上 下
72 / 123
【四章:冬の樹海と各々の想い】

怒る樹海の守護者

しおりを挟む
*あんまりもやっとしないでくださいね。ちゃんと終盤で解決しますから。
 ストレス展開箇所です。
 気になる方は溜めて読んでも良いかと。四章終了は約1週間後です。



「セシリー、これはなんの真似だ?」

 クルスは突然乱入してきたラフレシアのセシリーと、マタンゴのフェアへ鋭い視線を投げかける。

「それはこっちのセリフよ、クルス。あなた、自分が今、なにをしようとしているのか自覚はあるの?」
「俺は、俺とロナの願いを叶えたいと思っただけだ。お前にとやかく言われる筋合いはないと思うが?」
「ふん! 相変わらず質問を質問で返してくるなんて、失礼なやつね! 私は樹海の守護者として、当然の反応をしたまでよ!」

 セシリーは威嚇するように、手にした棘の鞭で地面を打つ。そしてロナを鋭く睨む。

「ロナ、あなたにも聞くわ。本気で樹海から出てゆくつもり? 今、考え直せばこの件は無かったことにするわ。どうかしら?」
「愚問です。私の考えは、想いは変わりません! 私はクルスさんと一緒に樹海を出ます! もしも邪魔をするならば、たとえセシリーであっても退けます!」
「……わかったわ。フェア!」

 セシリーの声を受け、控えていたフェアが冷たいを殺気を放った。
刹那、鋼の刃が混じり合い、赤い火花をあげる。
咄嗟だったが、短剣を抜いておいて正解だと、クルスは思った。

「フェア、これはお前の意思か?」
「……」
「答えろ!」
「すまない、クルス殿……」

 刃の向こうでフェアは声を絞り出す。しかしサーベルから力は抜けなかった。

「あなたへ刃を向けるのは気が引ける……」
「なら!」
「しかし、私はお嬢様の、セシリー様の侍女であり騎士! 主の望みをかなえることこそ私の意思! たとえ相手があなたであろうとも容赦はせん! カハッ!」
「ぐっ――!?」

 フェアが胞子を吐き出し、思わず身を引いた。黄色い胞子は"麻痺"を意味する。しかし"状態異常耐性"のあるクルスに"麻痺効果"は現れない。それでも胞子は目の粘膜に吸着し、一瞬だがクルスの司視界を塞ぐ。

 霞む視界の中、遮二無二クルスは、正面から聞こえた足音に従って、ステップを踏む。間一髪、フェアのサーベルは回避できたもの、前髪が数本、目の前を散った。

(早い!)

 フェアの斬撃は、以前と比べても勢いがよく、正確だった。これも二人でずっと戦闘訓練をしてきた結果だと思った。
 本来ならばフェアの成長を喜ぶべきだった。しかし、今目の前にいるのは、主の命を受け、徹底的にクルスへ切りかかってくる、敵である。
 距離をおけばクルスに分がある。対して、インファイトは短剣とサーベルでは、圧倒的にフェアの方が有利。それをわかって、フェアは常に一定の距離を保ちながら、クルスへ斬撃を加え続ける。正直なところ、フェアの斬撃を短剣で受け止めるのが精一杯だった。

「ゼラ、いくよ!」
「ういっす!」 

 ゼラは大剣(ハイパーソード)を肩へ担いで走り出し、ビギナは錫杖を構える。
 そんな二人を見て、セシリーは妖艶な笑みを浮かべた。棘の鞭をゼラへ振り落とす。
鞭は"ピシャリ"とゼラの赤い鎧を打つが、彼女の疾駆は止まらない。

「そんな鞭、痛くも痒くもないっす!」
「ふふ……そうかしら?」
「っ!? ぬわっ!?」

 突然ゼラはのけ反り、うつ伏せに倒れ込んだ。
 真紅の鎧が徐々に灰色へ染まってゆく。表面はざらつき、まるで"石"のように変化してゆく。
 ゼラは必死に立ち上がろうと地面へ手をついた。しかし、ビムガンの腕力を持ってしても、起き上がることは叶わなかった。

「あはは! 無様ね!」
「アクアショットランス!」

 高笑いを上げていたセシリーへ、ビギナは水の大槍を放つ。
しかし水の大槍はセシリーが棘の鞭で一薙ぎしたただけで、いとも簡単に霧散する。

「私は植物の魔物。あなたは水属性を得意とする魔法使い。相性が最悪ってのは分かっているわよね?」
「くっ……相性なんて超えて見せます! あなたには負けません!」

 ビギナは錫杖の内側にしこんだ刺突剣を抜き、セシリーへ突き出した。
 セシリーの持つ棘の鞭がピンと伸び、まるで"フルーレ"のように変化する。

 刹那、柄の錫がジャラジャラと金音を鳴らした。

「あっ……!」

 棘のフルーレはビギナの手から刺突剣を弾き飛ばした。
更にセシリーはにやりと笑みを浮かべて、驚愕するビギナへもう一歩踏みむ。。


「突剣技(フェンシング)は貴族の嗜みよ? 平民のあなたが敵うと思って!?」
「――ッ!?」

 フルーレの先端が、ビギナの左肩を貫いた。
血が滲みだす代わりに、傷口が灰色に変色し、ざらつきを見せ始める。
ビギナは変化してゆく右肩の重さに耐えかね膝を突いた。

「せ、石化状態異常……? どうして植物系魔物がこの力を……?」
「今回だけは命助けてあげる。だからもう二度と樹海(ここ)へ来るんじゃないわよ。たとえ、クルスが貴方のことを受け入れていようとも!」
「ビギナっ!」

 クルスは靴底で急制動をかけ、徐々に石化してゆくビギナへ駆け寄ろうとする。
しかし素早く回り込んだ フェアが行手を塞いだ。

「行かせません!」
「ちっ! そこを退け、、フェア!」
「ならば私を退けよ! お嬢様! こちらはお任せを! 早急にロナを!」

 フェアと睨み合うクルスの視界の隅。そこではすでに、セシリーの棘の鞭と、ロナの無数の蔓との激しい応酬が開始されていた。

「セシリー!」
「ロナぁぁぁ!!」

 ロナは数えきれない程の蔓を生やし、セシリーを狙う。セシリーは棘の鞭で、ロナの蔓を跳ね除ける。
セシリーの鞭で打たれた蔓はすぐさま石化し、自らの重みで地面へ落ちて粉々に砕けちる。
さすがのロナにも焦りが伺えた。

「その能力、先日の王地龍(キングワーム)から奪ったものですね!?」
「ええ、そうよ! 今の私はかつての私ではないのよ! 覚悟なさいアルラウネ!」
「きゃっ!!」

 セシリーは袖から数えきれない程の"棘のついた種"をロナへ放った。
種はロナの蔓を切り裂き、彼女をその場へ釘続ける。
そしてセシリーの鞭が、ロナの腕へ巻きついた。

「さぁ、覚悟なさい! あなたは樹海の耳目! 樹海を人間から守るための要! そんなあなたを手放してなるものですか!」
「こ、これは……!?」

 突然、鞭で拘束されたロナの腕に赤い花が咲いた。それはセシリーの頭に咲くものと、大きさは違えど、同じものだった。

「さようならロナ。あなたと過ごせた日々、忘れないわ……」
「っ……あああ!!」
「ロナあぁぁぁ!!」

 ロナとクルスの悲鳴が重なり、響き渡る。やがて、ロナは無数の赤い花に浸食された。
 ロナを覆い尽くした赤い花はすぐさま枯れ果て、新たな芽を出し、蔓を伸ばし、また花を咲かせる。
ラフレシアの花は眠りと目覚めを繰り返して成長を続け、ふくらみ、そして伸びてゆく。

「ね、ねえ様……? セシリーは、ねえ様に、何をしたのだ……?」

 ベラはロナを呑み込み、成長を続ける“巨大ラフレシア”を茫然と見上げて、ぺたりと座り込む。
そんなベラの前へ、セシリーが立った。

「アルラウネは樹海に必要な存在よ。だから、もう外へ出たいとかばかなことを言わないようにしただけよ。死んではいないから安心して」

 セシリーは優しげな笑みを浮かべながら、ベラへ手を差し出した。

「ベラ、一緒に来て。そしてこれからは、新しい姿となったロナとみんなと一緒に、樹海を守りましょう?」
「……」
「ベラ?」
「わからないのだぁ……セシリー、お前が言ってることも、何をやっているのかもわからないのだぁ……! ねえ様はどこに行ったのだぁ……! ねえ様を返すのだぁ……!」
「……ごめんね。だったら一緒にしてあげるわ。もう二度と、ベラとロナが離れ離れにならないように……」

 セシリーは静かに、棘の鞭で地面を叩く。
 頭を抱えて蹲るベラの背後へ、巨大ラフレシアの蔓が迫った。

「ぬわぁぁぁぁ!!」

 気合の籠もった声が響き渡った。ゼラは気合で起き上がり駆け出す。そして、蹲るベラを脇に抱えて、茂みの中へ飛び込んだ。

「せ、先輩! 私たちも!」

 右腕が石化したビギナは、残った左腕で必死にクルスを揺さぶっていた。

「ロナ……? なんだよ、これ……? ロナは……?」

 しかしビギナの声はクルスに届いていなかった。

 美しく愛らしいアルラウネの姿はすでに目の前になかった。あるのは醜く肥大化し、成長を続ける不気味な植物があるだけ。

「ビギッち、転送(テレポート)頼むっす!」

 ベラを抱えたゼラの言葉を受け、ビギナは左手で錫杖を夕闇へ突き上げた。
唇が高速詠唱を紡ぎ出す。

「転送(テレポート)!」

 ビギナの鍵たる言葉が四人を青白い輝きで包み込む。
 周囲の風景が歪み、そして溶けてゆく。

「……」

 そして少し寂しそうなセシリーの顔がみえた頃、クルスたちはその場から消え去るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。

つくも
ファンタジー
主人公——臼井影人(うすいかげと)は勉強も運動もできない、影の薄いどこにでもいる普通の高校生である。 そんな彼は、裏庭の掃除をしていた時に、影人とは対照的で、勉強もスポーツもできる上に生徒会長もしている——日向勇人(ひなたはやと)の勇者召喚に巻き込まれてしまった。 勇人は異世界に旅立つより前に、女神からチートスキルを付与される。そして、異世界に召喚されるのであった。 始まりの国。エスティーゼ王国で目覚める二人。当然のように、勇者ではなくモブキャラでしかない影人は用無しという事で、王国を追い出された。 だが、ステータスを開いた時に影人は気づいてしまう。影人が勇者が貰うはずだったチートスキルを全て貰い受けている事に。 これは勇者が貰うはずだったチートスキルを手違いで貰い受けたモブキャラが、世界を救う英雄譚である。 ※他サイトでも公開

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

魔力ゼロの天才、魔法学園に通う下級貴族に転生し無双する

黄舞
ファンタジー
 魔法に誰よりも強い憧れを持ち、人生の全てを魔法のために費やした男がいた。  しかし彼は魔法の源である魔力を持たず、ついに魔法を使うことができずに死んだ。  強い未練を残した彼は魂のまま世界を彷徨い、やがていじめにより自死を選んだ貴族の少年フィリオの身体を得る。  魔法を使えるようになったことを喜ぶ男はフィリオとして振舞いながら、自ら構築した魔法理論の探究に精を出していた。  生前のフィリオをいじめていた貴族たちや、自ら首を突っ込んでいく厄介ごとをものともせず。 ☆ お気に入り登録していただけると、更新の通知があり便利です。 作者のモチベーションにもつながりますので、アカウントお持ちの方はお気軽にお気に入り登録していただけるとありがたいです。 よろしくお願いします。 タイトル変えました。 元のタイトル 「魔法理論を極めし無能者〜魔力ゼロだが死んでも魔法の研究を続けた俺が、貴族が通う魔導学園の劣等生に転生したので、今度こそ魔法を極めます」

処理中です...