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【最終章:ベルナデットの記憶】
破邪の矢
しおりを挟む「先輩、ロナさん! 来ます! 準備してください!」
転移魔法を感知したビギナの叫びが、ヴァンガード島から遥か南方にある"絶海の孤島"の浜辺に響き渡る。
その時が来た。クルスはロナと視線を交わし、覚悟を決める。
やがて白い砂浜の上に、荘厳な輝きを放ちながら、青い魔法陣が浮かび上がる。
「邪魔じゃぁぁぁ!!」
魔法陣の輝きからタウバの激昂が響いた。
先んじて、ボロボロのセシリーが飛び出してきた。ついで、ゼラやベラ、フェアも吹き飛ばされ、砂浜へ叩きつけられる。
誰もが満身創痍で起き上がれる状態ではないのは、明らかだった。
できることなら、すぐさま駆け寄って、「ここまでよくやった」とそれぞれへ労いの言葉かけたかった。
しかし、今すべきことは、そうすることでなし。
「どこじゃ、ここは!?」
「フラン、わかるか!?」
「検索中……!」
現れたタウバ一行は辺りを見渡して、慌てた様子を見せた。
好都合なことに、トリアとフランまで一緒にいる。
セシリー達は予想以上のいい仕事してくれたらしい。
「ようこそ、タウバ! トリアにフランも! 貴方がたには今度こそ、ここで完全に消滅していただきます!」
ロナは車椅子の上でそう叫び、赤い輝きを発した。それは炎のように揺らめき植物である彼女の体を燃やし始める。
そんなロナを守るようにクルスは背中から抱きしめる。
氷結状態異常が継続している彼の冷気は、ロナを巻く紅蓮の炎を辛うじて食い止める。
そして高速詠唱を終えたロナは炎に巻かれた腕を天高く掲げた。
「行きます! ギガファイヤボルト!!」
真っ赤で巨大な炎の矢が、砂塵を巻き上げながら発射された。
そして――
「東の魔女タウバ! 覚悟ッ!」
波打ち際に陣取ったビギナは身体から青白い魔力の輝きを発しながら、錫杖を天高く突きつけた。
すると、背後の海がざわつき、まるで意志があるかのように立ち昇る。
母なる海はビギナの全力の魔力に応じてうねり、そして"巨大な水の槍"となった。
「ギガアクアショットランスっ!」
水と火、ビギナとロナの力が、タウバ一行の頭上でぶつかり、爆ぜた。
「こ、これは!?」
驚愕するタウバの上で、反属性の力は、一瞬互いの存在を否定して姿を消す。しかし力が消滅したわけでは無かった。衝突した力は暗黒点という新たな力となって顕現する。
反属性のぶつかり合いによって生ずる四元素由来では無い魔法の力――これを聖王国では【闇属性魔法】と呼ぶ。
「時に混沌を、時に安らぎを与えし漆黒の闇よ。我が力を贄とし、鍵たる言葉を持って力を与えたもう! 望むは破壊の力、輝きさえも飲み込む混沌の渦。創生の第一歩! 創造を生む原初の力!」
ロナの祝詞を受け、闇の渦が形を整えて、綺麗な渦を巻き始めた。
渦は嵐のような風を巻き起こし、さらに島全体をも震撼させる。
「地平の彼方へ消えなさい! 暗黒魔導砲(イーディオン・ガン)!」
闇の渦がタウバ一行を飲み込んだ。紫電が辺り一面に飛び散り、目の前の空間が激しく歪む。
風は更に強まり、海は荒れ、島の至る所に溝(クラック)が刻まれてゆく。
その場の時間が乱れ、存在に霞がかかり、因果さえも闇の力が捻じ曲げてゆく。
恐ろしく、そして強大な闇の力はタウバとその一派を呑み込み、蝕む。
そして闇の渦は臨界を迎え、波打ち際で爆散した。
「戦闘継続、不、可能……」
「かはっ……! タウバ、なぜ我々を助け……」
闇の渦の中心にいたトリアとフランは倒れた。五体満足で存在しているのは、やはり魔神皇の精鋭たる五魔刃であるためか。
しかし起き上がる様子は見られない。死んでいるのか否か。死んでいなかったとしても深刻なダメージを受けたことは誰の目にも明らかである。
「何故って、トリアよ、お主らもラインの大事な嫁じゃからのぉ……第一夫人としての恩義じゃ、気にするでな……くっ……!」
タウバはトリアとフランへそう声をかけながら、よろよろと立ち上がった。黒い翼は焼けただれ、全身にも酷い傷を負っている。
それでも致命傷には至っていないらしい。
「くふふ……にしても、やるのぉ……やりおるのぉ! まさか暗黒魔導砲(イーディオン・ガン)がまた拝めるとは思ってなかったぞい!」
「そ、そんな……! 伝説級魔法でもダメなの……!?」
ビギナは、愕然とし、悔しさを声へにじませる。
魔神皇大戦時、イーディオン=ジムとベルナデット=エレゴラが、魔神皇ライン・オルツタイラーゲと、その軍勢を一瞬にして焼き尽くした伝説級魔法:暗黒魔導砲(イーディオン・ガン)。
発動自体は成功していた。しかし今一歩届かなかったのは、ロナのパートナーがイーディオンではなく、ビギナであったためか否か。
それでも全力を尽くし、魔力を使い果たしてしまったビギナは、立っているのがやっとの状況だった。
そんな彼女へ、タウバは足を引き摺りながら迫ってゆく。
「ベルナデットと組んでよぉやった。褒めてやるぞ、妖精の末裔。なれば、今度はそなたの身体を貰うとしよう!」
「っつ……!?」
「良いぞい、良いぞい、その顔じゃ。 さぁ、その体を、魂を寄越せ! そしてわらわは今度こそ完全無欠の復活を遂げ、ラインと共にこの地を我が物顔で闊歩する侵略者どもを……ッ!?」」
タウバの背中が荘厳な輝きで照らし出される。魔女はその輝きを受け、慌てて踵を返した。
「その輝きは!? もしや貴様っ!?」
タウバは切迫した声を上げる。やはりこの方法でしか、東の魔女を倒せないらしい。
「ええ、そうよタウバ。暗黒魔導砲(イーディオン・ガン)は貴方を油断させるための囮! 本命はこっちです! かつてクラさんが……七英雄の一人クラックス=ディビー二が、自らの“命を授かる力”を賭してお前を封じた“破邪の短刀”! だけど、今度は封印ではありません。滅ぼします! 私の、命を輝きをもって!」
ロナの宣言を受け、タウバは顔を青く染めた。
「くっ……こしゃくなぁぁぁ!!」
タウバはボロボロの翼を羽ばたかせ、急接近を仕掛けてくる。
「クルスさん! いまですっ!」
ロナの最後の願いを受けて、覚悟を決めたクルスは矢を弓へ番えた。
矢の先には魔法学院でビギナから没収した"破邪の短刀"がくくりつけられている。
ソレにはすでに、ロナの命の全てが注がれていて、眩い輝きを放っている。
「クルスさん、早く! なんのためにここまで戦ってきたんですか!!」
「……」
「クルスさん!!」
「……ああああああーっ!!」
クルスは獣のような咆哮を上げながら、遮二無二、矢を放った。
命の輝きを帯びる矢は突き出したタウバの腕さえも光の粒に変え消失させる。
「――――ッ!? っが……!!」
そして吸い込まれるように、破邪の短刀は魔女の胸へ深く突き刺さった。
突き刺さっても尚、矢の先にある破邪の短刀は眩い輝きを放ち続けている。
そしてその輝きは、タウバを胸から溶かし、光の粒へと変えてゆく。
「ああ、これは……ダメじゃ……」
魔女の顔から生気が抜け、赤い瞳に曇りが生じる。
もはや諦めたのか、タウバはその場で膝を付き、そして曇天の空を仰いだ。
「これは本当にダメじゃ…………まさか、こんなことになろうとは……!」
魔女の頬に涙が伝い落ちてゆく。しかしそれさえも光の粒となって消えた。
世界から存在を否定された始めた、魔女は一人悲しげに、涙を流し続ける。
「すまなんだ、ラインよぉ……。どうやらわらわはここまでのようじゃ……本当にすまなんだ……。もしまたお主に出会えるのなら、平和な別の世界で、一緒にフリットを食べたいのぉ……。さようならじゃ、我が盟友、そして愛する人……」
「くっ……! タウバ……タウバぁぁぁ!!」
魔女は突き刺さった矢と共に光の粒となって霧散し、満身創痍のトリアは激昂する。
そんなトリアの肩を、フランが強く掴んだ。
「トリア、駄目! もうここにいる意味は無い! このままではお前もワタシもやられる」
「しかし、しかし!」
「タウバの想いを無駄にしない! 時を待つ! ライン様復活のためにも、ワタシたちは生き延びなければならない!」
フランは鉄面皮へ僅かに涙を浮かべて訴えかけた。
やがてトリアはゆらりと立ち上がる。
その視線は憎悪に満ちていた。
「私たちは必ずやラインを復活させ、この母なる大地をこの手に取り戻す! タウバの命を奪ったことを後悔させてやる! 首を洗って待っていろ、侵略者どもめ!」
フランは魔石を拳の中で砕いた。転送魔法が発生し、トリアとフランは姿を消す。
もはや二人を追うことは叶いそうもない。
「ありがとうございました、クルスさん……」
「ロナぁぁぁ――っ!」
ロナは車椅子から滑り落ち砂浜へ倒れ、クルスの悲痛な声が孤島へ響き渡る。
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