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【最終章:ベルナデットの記憶】

破邪の短刀(*ビギナ視点)

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(モーラさん、無事だと良いんだけど……)

 ビギナはそんなことを考えながら、かつて必死に勉学に励んだ夜の学舎を行く。
そしてアルビオンに所在する"国立大図書館"に次ぐ、魔法学院の図書室を訪れた。

 塔のように書架が積み上がり、幾つもの階層をなしているそこは、ビギナにとって悪い思い出と良い思い出が詰まった場所である。

 入学当初は引っ込み思案な性格と、学院ではほとんど見かけない奨学金学生のため、ここで一人で勉強に勤しんでいた。
周りに多数いた、高貴な身分の子息などに、貧しい家の出のビギナは度々からかわれていた。
これは思い出したく無い、悪い思い出。
 だけども、ここで同じような境遇のモーラ=テトラと出会い、そして孤独を克服した。ルームメイトとなり、そこから学院生活が楽しくなった。
これはいつ思い出しても、心が暖かくなる良い思い出だった。

 そんなモーラは、昨今の混乱で行方知れずとなっていた。今モーラはどこで、何をしているのか。そもそも無事でいるのか定かではない。

 ビギナにとってはかけがえのない、大事なモーラ。しかし彼女の心配以上に、ビギナにはなすべき事があった。
 闇に沈んだ書架を巡り、そして目的の書物を次々と手にとってゆく。

 今ビギナが行いたい事――それは"東の魔女:タウバ・ローテンブルク"を筆頭とした"五魔刃"への対抗策を見出す事だった。

 魔人皇の腹心、五魔刃の筆頭で五の刃に数えらる魔女【タウバ・ローテンブルク】
ライン・オルツタイラーゲを魔神皇へ導いた上位妖精(ハイエルフ)であり、戦時中は、ヴァンガード島の東方へ戦略拠点を置く。そのため"東の魔女"と呼ばれていた。

 恐ろしい存在が目覚めてしまったと改めて感じ、他の書物へ当たった。

 今日の戦いで、ビギナは三の刃のフラン・ケン・ジルヴァーナにさえ一蹴されてしまった。
自分の実力の無さを、改めて思い知らされた。皆の力や、自らを建国七英雄の一人"ベルナデット=エレゴラ"だと語った、アルラウネのロナの力がなければ、今こうしてタウバのことを調べるのも叶わなかったに違いない。

 今のままではただの役立たず。クルスの力には絶対になれない。
だからこそビギナは必死にタウバの記録を探り続ける。

 やがて彼女は、気になる記録を見つけた。
 それは武器と武具に関する書物だった。

【破邪の短刀】

 美しい刃と立派な装飾が特徴的な、宝剣だった。
 誰であろうとも、代償を支払うことで、邪悪を確実に葬り去ることのできる武具。
それに見覚えのあったビギナは、早速学院の資料室へ向かってゆく。

「あった……!」

 埃まみれの資料室から書物に記載されたものと同様の短刀を見つけた。

(代償ってなんのことだろう……?)

 魔法学院に所蔵されているものなら、やはり消費されるのは魔力なのだろうか。
ビギナは震える指先を堪えつつ、そっと柄を握り、鞘から刃を抜いてみる。

「――ッ!」

 途端、視界がぐらつき、まるで真冬の冷たい風に晒されたかのように肩が震えた。
強い吐き気が沸き起こり、体から力が抜けてゆく。それに呼応するかのように、刃は宝石のように輝きを放つ。
しかし刃を鞘へ収めると、さっきまでの嫌悪感はまるで嘘だったかのように収まる。

 【破邪の短刀】とは――おそらく"命"を力に変換するものだった。
 恐ろしく、外道の武器であった。

「これさえあれば……」

 しかし同時に、これこそがビギナの求めていた力だと思った。
非力な自分であっても、タウバを倒す事ができる唯一の手段だと考えた。

 もはや躊躇っている暇はなかった。
 ビギナは【破邪の短刀】を握りしめ、立ち上がる。

「“破邪の短刀”をどうするつもりですか、ビギナさん」

 踵を返すと、資料室の入り口にはロナがいた。

「ロナさんは、この武具のことを知っているんですか……?」
「はい。だってそれを作ったのは、クラさん……七英雄の一人クラックス=ディビーニと私ですから」
「……」
「まさかそれを使おうとしているのではありませんよね?」
「……なんで先輩もここにいるんですか?」

 ビギナはロナと一緒にいたクルスへ言葉をぶつける。

「ロナがビギナの気配を感じたと言ってな」
「クルスさん、あの剣をこちらへ持ってきてくれませんか?」
「剣をか?」
「はい。アレは人の命を吸って力に変えて、魔を滅ぼすための危険な武器です」
「なんでそんなものを……」

 顔を強張らせたクルスが踏み込んでくる。しかしビギナは取られまいと短刀を胸に寄せて、下がった。

「ビギナ、そいつを渡すんだ」
「……いやです」
「それは危ないものなんだ。良いからこっちへ……」
「嫌ですっ!!」

 気持ちが弾け、ビギナは声を荒げた。

「だって、私、弱いんです! でも先輩の役にたちたいんです! だって私のできることなんて、私にできることなんて、これを使うことくらいしか……だって、ロナさんは伝説のベルナデットで……うっ、ひっくっ……」

 ビギナは泣き出し、膝を着く。
 やはり心のどこかでは未だに"クルスの一番"になりたい彼女がいた。
しかし彼が最も愛するのは、実力も、才能も遥かに上をゆく、ロナ。

「私、タウバやフランの時でさえ、何もできなかった……ロナさんみたいに、みんなや先輩のために戦えなかった。だから……もう、私にはこれぐらいしか……!」

 するとロナは自分で車いすを押してビギナへ向かってゆく。
 そしてビギナの頭をそっと撫でた。
 
「大丈夫ですよ。破邪の短刀が無くたって、ビギナさんにはちゃんとできることがあります」
「……」
「考えがあるんです。そのためにはビギナさんの協力が不可欠なんです」
「私の、力が……?」
「はい! そのためや、クルスさんのため、私自身のためにもビギナさんには安易に命を使ってほしくないんです」

 ロナはビギナを抱きしめた。

(なんでこの人に抱きしめられると……)

 心が落ち着き、ささくれだらけの気持ちが丸みを取り戻してゆく。
きっとこの心の広さと優しさが、クルスを癒した。改めてそのことがわかった。

「だって貴方は私やみんな、クルスさんにとってかけがえのない、大切な人なのですから」
「ロナさん……」

 もはや逆らう気持ちは無くなっていた。ビギナはようやく破邪の短剣を床へ落とした。

「もうバカなことは考えないでくださいね?」
「ごめんなさい……」
「頑張りましょう。一緒に」
「……はいっ」

 やはりどうあがいてもロナには敵わない。
 ビギナは改めてその事実を受け止めるのだった。
 
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