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第99話 永遠の愛なんかじゃ全然足りない

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「エマー!」

 私は知り合いのメイドさんにエマの居場所を教えてもらい、探しに来ていた。

 どうやら空き部屋の掃除をしているらしいのだけど……。

「はい、どうかしましたか……って雲母さん?」

 私がだいぶ自然に話せている事に驚いている様だが、私はそんな事お構いなしにエマの持っているはたきを取り上げ、手を引っ掴んでどしどしと歩き出す。

 エマは何ですか何ですか~と目を回しており、何が何だか分からないといった感じだ。

「手伝って!」

「は、はい?」

「歌うの」

 その言葉を聞いてようやく飲み込めたのだろう。

 まあ、何も説明してはいないんだけど、歌うの一言で全てを理解してくれるエマ大好き。

「ふふっ、久しぶりですね」

「ボイトレしてた?」

「それはもう毎日」

 聞くまでもなかったかぁ。

 そうだよね、舞台の妖精さんだもんね。

 ダンス、歌に加えて容姿まで人間離れしてるからってつけられた呼び名。

 かくいう私は歌姫……。

 いいもん。歌が突出してるってことだもん。

 でも、エマは今までと変わらず私と歌ってくれるんだ。

 私はエマの好きだった人を取ってしまったのに。

 ……ごめんね。

 謝らないって決めてたのに謝っちゃった。

 ああもう、私って本当にダメだなぁ。

「いつもの雲母さんですね、嬉しい」

「…………迷惑かけちゃったよね。ごめんね」

「そう思うなら、全力で歌ってください」

 あ~あ。私が男だったらなぁ。今頃全力でエマを口説いてたのに。

 何この良い娘。

「ありがと」

「はい」

 心の底から嬉しそうに笑う親友と一緒に、私は戦いの舞台へと急いだ。









 ピアノを荷台に乗せて町の中を突っ切っただけあって、大勢の人が広場に集まっている。

 しかもその傍には私とエマ。

 何が始まるのかは一目瞭然だ。

 久しぶりの公演ともあって人々の期待は高まりつつあった。

 でも私はあえて……歌わない選択をした。

 荷台に置かれたままのピアノの前に座り、歌の無い曲を奏で始める。

――Believe me――

 私を信じて、というタイトルを付けられたアニメとその原作ゲームにBGMとして使われたピアノ曲だ。

 その物悲しい旋律は、聞くだけで胸が締め付けられる様な気にさせる。

 集まりつつあった人々の心にその切なげな音が染み入り、人々の熱を急速に奪っていく。

 そうやって私は、私の言葉を聞いてもらうための空間を創り上げた。

「今日私は、みんなに聞いてほしい事と謝らなければならない事があったのでこんな事をしました」

 そして私は語り始めた。

 戦争が始まる事を。

 その原因の一端は、ルドルフさまが私を欲している事。

 カシミールがその先兵となってこの国を盗りに来る事。

 人々はじっとその話を聞いていた。

 私の事を攻めもしなければ擁護もしない。

 ただ聞いているだけ。私は彼らの無言が怖かった。

 でも、私は構わず語り続けた。

「私が帝国に行けば、多分この戦争は起こりません。でも私は行きたくない」

 私のこの気持ちはとんだ我が儘だ。私とグラジオスの気持ちは、本来あってはならないのだ。

 でもグラジオスは私を愛してくれて、私はそんな気持ちを受け入れた。

 王が私情を優先して国民に犠牲を強いるなど、暗愚でしかないというのに。

 それでも私は言うんだ。

「だって私はグラジオスを愛してしまったから。好き――好き。どうしようもないくらい大好きなの。他の人の所に行くなんて絶対嫌。私はグラジオスがいいの。グラジオスじゃなきゃ絶対ダメなの」

 もう子どもの我が儘と変わらない。

 私は自分の気持ちを伝えたいあまり感情が高ぶってどうしようもなくなっていた。

「お願い。私達を一緒に居させて……」

 だがそれは私が今までもっとも恐れていた行為。

 自らのために他人を踏みつけにする行為だ。

 私が言っている事の意味、それは、私とグラジオスの為に死んでくれ、という意味を持つ。

 なんて傲慢で、自分勝手な願い。

 愛しているなんて虚飾にまみれた言葉で包んでみても、その汚らわしさは隠せない。

 それでも私は望んだ。

 私のために。

 穢れた祈りを押し通した。

「それだけです……」

 私の話が終わり、周囲には痛いほどの沈黙が訪れる。

 誰も、何も言葉を発しなかった。

 私は待った。みんなから判定が下るのを。

 そして……。

「また戦争か……いい加減にしてくれ」

「任せろ、姫さん!」

「頑張って、歌姫様!」

 肯定が、否定がどちらともつかぬ声が。様々なざわめきがどこかしこで生まれる。

 色んな人が居るのだから色んな意見が出て当たり前だ。

 性急すぎたかと私は少し反省する。

 でもいつかは耳に届くのだから、高圧的な兵士の一方的な宣言よりかはよほど角が立たないはずだ。

 私は彼らの声にじっと耳を澄ませていた。

 ただひとつ嬉しかったことは、私とグラジオスの関係を否定する人が居なかったこと。

 少なくとも私に早く帝国へ行けと促すような言葉は聞こえなかった。

 本当にそれだけは良かったと思う。例え戦争することを受け入れてもらえなかったとしても、その関係だけは否定されたくなかったから。

「エマ、お願い」

「分かりました」

 私は歌う。私の気持ちを歌って伝える。

――創聖のアクエリオン――

 凄くストレートなフレーズで愛を語るこの歌で。

 バックミュージックにピアノを弾いて歌う。

 私はこんなにグラジオスの事が好きなんだよってみんなに知ってもらうために、ただまっすぐ気持ちを込めて歌い上げる。

 ここにたどり着くまで、私は色んな回り道をした。

 怖がって逃げ出したりもしたし、誰かに押し付けようとしたり、見ないふりもした。

 でも結局私は私を騙せなかったし、嘘をつき続ける事もできなかったのだ。

 だって愛してるから。

 そんな簡単な事すら私は分かっていなかったのだけれど。

 歌が終わってみんなの反応を見る。

 私の想いは分かってもらえただろうか。

 ――違う。

 分かってもらえたとかそんなんじゃない。全然足りてない。

 心配しなきゃいけない様なら私の中で伝えきれてない事が自分で分かっているんだ。

 さあ歌おう。もっともっと愛を歌おう。

 私の愛は絶対に尽きないから。
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