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【最終章:ベルナデットの記憶】

楽しい旅路

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「お日様がこんなにも……! 気持ちいいです!」

 ロナは車いすの上で満足そうに背伸びをする。
いつも薄暗い樹海とは違い、街道は春の日差しをいっぱいに浴びていた。草も青々と生茂り、色とりどり花々が咲き誇るその道を、クルスはロナの乗る車椅子をゆっくり押しながら進んでいる。

「ねえ様、うれしいか?」

 ベラも車椅子の周りをぴょんぴょん跳ねながら、嬉しそうに聞いていた。

「うん! とっても!」
「そうか! よかったのだ!」
「ねぇ、今度はベラが押してくれないかな?」
「良いのか!?」
「もちろん!」
「なら……どっせい!」
「ぐおっ!」

 ベラのヒップアタックが、ロナの車いす椅子を押していたクルスへ良攻撃(ベストヒット)。
弾き飛ばされたクルスに代わって、ベラが車いすの取手を掴んだ。

「ねえ様準備は良いか!?」
「うん! いつでも!」
「発車なのだ! どっせーい!」
「わー早い!」
「き、気を付けろよぉ!」

 砂埃を払いつつ声を上げるが、ベラとロナは聞いているのか居ないのか。
ベラは物凄い勢いで車いすを押して、突っ走る。

(まぁ、大丈夫だろう……)

「あらあら、前途多難ね」

 と、呆れた台詞と共に樹上からラフレシアのセシリーが、マタンゴのフェアを伴って飛び降りてきた。

「その帽子はどうしたんだ?」

 クルスがセシリーの頭を覆う赤い帽子のことを指摘する。すると、セシリーははにかんで見せた。

「良いでしょ、これ! フェアのお手製よ。似合うでしょ?」
「ああ、そうだな」
「なによーその淡白なコメントは! もっと気合入れた感想よこしなさいよ!」
「俺にそんなものを求めるな」
「ぶー! ロナの時はデレデレするくせにっ!」
「わかったわかった、可愛いぞ」
「えへ! そうでしょ!」

 セシリーは表情を一変させて、笑顔を浮かべた。
全く素直で単純な娘である。しかしそうしたところが可愛いところでもあった。

「しかし何故帽子を?」
「だって頭から変な花が生えてる人間なんて変でしょ?」

 たしかにセシリーの頭から生えているラフレシアの花は、ロナやベラのものと違って少々グロテスクである。

「なるほどたしかに。フェアはセシリー以上に大変そうだな」

 セシリーの奥で大きな頭巾を被っていたフェアは苦笑いを浮かべた。

「仕方ありません。頭の傘を隠せる方法はこれしかありませんので。お気遣いありがとうございます、クルス殿」

 不意に花の甘い香りが鼻をかすめ、腕に柔らかく暖かい感触が寄り添って来た。

「な、なんだ? 急に」

 何故かセシリーはクルスの腕に抱きついていたのだった

「だって、ロナの椅子を押してる時、こういうことできないもの。今は良いでしょ?」
「良いと言うか、なんというか……」
「い、嫌かしら……?」

 セシリーは嬉しそうな顔から、一変して不安げな表情を浮かべた。


「嫌ではないが、なんだ……そんなに俺が良いか?」
「もちろんよ! だってずっと、ずーっと逢いたかったんだもの! こうしたかっただもの!!」

 きっぱりまっすぐな答えに、嬉しいような恥ずかしような戸惑いを覚える。
そんなクルスの様子が分かってか、更にぎゅっと身を寄せ、顔を頭の花のように赤く染める。

「あ、あと冬に首を噛んだ罰よ! あれ結構恥ずかし……じゃなくて、痛かったんだから!」
「わかったわかった。なら……このまま行くか?」
「もちろん! ふふ!」

 クルスはセシリーと腕を組んだまま歩き始める。
 そんな二人の様子を、フェアは微笑ましそうに眺めながら、続いてくる。

(本当にこの状況をロナは良いと思っているのか……?)

 しかしビギナとセシリーの想いを受け入れるべき、と言い出したのはロナ本人である。
クルス自身も、少なからず二人へは好感を抱いていたので、男というか、"雄"としては悪い気分ではない。
 むしろこんな状況は自分には一生縁がなく、それこそ貴族か勇者の世界でのことだとさえ思っていた。

 だが、これは紛れもない現実であり、クルスの現状。

 最底辺に近いEランク弓使い冒険者クルスは、意図せず、3人の美少女から愛される立場になっていたのである。

「それにしても随分と腕、立派になったじゃない。石みたいに立派な筋肉ね」

 セシリーはクルスの腕の皮をしきりに撫でたり、摘んだりしている。
たしかにあまり痛みを感じない。

「そうか?」
「なんか、ちょっと、良いわね。たくましくて……噛んでも良い?」
「何故噛むんだ?」
「お返しよ? あと……あ、愛情表現?」
「なんだ、それは……、俺が君の首を噛んだのはだな……」

 今、思い返せば、緊急だったとはいえ、首に噛みついたのはマズかったのかもしれない。

「お前らなんなのだ! 道を開けるのだぁ!」

 道の向こうから、ベラの大きな声が聞こえた。
何事かと思って向かってみると、

「へへ、お嬢さん! 金目のもん置いてきゃ見逃してやるぜ?」

 テンプレ台詞に、テンプレな人相、そして装備。
腕にお揃いの”青いバンダナ”を巻いた盗賊が、ベラとロナの前に立ち塞がっていた。

「おかね? それってなんですか?」
「お金ってのは人間が欲しくて欲しくてたまらないわけのわからないものなのだ。でも、お金があると食べ物とかいろんなものと交換できるのだ!」

 首を傾げるロナへ、ベラは元気よく答えた。

「狩りをしなくても?」
「おう! 人間はお金のためだったらなんでもする馬鹿なのだ」
「こら、ベラ! 馬鹿とか言っちゃいけませんよ?」
「バカはバカなのだ。こいつらだってバカそうなのだ」
「なっ――こんのガキぃ!」

 ベラに馬鹿と言われた盗賊は眉間にしわを寄せた。大人気もなく手にした長剣を振り上げる。
しかしすぐさま、長剣は手から滑り落ち、地面へ突き刺さった。

「っ……!」
「連れが申し訳ないことをした。が、先に絡んできたのはそちらの方だ。これでおあいこ様ということで、これで終わりにして貰えないだろうか?」

 弓へ矢を番つつ、クルスは盗賊を睨む。
すると盗賊は手に突き刺さった矢を抜いて、顔を真っ赤に染めた。

「舐めやがって! もういい、殺(や)っちま――っ!?」
「なぁにをするってぇ!?」

 盗賊の懐にはすでにセシリーが潜り込み、不気味な笑みを浮かべていた。
手には準備万端、棘の鞭。
 さっきまでやる気満々だった盗賊は一瞬で背筋を凍らせる。

「殺生はするな」
「なんで?」
「君の服が汚れる」
「それもそうね!」
「がふっ!」

 セシリーの鮮やかな回し蹴りが盗賊の顔面を殴打し、吹っ飛ばす。
これで恐れ慄いてくれれば良いものの、盗賊は元気よく罵詈雑言を叫びながら、セシリーへ向かってゆく。
 そんな盗賊の間を俊敏に、二つの影が駆け抜ける。

「胞子を使うまでもない。雑魚がっ!」
「おしおきなのだ!」

 フェアとベラが各々の剣を鞘へ収めると、ほぼ同時に盗賊たちが地面へバタバタと倒れた。
もちろん峰打ち。血は一滴も流れてはいない。

 残った盗賊はせめて報復にと、罵詈雑言を吐きつつ車椅子のロナへ突っ込んでくる。

 クルスはロナの前へ飛び出し、仕方なく弓を持ち、弦を引く。
が、目の前ににゅるりとロナの蔓が生えてきて、静止を促した。

「矢が勿体無いです」
「いや、しかし……」
「この状態でもできるか試してみたいんです。お願いします」
「……わかった」

 クルスが退くと、ロナは笑みを浮かべた。

「ありがとうございます」
「危ないことはするなよ? 無理だと思ったら必ず大きな声を出すんだぞ? 絶対に無茶はするなよ?」
「分かってますよ。それじゃあ行きますね……どっせぇーい!」

 ロナの穏やかな声と共に、足の辺りから無数の蔓が勢い良く飛び出した。

「「「ぐわーっ!!」」」

 蔓は目の前の盗賊全てを突き飛ばす。
 何人かの盗賊が起き上がって、再度攻撃を仕掛けようとする。
しかしその度に、伸ばしたロナの蔓が、盗賊を激しく殴打したり、ペチペチ叩いて立ち上がらせない。

地面から切り離しても、やはりロナは危険度SSとされる驚異の魔物:アルラウネであった。

「やった! できた! クルスさん、上手にできました!」
「そうだな。よかったな」
「はいっ!」

 しかし浮かべた笑顔はまるで子供のように愛らしい。盗賊のことなどそっちのけで、クルスは暫し、胸を高鳴らせつつ、愛する存在の笑顔を楽しんだ。

「クルスー! こいつらどうするのー? このままにしておくのー!?」

 と、向こうから少し不満げにセシリーが叫びながら、伸びてしまった盗賊をつま先で蹴飛ばしている。
 クルスはロナの笑顔に名残惜しさを感じつつ、盗賊へ駆け寄って行った。

 さすがにこのまま放置しては通行の邪魔だと思って、みんなで協力して街道の脇へ寄せる。
ついでに腰からぶら下げていた雑嚢を外して、中身を探ってみた。

 女物のアクセサリーや、小汚い盗賊には似つかわしくない立派な金細工などがぎっしりと詰まっている。
おそらく盗品か奪い取ったものだろう。中には、刻印が彫られた立派な指輪などもあった。
どうやら強盗にも手を出しているらしい。意図せずだが、大捕物だったようだ。

「ロナ、すまないがこの連中を縛り上げてくれないか?」
「この人たちをですか?」

 一人でせっせと車椅子を漕いで来たロナは首を傾げた。

「ああ。憲兵隊に突き出せば、報償金がもらえると思う。盗品の捜索依頼も出ていれば更に」
「ほうしょうきん、って、お金のことですか?」
「そうだが?」
「クルスさんもお金大好きなんですか?」
「いや、そういうわけでは……樹海でずっと過ごしていたから金がないんだ」
「ふぅーん。人間ってお金がないと何もできないんですね」
「そうだな」
「お金……不思議なものですねぇ……」

 ロナはしみじみと言った具合に一人で唸っている。
なんだかそんな様子も新鮮で可愛いと思うクルスなのだった。
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