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【最終章:ベルナデットの記憶】
聖王キングジム
しおりを挟む「ロナ、朝だぞ。そろそろ起きないか?」
クルスはそう声を掛けながら、カーテンを開けた。
眩い朝陽が目いっぱい部屋の中へ差し込む。
しかし、ベッドの上にいるロナは目覚めなかった。
心配になったクルスはロナの手を取った。いつもよりも冷たく感じた。
今日は少し具合が悪いのかもしれない。
クルスは参ったなと思いつつ、布団を剥いだ。
昨日よりも、少し臭いがきつい。嫌な動悸を覚えつつ、ロナの根を覆う包帯を丁寧に解いてゆく。
そして今日はいつも以上だったことに愕然とした。
根の先端はからからに乾ききっていた。更に根の一部には異臭を放つ斑点が浮かんでいる。どうやら腐敗が始まっているらしい。
樹海から出たい。共に世界を回りたい。その願いをかなえるべく、クルスはロナの根を断ち切り、旅立った。
その行為は同時に、樹海から無限の命を貰い続けていた彼女を、有限の生命へ落とす行為だった。
こうなることは予想もしていたし、覚悟していた。しかし予想以上に速い。樹海を出てまだ一か月も経ってはいない。
実際痛々しいロナの根を目の当たりにして胸が痛んだ。やはり樹海から旅立つべきではなかった。
だがもう引き返すことは叶わない。切り取ってしまった根はもう元に戻ることは無い。
ならばできることをするまで。
一日でも多く、彼女と過ごす――その一心でクルスは乾燥した根を水で清め、腐敗した部分がこれ以上広がらないうよう優しく擦って行く。
「気持ちいいです……」
「起きていたのか?」
「はい。すみません……」
ロナは薄目を開けて、そういった。顔が少しやつれていた。きっと辛いに違いない。
それでもクルスの気持ちを察して、いつも通りに振舞おうとしてくれている。
そんな心遣いがありがたいと同時に、苦しかった。
「今日は晴れてますか?」
「ああ、快晴だ。今日も一日天気が良さそうだ」
「そうですか」
「終わったらどうしたい? 外へ出るか?」
「そうですね……外の空気を吸って、お日様を浴びたいです」
「わかった」
根の手入れを終えて、新しい包帯を巻きつける。
ロナを抱き起こし、車いすへ乗せて、コテージからテラスへ出た。
「クルスおはようにゃー!」
「のわっ!?」
コテージを出るなり、ビムガン族の姫君:ゼフィが飛び出してきて、クルスの腰元へ抱き着く。
「がはは! 朝っぱらから見せつけてくれるのぉ、兄弟!」
コテージ前の広場には族長のフルバ=リバモワもいて、クルスを盛大な笑い声をあげている。
「なぁ、今日は怒んないのか?」
「別にいいわ。だってゼフィのアレはお戯れみたいなものだしね」
ベラの問いに、セシリーはさらりと応えた。
「お嬢様、大人になりましたね。キスの効果でしょうか?」
「ち、違うわよ! ばか!」
そっぽを向いたセシリーへ、フェアは微笑ましそうな笑みを送っている。
「おはようございますっすクルス先輩、ロナさん!」
「おはようございます!」
ゼラとビギナは元気な挨拶を投げかけてくる。
「おはようございますみなさん。朝早くからお揃いで。これから何か楽しいことがあるのですか?」
「フルバ族長が良いお魚が入ったってことで、朝食に誘ってくださったんです! 先輩とロナさんもご一緒にいかがですか?」
ビギナの提案へロナは普段通りの笑顔を浮かべた。
「それは良いですね! クルスさん!」
「そうだな。では行こうか」
「はいっ! 楽しみだなぁ!」
傍から見ればロナはいつものロナだった。
しかしクルスだけは知っている。こうして笑顔を浮かべているロナの命が、もうそうは長くないことを。
だからこそ、そろそろビムガン自治区から旅立つ時ではないかと思った。
ロナに残された時間は少ない。ならばできるだけ多くの場所を訪れ、たくさんの思い出を作ってあげたい。
(今日あたり皆に旅立ちの提案をしてみるか……)
「ぞ、族長! 大変です!!」
突然、広場の向こうからビムガンの男が慌てた様子で駆けてきた。
「なんじゃ? そがな血相変えおって?」
「せ、聖王陛下が今すぐ会談を行いたいとのことです!」
「すぐに?」
「は、はい! 今より参られると!」
「なんじゃと!?」
上空を五匹の飛竜が編隊を組みつつ過って行く。その胸には剣と魔法の杖を十字に重ねた“聖王国のエンブレム”が刻印された胸当てが付けられていた。
前後を固める四匹が先に着陸した。背中からは槍を持ち、立派な鎧に身を包んだ騎兵(ライダー)が降り立ち、物々しい雰囲気を発する。
そして最後に着陸したひと際立派な飛竜の背中から、白銀の鎧を装備した、初老の男性が降り立つ。
「聖王陛下のお出ましである! 皆のもの控えろ!」
「へ、陛下が!?」
ビギナは慌てた声をあげて傅いた。
「へいか? なにそれ? ベラ知ってる?」
「おー! 陛下ってめっちゃ偉い奴なのだー!」
「こら、お二人とも! 失礼ですよ!」
騎士としての記憶が色濃く残るフェアは、セシリーとベラを無理やり跪かせる。
広場に集った全員が、目前に降り立った初老の男へ頭を垂れた。
「ご機嫌麗しゅう、イデの親父」
いつもは大胆不敵なフルバも、聖王に傅き、礼を見せていた。
聖王キングジムこと――イーディオン=ジム。
55年前、母国である“煌帝国(こうていこく)”より派遣され、魔神皇を倒し、ヴァンガード島とリアガード島を聖王国として独立させた“建国七英雄”の一人である。
「イデ……? イーディオン=ジム……」
傅くことのできないロナは車いすの上で、何かを呟いていた。
「親父が直接いらっしゃるたぁ、何事ですかい?」
フルバは頭を垂れながら聞いた。しかしキングジムは何も答えず、つま先を蹴りだした。
「親父……?」
「な、何故だ……? 何故、君がここに……?」
キングジムは王とは思ない震えた声を紡ぎだす。
「“ベルナデット”! ど、どうして君が、生きているんだ!? 何故だ!?」
王の声の先にいたロナはじっとキングジムを青い瞳に写し続けているのだった。
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