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出会い
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高校に入って初めて使うようになったバス停。うちから少し離れているが、この路線が1番効率よく通学できる。
そのバス停で降りて、家とは反対側の路地の奥に、一軒の喫茶店を見つけたのは、入学して半年以上経っていた。
テスト前でいつもより早く帰ってきていた。バスを降りると、1匹の黒猫が角を曲がっていくのが見えた。
触りたい気持ちに逆らえず、僕も続いてその角を曲がる。少し先にいる黒猫についていくと、その路地の奥にカフェというより喫茶店と言った方が相応しいお店があった。
アンティークみたいな木製の窓枠。窓には名前の知らない花が咲いている。入口のドアの傍に細い幹の木が植えてあり、カーブを描いてアーチのようになっている。
外から伺っていると、ドアが内側から開いた。白いシャツに黒い長いエプロンをまいた男性が立っていた。整った顔で背が高い。
「おかえり。見回りは終わった?」
びっくりした僕から少し目線を下げ、彼の口から出た言葉の意味が分からず、きょとんとしてると、足元からニャーと鳴き声。
「あっ。」
「お客さんかな?」
僕に向けて柔らかな笑顔で軽く首を傾ける。
「どうぞ、よかったらお茶していきませんか?」
結構ですと、断れないのは僕が典型的な日本人だからだろうか。お小遣いもらったばっかりだし、お金は持ってる。僕は促されるまま、その人の後についてお店に入った。
4人がけのカウンター。4人がけのテーブルがひとつ。2人がけのテーブルがふたつ。窓際に1人がけのソファー席がひとつ。テーブルも椅子も深い茶色の木製。ひとつひとつのテーブルが離れていて、とても贅沢な空間だ。
友達とたまにいくファストフードのお店とは全然違う。小さな音で音楽が流れている。よく分からないけど、ジャズってやつかな。
カウンターにおじいさんのお客さんが1人。さっきの猫はいつの間にか道路に面した出窓で、クッションに鎮座していた。
「お好きな席にどうぞ。」
きょろきょろしてると、声をかけられる。こんなお店にひとりで入るのは初めてで、緊張してしまう。
「紅茶とコーヒーどっちが好き?」
1番奥の2人席に座ると、おしぼりと小さなグラスにお水を持ってきてくれた。
「すみません、コーヒー苦手で。」
なら喫茶店入るなよと思わなくとないけど、笑顔で彼はカウンターの向こうに戻っていった。
あれって注文だったのかな。メニューがコーヒーと紅茶の2種類しかないとか?
手持ち無沙汰なのと落ちつかない気持ちから、鞄から参考書を出して試験勉強を始めた。
「どうぞ。」
しばらくして、ことりと静かにカップが置かれた。ふわりといい香り。白地に青の柄のきれいなカップには、ミルクティー。
先にいたお客さんが男の人に声を掛けて立ち上がり、レジの前に進む。少しおしゃべりして、僕の方に軽く会釈して帰っていった。
お店には僕1人。
カップを持ち上げると、ふわりといい香り。そっと口を付けると、優しい甘さで、ほっとする味がした。ミルクティーてこんなに美味しい飲み物だったんだ。ペットボトルのやつとはかなり違う。
初めての経験に、なくなってしまうのが惜しくてちょっとずつ飲んだ。
「お口に合ったかな?」
ミルクティーに夢中になっていたので、気付かなかったけど、カウンターの向こうから彼に見られていた。
「はい。とても美味しいです。」
笑顔で御礼を言われた。かっこいい人の笑顔に、ドキドキしてしまう。慣れないからか、僕の心臓がちょっと変だ。
「猫、触っても大丈夫ですか?」
窓際で気持ちよさそうに日向ぼっこしている黒猫が気になって、思い切って聞いてみた。
「どうかな?クロに触っていいか、聞いてみて。」
黒猫のクロ。安易な名前にクスリと笑って、席を立って驚かさないように出窓に近づいた。夕陽を浴びて、毛が艶々と光る。
「クロ、触ってもいい?」
クロに聞いてみると、返事はないけど手を伸ばしても動かなかった。これは良いってことだろうと、そっと触ってみる。ふわふわつるつるの手触り。顔がにやける。
動物は大好きだけど、お母さんがアレルギーらしくて飼うことが出来ない。久しぶりに触れる感触を、しばらく堪能させてもらった。クロは気持ちよさそうに伸びていた。
「ありがとう、クロ。」
充電できたし、試験勉強頑張れそう。
僕はテーブルに戻り、鞄を持って立ち上がった。レジに向かう。
「ありがとうございました。おいくらですか?」
「初めての可愛いお客さんには、招き猫からのプレゼント。お代はいらないよ。ご馳走させて。」
「そんな訳には。」
カウンターから出て来た彼にそう言われ、財布を握り締める。
「気に入ってくれたら、また来て。ね、クロ。」
話しかけられて、まるで言葉が分かってるようにクロが、ニャと小さく鳴いた。思わず笑ってしまうと、ねって彼も笑う。
「じゃあ、また来ます。ありがとうございます。」
「ぜひ。勉強頑張ってね。」
「はい。」
御礼を言って、外に出ると夕陽も沈みかけ薄暗くなりかけていた。出窓に猫のシルエットがほんのり見える。ありがとね、と心の中でクロに言っ歩き出す。
試験勉強、頑張ろう。そして、試験の結果が良かったら、ご褒美にまた来よう。そう思うと、憂うつな気持ちがなくなり、やる気も出て来た。
ミルクティーか、クロか、それとも彼のことか。僕の気持ちを1番捉えたものはどれか。それに気付かないまま、鞄を持ち直して家に急ぐ。
僕と彼らとの出会いの話。
そのバス停で降りて、家とは反対側の路地の奥に、一軒の喫茶店を見つけたのは、入学して半年以上経っていた。
テスト前でいつもより早く帰ってきていた。バスを降りると、1匹の黒猫が角を曲がっていくのが見えた。
触りたい気持ちに逆らえず、僕も続いてその角を曲がる。少し先にいる黒猫についていくと、その路地の奥にカフェというより喫茶店と言った方が相応しいお店があった。
アンティークみたいな木製の窓枠。窓には名前の知らない花が咲いている。入口のドアの傍に細い幹の木が植えてあり、カーブを描いてアーチのようになっている。
外から伺っていると、ドアが内側から開いた。白いシャツに黒い長いエプロンをまいた男性が立っていた。整った顔で背が高い。
「おかえり。見回りは終わった?」
びっくりした僕から少し目線を下げ、彼の口から出た言葉の意味が分からず、きょとんとしてると、足元からニャーと鳴き声。
「あっ。」
「お客さんかな?」
僕に向けて柔らかな笑顔で軽く首を傾ける。
「どうぞ、よかったらお茶していきませんか?」
結構ですと、断れないのは僕が典型的な日本人だからだろうか。お小遣いもらったばっかりだし、お金は持ってる。僕は促されるまま、その人の後についてお店に入った。
4人がけのカウンター。4人がけのテーブルがひとつ。2人がけのテーブルがふたつ。窓際に1人がけのソファー席がひとつ。テーブルも椅子も深い茶色の木製。ひとつひとつのテーブルが離れていて、とても贅沢な空間だ。
友達とたまにいくファストフードのお店とは全然違う。小さな音で音楽が流れている。よく分からないけど、ジャズってやつかな。
カウンターにおじいさんのお客さんが1人。さっきの猫はいつの間にか道路に面した出窓で、クッションに鎮座していた。
「お好きな席にどうぞ。」
きょろきょろしてると、声をかけられる。こんなお店にひとりで入るのは初めてで、緊張してしまう。
「紅茶とコーヒーどっちが好き?」
1番奥の2人席に座ると、おしぼりと小さなグラスにお水を持ってきてくれた。
「すみません、コーヒー苦手で。」
なら喫茶店入るなよと思わなくとないけど、笑顔で彼はカウンターの向こうに戻っていった。
あれって注文だったのかな。メニューがコーヒーと紅茶の2種類しかないとか?
手持ち無沙汰なのと落ちつかない気持ちから、鞄から参考書を出して試験勉強を始めた。
「どうぞ。」
しばらくして、ことりと静かにカップが置かれた。ふわりといい香り。白地に青の柄のきれいなカップには、ミルクティー。
先にいたお客さんが男の人に声を掛けて立ち上がり、レジの前に進む。少しおしゃべりして、僕の方に軽く会釈して帰っていった。
お店には僕1人。
カップを持ち上げると、ふわりといい香り。そっと口を付けると、優しい甘さで、ほっとする味がした。ミルクティーてこんなに美味しい飲み物だったんだ。ペットボトルのやつとはかなり違う。
初めての経験に、なくなってしまうのが惜しくてちょっとずつ飲んだ。
「お口に合ったかな?」
ミルクティーに夢中になっていたので、気付かなかったけど、カウンターの向こうから彼に見られていた。
「はい。とても美味しいです。」
笑顔で御礼を言われた。かっこいい人の笑顔に、ドキドキしてしまう。慣れないからか、僕の心臓がちょっと変だ。
「猫、触っても大丈夫ですか?」
窓際で気持ちよさそうに日向ぼっこしている黒猫が気になって、思い切って聞いてみた。
「どうかな?クロに触っていいか、聞いてみて。」
黒猫のクロ。安易な名前にクスリと笑って、席を立って驚かさないように出窓に近づいた。夕陽を浴びて、毛が艶々と光る。
「クロ、触ってもいい?」
クロに聞いてみると、返事はないけど手を伸ばしても動かなかった。これは良いってことだろうと、そっと触ってみる。ふわふわつるつるの手触り。顔がにやける。
動物は大好きだけど、お母さんがアレルギーらしくて飼うことが出来ない。久しぶりに触れる感触を、しばらく堪能させてもらった。クロは気持ちよさそうに伸びていた。
「ありがとう、クロ。」
充電できたし、試験勉強頑張れそう。
僕はテーブルに戻り、鞄を持って立ち上がった。レジに向かう。
「ありがとうございました。おいくらですか?」
「初めての可愛いお客さんには、招き猫からのプレゼント。お代はいらないよ。ご馳走させて。」
「そんな訳には。」
カウンターから出て来た彼にそう言われ、財布を握り締める。
「気に入ってくれたら、また来て。ね、クロ。」
話しかけられて、まるで言葉が分かってるようにクロが、ニャと小さく鳴いた。思わず笑ってしまうと、ねって彼も笑う。
「じゃあ、また来ます。ありがとうございます。」
「ぜひ。勉強頑張ってね。」
「はい。」
御礼を言って、外に出ると夕陽も沈みかけ薄暗くなりかけていた。出窓に猫のシルエットがほんのり見える。ありがとね、と心の中でクロに言っ歩き出す。
試験勉強、頑張ろう。そして、試験の結果が良かったら、ご褒美にまた来よう。そう思うと、憂うつな気持ちがなくなり、やる気も出て来た。
ミルクティーか、クロか、それとも彼のことか。僕の気持ちを1番捉えたものはどれか。それに気付かないまま、鞄を持ち直して家に急ぐ。
僕と彼らとの出会いの話。
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