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東京2
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山口先生と出会ったはじめの頃に、私がなんとはなしに先生を褒めた時のことが思い出される。
「先生はとてもお綺麗ですね」
なぜそんなことを言ったかというと山口先生はわたしが見た中で最も美しい人だったからで、本当に他意はなかった。でも、山口先生は、眉根を寄せて、訝しげに、私をじっと見つめた。
「何故、そんなことをあなたが言うの。私達にとって美しさなんて邪魔でしかないのに。」
先生のその言葉を聞いて私は彼女に心を開いた。私達は同類なのだとわかった。今まで一度も見つけたことのない同類だった。
私はそれから少しずつ彼女に自分のことを話していったが母のことは話せなかった。それだけは言えなかった。言えば泣き出しそうだから。とはいえ私は今まで抱え込んでいた気持ちを打ち明ける時何度も喉をつまらせ声を震わせていた。先生はただ冷静に私が話し終えるのを待ち、けして動揺はみせなかった。
「要するにあなたはこの野崎家を逃げ出したいということなのね」
先生はそう言った。そうだ。私の苦しみはそれなのだ。そしてそれは嫁に行きたいということではなく、この家から嫁にいき別の男に組み伏せられるのではまるで意味がないのだから、それではなく、ただ家をでて、何者でもないものになりたかった。勿論、夢物語でしかなかった。私がこの家を出て一人で生きることなどあの父が許すわけがないのだから。ところが先生は違った。
「無理ではないわ。勿論協力者が必要だけど。」
先生は、野崎綾が失踪することは簡単ではないだろうと言った。どこまででも追跡がかかるし見つかるまで、死体があがるまで、父上や警察も探し続けるだろうと。ただ逃げるだけでは見つからないと限らないので危険度が高い。でも、似たような背丈の似たような子と入れ替わるのなら、そしてその名も無い娘の失踪なら、誰が気に留めるだろうか。先生は言った。「たとえ私が失踪したとしても誰も気に留めない。近しい身内は既にいないのできっと誰も探さないだろう。とはいえ私は年齢的にも外見的にもあなたの身代わりにはなれないのだから似たような年頃の協力者を探し、身代わりになってこの家で暮らし、時期が来たら嫁にいってもらわなければならない。そんな事に協力してくれる娘を探すことが一番の難題だろう」と。私がこの家から逃れるためには、誰か身代わりを作るしかないのだ。私達はこの計画に夢中になった。私は先生に言った。この計画がなければ私はきっと死んでいただろう。生きる甲斐なんて今まで一度も感じたことはない。明日を待ちわびたこともない。明日なんて来なくていいと思って眠る日々だったのに。母のように、ということは先生には言わなかった。母は散々父にいたぶられ、自ら死を選んだのだ。母の一連のことについてはうっすら記憶がある。何も出来ずにただ見ていた消せない記憶。私にとって、父や兄がこの屋敷から東京の屋敷に住まいを移したことで状況は随分ましになっていた。父は母が死んだあとはほぼここに寄り付かなかった。父そっくりの兄は父の真似をした。誰も止めるものはいなかった。ずっと生きるということの意味がわからなかった。嫁にいっても父が、兄が、夫に変わるだけではないか。今でも父や兄の声を聞くと震えがとまらなくなる。その対象がただ増えるだけのこと。
「先生はとてもお綺麗ですね」
なぜそんなことを言ったかというと山口先生はわたしが見た中で最も美しい人だったからで、本当に他意はなかった。でも、山口先生は、眉根を寄せて、訝しげに、私をじっと見つめた。
「何故、そんなことをあなたが言うの。私達にとって美しさなんて邪魔でしかないのに。」
先生のその言葉を聞いて私は彼女に心を開いた。私達は同類なのだとわかった。今まで一度も見つけたことのない同類だった。
私はそれから少しずつ彼女に自分のことを話していったが母のことは話せなかった。それだけは言えなかった。言えば泣き出しそうだから。とはいえ私は今まで抱え込んでいた気持ちを打ち明ける時何度も喉をつまらせ声を震わせていた。先生はただ冷静に私が話し終えるのを待ち、けして動揺はみせなかった。
「要するにあなたはこの野崎家を逃げ出したいということなのね」
先生はそう言った。そうだ。私の苦しみはそれなのだ。そしてそれは嫁に行きたいということではなく、この家から嫁にいき別の男に組み伏せられるのではまるで意味がないのだから、それではなく、ただ家をでて、何者でもないものになりたかった。勿論、夢物語でしかなかった。私がこの家を出て一人で生きることなどあの父が許すわけがないのだから。ところが先生は違った。
「無理ではないわ。勿論協力者が必要だけど。」
先生は、野崎綾が失踪することは簡単ではないだろうと言った。どこまででも追跡がかかるし見つかるまで、死体があがるまで、父上や警察も探し続けるだろうと。ただ逃げるだけでは見つからないと限らないので危険度が高い。でも、似たような背丈の似たような子と入れ替わるのなら、そしてその名も無い娘の失踪なら、誰が気に留めるだろうか。先生は言った。「たとえ私が失踪したとしても誰も気に留めない。近しい身内は既にいないのできっと誰も探さないだろう。とはいえ私は年齢的にも外見的にもあなたの身代わりにはなれないのだから似たような年頃の協力者を探し、身代わりになってこの家で暮らし、時期が来たら嫁にいってもらわなければならない。そんな事に協力してくれる娘を探すことが一番の難題だろう」と。私がこの家から逃れるためには、誰か身代わりを作るしかないのだ。私達はこの計画に夢中になった。私は先生に言った。この計画がなければ私はきっと死んでいただろう。生きる甲斐なんて今まで一度も感じたことはない。明日を待ちわびたこともない。明日なんて来なくていいと思って眠る日々だったのに。母のように、ということは先生には言わなかった。母は散々父にいたぶられ、自ら死を選んだのだ。母の一連のことについてはうっすら記憶がある。何も出来ずにただ見ていた消せない記憶。私にとって、父や兄がこの屋敷から東京の屋敷に住まいを移したことで状況は随分ましになっていた。父は母が死んだあとはほぼここに寄り付かなかった。父そっくりの兄は父の真似をした。誰も止めるものはいなかった。ずっと生きるということの意味がわからなかった。嫁にいっても父が、兄が、夫に変わるだけではないか。今でも父や兄の声を聞くと震えがとまらなくなる。その対象がただ増えるだけのこと。
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