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【最終章:ベルナデットの記憶】
攻撃開始(*セシリー視点)
しおりを挟む岩と砂ばかりの荒野には、野ざらしにされ、獣に啄まれる兵の死体がそこら中に散らばっていた。
空はティータンズと同じく、赤紫の雲に覆われて、淀んでいる。
空気もどこか重苦しく、息苦しさ覚えさせる。
そんな荒野の果てに、わずかにみえる禍々しい構造物。
東の魔女の塔――魔神皇ライン・オルツタイラーゲの半身とも言われる、五魔刃の筆頭、"五ノ刃タウバ・ローテンブルク"の根城。
敵は強大である。それ自体は楽しみだった。しかし同時に、自分がしっかりせねば、この戦いは無駄に終わってしまう。
皆との再会は泡のように消え去るのみ。
様々な感情が渦巻く中、ラフレシアのセシリーは東の魔女の塔を睨め付ける。
「珍しいっすね。セシリー、緊張してるっすか?」
軽やかな声音で、ビムガンの大剣使いゼラが横に現れた。
「べ、別に、そんなことは……。貴方こそ、いつもより表情が硬くなくて?」
「いや、あはは。さすがセシリーっすね。ご明察っす。心臓めっちゃバクバクで、筋肉はかちこんこちんっすよ」
やはりビムガンであっても、この異様な空気は緊張に値するらしい。
同じ気持ちの人が傍に居て、セシリーは少し安堵する。
「しっかし、ご縁ってのは不思議なもんすね」
「縁?」
「だってウチら、ついこの間は命のやり取りをやってたんすよ? それがこうして今や一緒に、一つの目的に向かって命をかけようとしている……こんなすごいことは無いっすよ」
「そうね、そんなこともあったわね。あの時は貴方のことをとても脅威と思ったけど、今は逆に味方で頼もしいわ」
「それはウチもっすよ。セシリーとウチらならきっと成功させられるっす。ウチはそう思って仕方がないっす。それもこれも、ロナさんとクルス先輩がいてくれたからっすよね」
「そうね……」
未だにクルスを独り占めをしたい気持ちが全くないと言われれば嘘になる。しかし今は、こうしてできた仲間と戦いたい。同じ目的に向かって突き進みたい。セシリーはそう思ってならなかった。
「セシリー、大分いつもの顔に戻ってきたっすね」
「そう?」
「そうっす! セシリーはいつも不敵な笑みを浮かべて、おほほ! と笑っているのが似合うっす」
「失礼ね。私、いつもそんなに高飛車な笑い声上げてないわよ?」
「いやいや、セシリーといえば、おほほっすよ。これ、間違いないっす!」
「ちょっとあんたねぇ!」
にらみ合う。しかし二人して噴き出した。なにがおかしいのかは良く話からない。だけど、今、笑い飛ばせたのはよかった。おかげで心はすっかり軽い。ゼラ様々だとセシリーは思った。
「おっし! じゃあそろそろ始めますか、セシリー!」
「ええ! あっ、その前にさ……」
「?」
「なんで私だけ“セシリー”なの? ビギナはビキッちだし、ベラもベラっちだし……ロナとフェアはまぁわかるんだけど……」
ゼラはにやりと意地が悪そうな笑みを浮かべた。
「なんすか? 寂しいんっすか?」
「そ、そんなわけないじゃない! ただ気になるっていうか! それだけなんだから! 別に私も仇名で呼んでほしいとかそういうのじゃないんだから!!」
「はいはい、分かったっす。分かったっす。いやぁ、なんか語感が悪いからなんとなく……でも、そう言われたんじゃ仕方ないっす!」
「べ、別に、そんな無理しなくても……」
「んじゃ! “セシッち”! 行くっすよ! ウチらの力見せつけてやろっす!」
セシリーの胸の内が花開くように、高鳴る。
「――ええ! 見せてやりましょう! ゼ、“ゼラっち”!」
セシリーは踵を返す。背後にはビムガン族の力を借りて、地面へ打ち込んだ太く長い、丸太が雄々しくそびえている。
そこへ向けてセシリーは袖の奥から無数の蔓をのばし、丸太をあっという間に覆い尽くす。
そして自らも蔓に覆われた丸太へ引っ付き、飲み込まれる。
丸太とセシリーを飲み込んだ蔓は、うねり、増殖し別の存在へ変化してゆく。
そして荒野に、不気味で巨大な赤い花が咲いた。
不毛の大地に、丸太とセシリーを取り込んで出現した"巨大なラフレシアの花"
中にいるセシリーが目を開けると、まるで自分が巨大ラフレシアになったかのように、視界が開ける。
「行くわよ、みんな!」
セシリーの叫びに呼応し、巨大ラフレシアは地を割って、無数の大きな蔓を表す。
それは蛇のように荒野を走り出す。
そしてその一つに、マンドラゴラのベラが飛び乗った。
「行くのだぁー!」
蔓に乗ったベラはそう叫び、双剣を抜く。
大剣を肩に担いだゼラど、サーベルを抜いたフェアが並走を始める。
「さぁ、最後の戦いっすよ! 気合入れていきましょう! ベラッち、フェアさん!」
「おうなのだ!」
「承知した! お二人とも、守りは私に任せ、思う存分戦ってくれ!」
「おーっし! 良い返事っす! って、さっそくおでましっす!」
ベラの乗る蔓の行手を塞ぐように、無数の怪異が姿を表し始めた。
人のような形をした東の魔女の使い魔――ザンゲツ
岩の巨人や、土塊鳥が次々と姿を現し、蔓の行手を塞ぐ。
すると先んじて、ゼラが肩に担いだ大剣を赤く輝かせながら突っ込む。
「猛虎剣奥義! 炎月斬っす!」
大剣が赤く大きな軌跡を描いて、ザンゲツや岩巨人を切り裂く。次いでフェアがサーベルを抜き放つ。
「はぁっ!」
フェアの鮮やかな剣撃が、次々とザンゲツを切り裂き霧散させた。
「蔓は僕が守るのだぁ! どっせいっ!」
ベラも蔓の上を陣取って、次々と蔓へとりつくザンゲツを切り伏せていた。
しかし敵は有象無象。三人がいくら奮戦しようとも、蔓はなかなか先へと進めない。
その時――
「今じゃ! ビムガンの恐ろしさみせつけちゃれぇぇぇ!」
「「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
今度は巨大ラフレシアの背後から、後続の1000の戦闘民族ビムガンが溢れ出た。
ビムガン1人は10人の兵に相当する猛者ばかり。
剣や槍、あるいは拳で、蔓に取り付いた闇の魔物を討ち取り始める。
「どんどん行くっす! 全軍全力突撃っす!!」
ゼラの勇ましい掛け声を合図に、一同は再び前進を始めた。
(頼んだわよ、ゼラっち、ベラ、フェア!)
巨大ラフレシアを操るセシリーは、蔓を伸ばし続けることに全ての力を向けてゆく。
目標は東の魔女の塔。まずはそこへ蔓を到達させねば、作戦は先には進まない。
そんな中、セシリーは進行させている蔓を通じて、圧倒的な存在が現れたことを感知する。
金色の髪を二本に結った、人形のように表情を変えない魔神皇の腹心の一人。
五魔刃三ノ刃――フラン・ケン・ジルヴァーナは拳を構え、そこに灰色の魔力を集中させている。
「させん!」
するとフェアが突出し、拳を構えるフランへぶつかった。
フランは拳の矛先を蔓からフェアに向けて放つ。
それをフェアは、サーベルの立派な護拳で受けとめ防ぐ。
「フラン・ケン・ジルヴァーナは私に任せていただこう! 皆は先へ急げ!!」
「うっす! 頼むっす!」
「フェア、気をつけるのだ!!」
ゼラと蔓の上に乗ったベラが過って行く。
フェアはサーベルを構えなおし、フランに対峙した。
「後を追いたくば、この私を倒してからにしてもらおう!!」
(フェア! 頑張って! だけど死なないで!)
巨大ラフレシアを操りつつも、セシリーはフェアの身を強く案じるのだった。
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