでもかんでも私私って……グラジオス私を頼りすぎっ。

「俺は雲母の歌に誓う。ここに居る連中なら、その方が俺らしいと分かってくれるはずだ」

 うぅ、確かにグラジオスならそうかもしれないけどさぁ。

 こんな重大な事を私に頼まないでよぉ。しかも相談もなく勝手に決めちゃうとか……。やだもぉ~。

「適当な言葉と共に、ここに冠を乗せてくれ」

 そう言うとグラジオスは私の前で跪き、首を垂れて私に頭頂部を見せつけて来る。

 このっ、でかいって自慢か! ……なわけないよねぇ。

 助けを求めるためにちょっとエマたちの方を向いてみたら……いつの間にか遠くに行っていた。

 ドラムまで引きずっていくとかどんだけなの……。このはくじょーものー。

「な、なんか立派な言葉とか言えないけどいいの?」

「雲母の言葉ならどんな言葉でも最高の言葉だ」

 うぅ……またそんな事言ってぇ。じゃ、じゃあネコとタチとか言っちゃうぞってそんなの私の方がむりぃ!

 そんな雰囲気じゃないしぃ!

 チラッと周りを見てみると、期待に満ちた眼差しがそこかしこから向けられていて、私の歌限定で毛が生えてる心臓でもさすがに縮み上がってしまう。

 これはもう覚悟を決めるしかなかった。

 も、も~。ホント大した事思いつかないからね? 笑わないでね!?

 そう心の中で言い訳した後、大きく深呼吸をしてからグラジオスの頭に右手を置いた。

「グラジオス・アルザルド。汝は自らの為に王になると誓いますか?」

「誓います」

 どんな言葉でも最高と言った事に偽りはなかった。

 グラジオスは私の言葉に真摯に答えていく。

「民の為に、国のために王となる事を誓いますか?」

「誓います」

「あなたは民の為に生き、民の為に死ぬ。民の為に歌い、国の為に奏でる。その事を誓いますか?」

「誓います」

 宣誓は厳かな雰囲気で続いていく。

 私達の遣り取りはきっとこの世界にとっては異端もいいところだろう。

 それでも誰一人として笑うものはなく、誰一人として嘆くことも無かった。

 誓約は血潮のごとく私達の間で脈打ち、誓いは運命となって路を切り開いていく。

「これからあなたの体はあなたの物ではなく。この国に関わる全ての人の物となるでしょう。さすれば、この国の全てはあなたの為に在るでしょう」

 私は言葉を一旦区切ると、兵士から金冠を受け取って天に掲げてみせる。

 それは太陽の光を反射して美しく光り輝いた。まるで天から祝福されているかのごとく。

「それを忘れなければ、あなたはあなたが終わる時までこの国の王です」

 言い終えると私はグラジオスの頭にそっと冠を乗せた。

 ……終わったよ? なんで立たないの?

 ……なにその目、なんか期待してんの?

 ……えっと、誓いが足りないって言いたいのね。ってなんで私目線だけで言いたい事察しちゃったの、も~。

 分かったよぉ……。

「さ、最後に。あなたは私の為に王になってくれますか?」

「もちろんだっ!」

 渋々言わされた誓約の文句に、今までで一番大きい声でグラジオスはそう答えると、がばっと立ち上がって私を優勝トロフィーみたいに抱き上げてしまった。

 それと共に拍手がそこかしこから沸き上がり、口々にグラジオスを称える言葉が上がる。この場に居る全ての人々は喜びに満ちていた。

 とんでもない戴冠式だったけれど、こういうのも私達らしくていいかもしれない。

 ……あ、違う。私達らしいには、足りてない。

 どうしようか相談もできなかったし。でもいいや。私の心に聞けばきっと応えてくれるはずだから。

 歌はいつも私の中にある。

――ヘミソフィア――

 自然と私の口から流れだした歌は、自分が誰なのかを問いかける、自分探しのための歌だった。

 力のない『僕』が、必死になって荒波を渡り、生きて様々な人生を積み上げていく。その結果、自らを探して得た答えは……分からない。いや、答えを求め続けていくのだという答えを得たのかもしれない。

 タイトルの語源はヘミ・スフィアで半・球を意味する。

 一人では決して球になる事は出来ないのだ。

 一人ではそういう答えしか得られなかったのかもしれないけれど……。

 ねえグラジオス。この歌に歌われている人は、あなたであって私でもあるのかな。

 私は一人では球に、完全なスフィアになることは出来ないけれど、あなたと一緒ならスフィアになれるから。

 私はあなたの為に生きるよ、グラジオス。

 それが私の中に在る答えだから。

 ――大好きだよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

処理中です...