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【四章:冬の樹海と各々の想い】

お願い(*ロナ視点)

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 ロナがクルスへ「前に訪れた丘へ行きませんか?」という提案したのは、曇天が空を覆う、あまり気分が良い日ではなかった。
 クルスは後日でも良いだろうと告げるが、彼女は必死に説得し続ける。やがて根負けしたクルスは了承してくれた。
ロナは自らの分身である"ちびロナ"を発生させ、少し困惑気味のクルスと共に、夏頃初めてセシリーたちと出会った丘を訪れたのだった。

「夏に比べて少し寂しいな……」

 クルスは丘の上で、白い息を吐き出しながら、そう言った。
 冬といえど、樹海に緑は存在するが、曇天と冷たい空気の影響で、寒々しい様子だった。
生命力に乏しく、まるで死んでいるように眠っている今こそが、冬の緑の世界の真実だった。

「クルスしゃん」
「ん?」
「あの山の向こうには、何があるんでしゅか?」

 ロナが努めて明るくそう聞くと、山の向こうには"海"というものがあると教えてくれた。

「泉よりも大きな、なんていうか、水たまりだ。全ての命は海から生まれた、とも言われている」
「へぇ! それじゃあ私たちもでしゅか?」
「ん? そうか、たしかに……」
「ではあっちには何が?」

 今度は曇天に隠れた稜線の向こうを指し示す。
 ロナの問いにクルスは、彼女が見聞きしたことのない、たくさんの土地の話を聞かせてくれた。

 彼の話を聞いて、ロナの中で想像が膨らみ続けた。

 もしもアルビオンという大きな町へ行けたなら、どんな楽しいことが待っているのだろうか。

 迷宮(ダンジョン)というところは彼の仕事場で、危険がたくさん潜んでいるらしいが、一緒に行けば今以上に役に立てるのではないか。

 なによりも興味を惹かれたのは、"海"という、大きな水たまりのことだった。
 あらゆる生命が誕生したと言われる、母なる土地らしい。あらゆるものとなれば、人間も、動物も、魔物も全ては海から生じたということになる。
 ならば元を辿れば、人間のクルスも、魔物のロナも同じ存在であるということができる。

 彼と同じ。そのことはロナへ大きな喜びを呼び起こす。

(海をみてみたい……)

 ロナの中で、彼はよく知っているが、自分にとっては未知の、数多の土地のことが膨らみ続けた。 

 昨晩、決意を固めた。決意が薄れないように、なるべく速く、という気持ちで今日は無理やりここへ連れてきてもらった。
さっきまでの話は、決意を告げるための、口と気持ちの準備運動のつもりだった。
だけどこうして外の話が聞け、心が躍り、胸の中にあった最後のつっかえが取れたような気がした。

 もはや彼のためだけの決断ではなかった。これから話すことは自分自身の夢にもなっていた。

「クルスさん、一つお願いがありましゅ」
「……なんだ?」

 彼は肩をわずかに震わせた。決してこちらをみようとはしてこない。きっと何かを察しているに違いない。
ここで言葉を切れば、無かったことにできる――強く決意をしたはずなのに、そんな考えが頭をよぎった。
でもきっとこれは、生き物に存在する、"生存本能"がそうさせているのだと思った。
しかし今はその本能に打ち勝ち、夢を告げるとき。

それが彼のためでもあり、そして彼女(ロナ)のためでもある。

「私を……私を外の世界へ連れってくだしゃいっ!」
「外の世界へ? それはどういう……?」
「しょのまんまんの意味でしゅ! 私は樹海からクルスしゃんと一緒に外へ出たい! あなたと一緒に海や、色んなところがみたいんでしゅ!」
「できるのか? そんなことが? だって君は、樹海に根を張っているんだろ?」
「だから私を、抜いてくだしゃい! 私を一緒に外の世界へ連れてってくだしゃい!」

 さすがのクルスも、ロナがとんでもないことを言い題しているのだと察したらしく、言葉に困っている様子だった。

「仮にだ、君を樹海から抜いたとしよう。それで大丈夫なのか?」

「しょ、しょれは……今まで通り、とはいきましぇん……。私は樹海の殆どへ根を張って、そこから少しずつ命を分けてもらっていましゅ。だから根を張った私は、殺しゃれない限り、永遠に生き続けましゅ。だけど、根を無くしゅということは、有限の命になること、でしゅ……」
「……」
「で、でも! 無限が有限になるだけで、しょんな簡単に死んだりとかしましぇん! 永遠だったのが、多分、クルスしゃんと同じくらいになるだけでしゅ! だから安心を……!」
「駄目だ。認められない」

 これまで聞いたことも無いクルスの冷たい声に、ロナは背筋を凍らせる。怒りや、悲しみや、困惑ーーまるで出会ったときのような、彼の雰囲気に、気圧される。

「お願いでしゅ、クルスしゃん! 私は樹海からあなたと一緒に出たい! あなたとここ以外の景色を、思い出をみしぇてくだしゃい!」

 自分の夢のためでもあり、なによりも彼のためでもある。ロナはそう強く思いつつ、必死にクルスへ縋り付く。
それでも彼は決してロナの目をみようとはしない。

「命をかけるほど、外の世界は楽しいものじゃない。それはかつての俺の姿を見てわかっているだろ?」

 クルスはロナを振り解き、1人丘を降り始めた。明かな否定だった。
 しかしこの程度で引き下がるほど、ロナの想いは弱くはなかった。

(絶対に諦めない……必ず、私はクルスさんと外の世界へ……!)
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