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【最終章:ベルナデットの記憶】
ゼラと少女たちのドキドキ大作戦【後編】
しおりを挟む「今日はゼラさんがビムガン自治区の案内をしてくださるそうですよ?」
コテージのデッキで、朝の日向ぼっこをしていたロナは、笑顔でそう伝えてきた。
「ゼラがか? それは楽しみだな。ロナはどこか行きたいところがあるのか?」
「あっ、ごめんなさい。案内していただくのクルスさんだけなんです」
「俺だけ?」
「ええ。私はセシリーやビギナさんとちょっとお出かけすることになってまして」
「? せっかくの機会なのに良いのか? どうせならば一緒に……」
「いえ! ダメです! 今回は男子禁制ですっ!」
妙にロナの語気が強いように感じ、クルスはたじろぐ。
「そ、そうなのか……?」
「おまたせしました、ロナさん!」
元気な挨拶と共にビギナが木々の間からひょっこり姿を現し、セシリー、フェアにベラも続いて出て来た。
皆は妙にそわそわしてるような気がするのは気のせいか。
「ほら、ゼラ!」
「おわっとと!!」
ビギナに放り投げられるようにして、赤いドレスを着て、綺麗な化粧をした愛らしい犬耳のビムガンの少女がクルスの目の前へ突き出される。
一瞬、誰なのか分からなかったクルスなのだが、
「ゼラ、なのか……?」
「は、はいっす! 炎の大剣使いのゼラっす!」
今、目の前にいる少女が普段は大鎧を身にまとい、大剣を軽々と扱うBランク冒険者と誰が思えようか。
それほど着飾ったゼラはまるで別人であり、思わず見惚れてしまうほど愛らしかった。
「さっ、私たちは参りましょう!」
「そうですね。ゼラ、先輩の案内お願いね!」
ビギナは素早くロナのところへ向かうと、そそくさと車椅子を押し始める。
一瞬、こちらへ微笑みかけて来たような気がしてならない。
「とりあえず今だけは許したげる。だからしっかりやんなさいよ」
セシリーはゼラへそんなことを言って、ビギナとロナへ続いて行く。
嵐のようにビギナたちは姿を消し、クルスとゼラは二人きりになったのだった。
「じゃあ参りましょう、クルス先輩! 今日一日、ウチが精一杯先輩をもてなすっす!」
「そ、そうか。わかった。ありがとう……」
正直なところ、かなり綺麗で可愛らしくなったゼラを直視できないクルスは、彼女を傷つけない程度に視線を逸らすのだった。
⚫️⚫️⚫️
「ここが自治区一番の賑やかスポット! “トリントンマーケット”っす!」
広い往来には無数の露店が軒を連ね、あまり見かけない山や川の食材や、見たこともないような道具(アイテム)が活発に取引されていた。
「賑やかなだな。今日は祭りかなにかなのか?」
「いっつもこんな感じっすよ。ここがウチらの取引の中心地なんっす!」
「なるほど」
「じゃ、じゃあ行くっす! クルス先輩に食べてもらいたいものがあるっす!」
ゼラはクルスの手を掴み、往来の中を歩き始める。
いつも剣を握っているからなのか、ゼラの手は少し硬い。だけども暖かい。
これまでほとんど意識をしたことがなかったゼラの"女"に戸惑いを覚えつつ、クルスは進んでゆく。
「アユシオ二本、たのむっす!」
「おっ? こりゃお嬢、よぉ来てくださいやした! へいへいお待ちを!」
そうして香ばしい煙を上げている露店から差し出されたのは、たっぷり塩が塗され、こんがりと焼けた"川魚の串焼き"だった。
「これ旨いっすよ! ウチの大好物っす!」
「ありがとう。ではいただく」
齧り付けばホロリと実が口の中で溶けた。少し強めの塩加減と、魚の旨味、なによりも香ばしい香りが鼻から抜けてゆく。
素朴だが、深みのある味わいが後を引く。
「酒が欲しくなる味だな」
「とと様もよくそう言ってガブガブお酒飲んでるっす」
「おっ? 兄さん行ける口かい? よかったらどうだい?」
と、店主はにんまり笑みを浮かべながら、ツボのような土器を掲げて見せる。
「酒か?」
「うっす! ワインを土器で封じて、地中に埋めて熟成させた"土器土蔵(アンフォラ)ワイン"っす。旨いらしいっすよ?」
「ほう。では頂こうか」
勧められるがまま、陶器製の白い碗へ、土器から酒精が注がれる。
少し褐色がかった果実酒は独特の香ばしさがあった。アユシオのよく焼けた香りとマッチし、さらに強めの塩味を、果実酒の酸味が和らげつつも、味わいを深く掘り下げる。
「おお、これは良い! ゼラもどうだ?」
「ありがとうっす。でも今日は先輩に楽しんでもらう日っす。遠慮しないで全部飲んで欲しいっす」
ゼラの笑顔が眩しく映り、クルスは年甲斐もなく胸の高鳴りを覚えるのだった。
……
……
……
「おー! さすが弓のプロっす!」
意外に少女趣味のあるらしいゼラは獲得したたくさんのぬいぐるみを抱きしめてご満悦の様子である。
「申し訳ありやせん、これ以上はちょっと……」
店主は弓を手にするクルスへ、苦笑いを浮かべて後ろ髪を掻く。
さすがにこれ以上は、店の経営に支障をきたすらしい。
クルスは弓を置き、僅かに会釈をして、景品を乱獲してしてしまった射的の店を跡にする。
「持つぞ?」
歩きながらぬいぐるみを抱えるゼラへ声をかけると、彼女は八重歯を覗かせ頬を緩めた。
「じゃあ、よろしくっす!」
と、抱えていた荷物に半分を渡して来た。
「全部でも良いんだぞ?」
「ううん、これで良いっす。先輩とは半分が良いっす。分け合いたいっす。二人で一つが……良いっす」
ゼラはそう言い置いて、先に一人で駆けてゆく。
顔が赤いように見えたのは気のせいか、否か。
……
……
……
「おいしょっと!」
愛らしいドレス姿のゼラは、禍々しい雰囲気の大剣を片手で一薙ぎ。
今にもはじけ飛びそうなドレスの胸元が激しく揺れ、同時に大剣の刃から凶悪そうな細かな刃が出て来る。
「なかなか良いっすね! どーっすか、クルス先輩!」
ゼラが大剣を薙ぐたびに胸が大きく揺れて、パンパンに張り詰めた胸元のボタンが弾けるのではないかと肝を冷やす。
周りも、ゼラへ注目――正しくは、いつ弾けてもおかしくはない胸元だが――をしている。
「先輩、聞いてるっすか!?」
気づけば、僅かに眉を吊り上げたゼラがクルスを見上げていた。
真近に突きつけられた、深い胸の谷間に思わず息を飲む。
加えて周りからの突き刺さるような鋭い視線。
「先輩!」
「う、むぅ……こ、こっちの剣はどうか!?」
さすがのクルスも耐えられず、踵を返して壁に立てかけてあった大剣を指す。
これもまた随分と禍々しく、今のゼラに似合うとは考えずらい。
しかし案外、こういうデザインの武器が好きらしいゼラは、嬉々とした様子でソレを手にし、またまたま大きな胸を揺らしながら試し振りを始める。
(頼むぞ、こんなところでボタンが弾けないでくれよ……)
そう願ってやまないクルスだった。
……
……
……
「ここに神がいるのか?」
「うっす。でも聖王国とは違って、ウチらはすべての存在に神様が存在する"ヨロズ神"って信仰をしてるっす」
「なるほど」
「せっかくだからお参りしてこうっす!」
ゼラに連れられるがまま、木造で独特の意匠の建物へ足を運んでゆく。
赤い石門をくぐり、神がいるという"ヤシロ"という建物の前へ二人で並んで立った。
「拝礼は2礼、2拍手、最後に1礼っす」
「わかった。ここは何の神を祀っているんだ?
「ここにいらっしゃるのは健康と安全と……まぁ、その他色々……」
「お母さん! 元気な赤ちゃん産まれると良いね!」
と、先にお参りをしていたビムガンの親子連れが脇を過ぎていった。
「と、とりあえず参拝するっす、先輩!」
「そ、そうだな」
促されるがまな、見様見真似で参拝を済ませたのだった。
何故、"安産祈願"をしたのかは、よくわからないクルスだった。
「先輩! 先輩にみせたいところがあるっす!」
陽が少し傾き始めた頃、ゼラは鬼気迫る様子でそう提案してきた。
ずっと近くに感じて居たいくつかの気配がざわついたような気がする。
とりあえず放って置くことにしたクルスなのだった。
●●●
「見事だな。美しい……」
クルスは目下に広がる、ピンク色の花を咲かせる木々の森を見て、思わずそう漏らした。
「ヨシノっていう花っす。毎年、春になると咲く花っす」
ゼラは目を細めながら、そう語った。いつもは快活で、まるで同性といるかのような親しみがある少女。
しかし今はその横顔が、魅力的に見えて仕方がない。
「クルス先輩、ビムガンは花に"言葉"を与える風習があるっす」
「ほう、それは興味深い。では、この目の前にあるヨシノとやらの言葉は?」
「……純潔っす」
純潔。その言葉が妙に響いた。同時に、先刻訪れた、"安産の神"を祀ったヤシロへ行ったことが思い出される。
予感は実のところ、最初からあった。こうしたことに慣れというのは良くないとは思う。
しかしこうも連続してこういうことが起こってしまうと、否が応でも予想をしてしまう。
「ゼラ、もしかして君は……」
「クルス先輩!」
ゼラはクルスの声を遮って大声を上げた。そして、彼の手を強く握りしめる。
「ウチ、先輩の子種が欲しいっす!! もうどうしようもないっす!!」
「こ、子種!?」
想定外のセリフに、さすがのクルスも度肝を抜かれた。
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