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闇の精霊と絆を深める

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 普段、魔術の訓練にと利用している、館の裏にある山の奥。
 そこに幾重もの、俺にしかみえない"魔力での刃"がよぎり、倒木を木っ端微塵に粉砕している。

 その見えない刃の正体こそ、闇の精霊ハーディアスが所持している大鎌の軌跡。
これを魔術師界隈では"冥府神之大鎌《ハーディアスサイズ》"という。

「こんなものか……」

 あらかた倒木を片付け終えた俺は森を抜け、休息を取るために、芝生の上へ腰を下ろす。

『……』

 そんな俺の周いを、黒いローブに大鎌といった不気味な出立ちの闇の精霊ハーディアスが、ゆらゆらと浮かんでいる。
 
 今日のハーディアスはやけに現出している時間が長い気がする。

 そしてこうやって、顕現した精霊を近くで見ていると、いつも不思議に思うことがあった。

「ハーディアス、よろしければ一つ伺っても?」

『ナンダァ?』

 俺の問いへ、やけにフランクな返しをしてくるハーディアスだった。

「いつも疑問なのですが、あなたがこうして俺の側に顕現しているとき、他の魔術師の状況はどうなっているのでしょうか?」

『ンー……?」

「いえ、その……俺のようにあなたを顕現させられる魔術師は、存在すると思うのです。たとえば……こうやって俺があなたの姿を見ている時、そうした状況が発生したら、あなたはどうなってしまうものなのかと」

『ワレハ、ハーディアス。ワレハ、全デアル。イマ、ココにアル、ワレハ大いナル全の一部……』

「つまり、あなたは複数存在すると?」

『ワレハ、全ナル存在……個トイウ概念ハ無シ』

 そうハーディアスは囁きつつ、俺の背中に寄り添ってくる。
この間もそうだったが、ここ最近の俺は、この精霊の質量さえも感じるようになりつつある。

『ソンナニ、ワレノコトがシリタイカァ……? ソノ覚悟ガお前にはあるカァ……!?』

 ハーディアスは好奇心を煽るかのようなセリフを囁いてくる。

 ここでこの誘いに乗るべきか、否や……本来ならば、たとえ力を貸してくれているとはいえ、超常的な存在である精霊の誘いに乗るのは、どんな危険が潜んでいるかわかったものではない。

しかし……

『ドウスルカァ? トーガ・ヒューズ……』

 どことなく、"このハーディアス"から、異様な雰囲気を感じ取る。
それは悪意に満ちたものではなく、しかしどこか寂しげな。
まるで俺を望んでいるかのような……。

「な、ならば……可能ならば、お願いします……」

気づけば俺は、そう回答してしまっていた。

すると、ローブの奥で、ハーディアスの口元がにぃと開いた気がした。

『ナラバ、少し旅二デルトシヨウ……ワレガ、ワレニナル前ノ、コノ器ノ残滓ノ中へ……』

「ーーーーっ!?」

 周囲の風景が、あっという間に消え去った。
そしていつの間にか、深い闇の中にいて、そこを真っ逆様に、延々に落ち続けている。

だが、不思議と恐怖はなく、むしろそこの空気から悲しみに近い雰囲気を感じ取る。

 そして落ちてゆく中、闇の中に不思議な像が結ばれてゆく。

 それは何かのお祭りのような、儀式のような光景で、今ではなく、遥昔の、もしかすると理の全く異なる世界の様子なのかもしれない。

 だが、全く未知の光景であっても、祈りを捧げる人、無数の供物、そして鳥籠のようなものに封じられた震える小さな影を見て、この祭祀が何を意図としているのか自然と理解できた。

『あ……あああああ!!!いやああぁぁぁぁぁーーーーー!!出して、出してぇぇぇぇぇ!!! ここから出してぇぇぇーーーー! ああああああーーーー!!」

 鳥籠の中から助けを求める悲痛な叫びが沸いた。

 それでも人々はひたすら祈りを捧げるのみだった。

 そして闇の迫る音は人々の祈りと、少女の断末魔さえをもかき消した。

 無数の手のようなものが伸び、籠に閉じ込められているあどけなさの残る少女に絡みつき……そんな凄惨な光景を、いよいよ直視できなくなった俺は、その像から視線を逸らしてしまう。

『イマハ、ココまでナンだなぁ……』

 不意に、先ほどの悲鳴によく似た声が頭の中へ流れ込む。

 気づけば、今度は俺は闇の中で、生まれたままの姿で仰向けに転がされている。

 そして俺には、凍てつく氷のように冷たく、しかしどこか暖かさのある感覚が、またがっていた。

 その姿はどこはパルやピルに似ているような気がしてならなず、そしてとても小さく、儚かった。

『トーガ・ヒューズ……オマエは、我の一部に触れた……我を開いてしまった……はぁ……はぁ……』

 そいつは艶かしい吐息を吐きつつ、闇の中へ、どこか憂いに満ちた視線を漂わせている。

 そのあまりに悲しげで、儚く、そして切なさを呼び起こす視線に、胸が張り裂けそうな気持ちが湧いてくる。

「あなたはもしや、あの祭祀の中に出てきた……?」

『我らハーディアスは全なるもの。そして今のは、この器の扉の一つに他ならない』

 語り口はいつものハーディアスそのもの。

 しかし、やはりどこか、恐れや寂しさが含まれているような気がしてならない。

 だからこそ、俺は闇に手を伸ばし、微かな光を放つその手を取る。

「あなたがもしも望んでいるというのなら、俺はかまいません。どうぞ、お気に召すまま、存分に……受け入れる準備は整っています」

『クフフ……感謝するぞ、愛しきものよ……では、始めるとしよう……我との深い、深い交わりを……!』

 闇は深く俺へ体を落とし、貪りを始める。
俺も俺とて、その妖しく、そして心地よい快感に飲まれ、溺れてゆく…………


「ーーーーっ!?」


 やがて意識が覚醒した。
茜色に染まる空。すでに明かりが灯り始めた、見知った館。
ここが、今あるべき、俺の世界であるとすぐさま認識する。

『ありがとう、トーガ・ヒューズ……』

と、寄り添うように囁いてきたのは、"俺の"ハーディアスだった。
そしてハーディアスは、俺の腰元を撫でるように手をゆらつかせる。

なにかと思ってそこへ視線を落としてみれば、異様だが強い魔力を感じる短剣が装備されていることに気がついた。

「これは……?」

『証……オマエが、より深く我を受け入れたことの……我らの絆を表すもの……』

 かつて俺を若返らせたアゾットという短剣。
それが黒色に染まり、そしてハーディアスと同質の強大な魔力の波動を放っている。
 まさに"魔剣"というべき、存在であった。

『また頼むぞぉ、愛しきものよ……』

 若干クリアになった声音で、そう囁いたハーディアスはスッと姿を消し、そして今日はこれ以降姿を表さなくなった。

 まさか、精霊とも交わってしまうとは、自分でも予想外だった……。

 しかし、こうなったのも、なにか一時大事が起こる前触れなのではないかと思い、俺は気を引き締め直すのだった。
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