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【四章:冬の樹海と各々の想い】
喜びと罪悪感の狭間で(*ロナ視点)
しおりを挟む数日が経ち、樹海の寒さは一層厳しさを増していた。しかし今日ばかりは、季節外れの暖かい風が樹海へ流れ込んでいた。
厳しい冬の季節の間に生じた、春のような暖かさだった。
今日ならば、彼の気持ちも解れていて、話をするのは丁度良い機会かもしれない。
ロナは暖かい風を感じつつ、静かに彼の帰りを待ち続ける。
そうしてしばらく経つと、仕留めたワイルドボワを抱えてクルスが戻ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさい。ずいぶん立派なのを捕まえてきましたね?」
「こいつで燻製を、いつでも食べられる保存食というものを作ろと思ってな。出来上がったらロナにも分ける」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
彼はワイルドボワを下ろした。すぐに作業に取りかかりたいのか、腰の短剣へ手を回している。
作業が始まるその前に――
「あ、あの! 少しお話が……」
彼は振り返った。表情がいささか硬い。少し気を張っているのだと思った。
もしくは今のロナから"何か"を感じ取って、身構えているのかもしれない。
やはり彼に隠しごとはできないと感じた。
「どうかしたか? 何か困ったことでもあったか?」
「えっと、ですね……冬は植物にとってどんな季節だと思いますか?」
「休眠期だと思うが、それが何か?」
「それ、私たちも一緒なんです。さすがに完全に活動を停止しませんが、それでも低活動期といって動かない時間の方が多くなるんです」
「なるほど。ここ最近、ベラやセシリーの姿をみないのはその影響なんだな?」
「は、はい!」
「勉強になった。ありがとう」
彼は意図的なのか、言葉を切った。空気は暖かいのに、冷たさを感じさせる間が流れた。
彼はロナへ少し微笑みかけると、作業へ戻ろうとする。
「そ、それは私も同じなんです!」
意を決して放ったロナの言葉に、彼の大きな背中がビクンと震えた。
「まだ暖かい日が多いから大丈夫ですけど、これ以上寒くなったら私も低活動期に入ってしまうんです! クルスさんと今のようにたくさんお話をしたり、一緒に食事したり、もしも人間が襲ってきても戦えません!」
「そうなのか」
「はい! きっと寂しい思いとか、心配などをたくさんさせてしまうと思うんです。だから……!」
「だから?」
「だから、えっと……」
胸に生じた痛みが、言葉を濁してしまった。この機会に、樹海の外へ出てはどうか。再び人の間で営みを送ってみては――本当はそう告げたかった。
きっと今の彼ならば必要としてくれる人がいるはず。再び、人の中で暮らしても、今度こそは幸せになれるはず。
そうなれば、彼はもう二度と樹海には帰ってこないかもしれない。
人の中で今よりも更に幸せになって欲しいという気持ち。反面、彼がもう二度とここへ戻ってこないのではないかという寂しさ。
再び二つの思いの中でロナは葛藤をし、そのため言葉が続かなかった。
「開けない冬なんてない」
彼はそう呟いて、ロナの目を見た。ロナの胸の奥が大きく鳴り響く。
「でも必ず春は来る。冬などほんの一瞬だ。多少、ロナと話せなくなるくらい我慢してみせるさ」
「……」
「だからそう気負わないでくれ。俺は君が目覚めるのを待っている。片時も離れず、ここで。ずっとな」
「クルスさん……」
彼の強い気持ちが胸を打った。こう言い切られてしまっては、もはやロナには立つ瀬がなかった。
彼は本当に心優しい。そして魔物である自分を、人間の女性のように強く愛してくれている。
「こう思えるようになったのもロナ、君のおかげだ。君が俺にとっての春だ。俺はこれからもずっと、君のことを樹海(ここ)で大切にして行きたい。守り続けたい。命ある限りな」
その日の話はここでお終いとなってしまった。
翌日からクルスは、どこからか木の棒や、藁を持ってきて、寝床にしているハンモックを中心として、何かの作業を始める。
どうやら彼はこの場に暖を取れる"小屋"を作るつもりらしい。
待ってくれることに対してはありがたさは感じた。嬉しさもあった。しかし同時に、より彼をこの場へ縛ってしまうという罪悪感があった。
(私はどうすれば……)
ロナは一人でいる時、これからのことを考えて、頭を悩ませる日々を送る。
そんなある日のことだった。その日はクルスが、少し遠くへ小屋の材木を取りにゆくと告げた日だった。
木々の向こうから、綺麗な金音が聞こえてきた。
ふわりと嗅いだ覚えのある"人間"の匂いがロナの鼻をくすぐる。
「見つけました」
「あなたは……」
木々の間から姿を見せたのは、赤い瞳に銀の長い髪。
少し尖った耳の錫杖を持った小柄の"魔法使い"
「今秋、危ないところ助けて頂き、ありがとうございました。そして、名前を告げなかったことを謝ります」
「……」
「改めて挨拶をします。私はビギナ。クルスさんの後輩です」
魔法使いのビギナ――人間の世界でロナと同等か、もしくはそれ以上に彼を愛している少女。
彼女から感じる、清らかだが冷たい水の雰囲気に、ロナは息を飲む。
「ウ、ウチはゼラって言います! ビギッち……じゃなくて、ビギナの相棒のビムガンっす!」
ビギナの隣にいた体よりも大きな剣を持った異種属の女戦士は、辿々しく挨拶をする。
ロナが魔物だからなのか、警戒しているようだった。
「お会いしたかったです、アルラウネさん。少しお話をしませんか?」
しかしビギナはロナに臆することなくそう言い、笑顔を浮かべた。
ロナは身構え、地面から密かに蔓を生やし始めた。
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