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【三章:羊狩りと魔法学院の一年生たち】

おわかれ

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「リンカ、これを」

 回復薬を飲んで体力を取り戻したリンカへ、クルスは真白な牙の先端を渡す。

「これは?」
「キングワームの牙の先だ。一応拾っておいた。これを討伐の証にするといい」
「えっ、でも……キングワームは私たちだけで倒したわけじゃ……」
「君たちの超級魔法が止めだったんだ。それに君たちはきちんとハインゴックも倒している。ちゃんと討伐していると俺は思う」

 クルスはリンカへきちんとキングワームの牙を握らせた。
 リンカは今度こそちゃんと牙の先端を握ってくれた。

「ではここで君たちの冒険者実習を終了とする! よく頑張ったな。特にリンカ、君は大きく成長した。この実習での経験を忘れず、素晴らしい魔法使いになってくれ!」
「はい! ありがとうございました! お世話になりました!」
「あのー! サリス様も頑張ったんですけどぉ!」

 行儀良くお辞儀をしていたリンカの横で、サリスは不満げに頬を膨らませていた。

「サリスもよく頑張ったな。君の力は類稀なるものだと思う。その才能をこれからも伸ばしていってほしい。だが、もう少し周りを見たり、言うことをちゃんと聞くよう心がけてだがな」
「えー、最後にお小言? そういうの嫌なんですけどぉー」
「こらサリス! クルスさんはアンタのそういうところを直しなさいっていってくれてるんだよ!? 本当、最後まで失礼ですみません……」

 オーキスはサリスの代わりに謝罪した。

「これからも気苦労が絶えないな」
「そうですね……でも、頑張ります! あたしはあたしができることを精一杯これからも! だけど自分のペースで!」
「最後にその言葉をかけようと思っていたのだが……」
「ふふ。それだけクルスさんのお説教が響いたってことですよ! ありがとうございました!」
「あら? クルスさん、怒ったんですか? 珍しいですね?」

 にゅるりとロナが寄ってきて笑顔を浮かべた。

「たまにはな」
「怒られないように気を付けないと。普段怒らない人が怒ると怖いですからね」
「こちらで怒るのはもっぱらフェアの役割だからな」
「そ、そんなに私怒っておりますか!?」

 フェアは赤い傘の下で頬を真っ赤に染めながら狼狽し、

「フェアって怒ってばっかりだもん。ね、ベラ?」
「そうなのだ! 鬼なのだー!」

 セシリーとベラはケラケラと笑い出す。

「あの、先輩……」

 弛緩した空気の中、ビギナだけは石化したゼラの腕へ"状態異常回復魔法"をかけながら、不安げな視線をクルスへ送っていた。

「あの時、フォーミュラから助けてくれたのは先輩だったんですね……」
「……ああ」
「先輩はずっとここに?」

 ビギナは不安げな視線を寄せてくる。
彼女に求められていることが、視線から痛いほど伝わってくる。先日、ゼラからも、もう二度とビギナと離れないよう釘を刺された。
ずっとそのことに対して答えを先延ばしにしていた。正直なところ迷っていた。

 しかし今、隣からはどんな状況であろうとも心を和ませてくれる、大事な人の匂いが香ってきている。
答えを迷うことはなかった。

「俺はここの住人だ。今も、そしてこれからも。ここが俺の選んだ世界で、もう戻る気はない」
「……」

 ビギナは顔をうつむかせたまま、うんともすんとも答えない。
どんよりとした空気が垂れ込め、さすがに居心地の悪さを感じる。

「ビギナ、ゼラ、リンカたちのことを頼む」
「先輩!」
「まってくださいっすクルス先輩! ビギッちウチの腕のことなんて後でいいっすから!」

 ビギナとゼラの悲痛な声が踵を返したクルスへ突き刺さる。
すると間にフェアが割って入った。

「カハッ!!」

 フェアの吐き出したのは一瞬、相手の視界を遮る煙幕胞子だった。
 ビギナたちの咽びを耳にしつつ、クルスはロナと共に歩き出す。

「クルスさん、これで良かったのですか……?」

 道ゆく中、ロナが聞いてくる。

「良いんだ、これで。俺はこれからも君や仲間たちと一緒にいたい」
「ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「……あなたはきっと人の世界でも立派に生きて行けるはずです……」
「前向きになれたのも、ロナ、君が傍に居てくれたからだ」
「えっ?」
「ロナがいて、ベラやセシリー、そしてフェアがいる。俺はこの生活を手放す気はない。これからもどうかよろしく頼む」
「クルスさん……」

 クルスはロナの手を取った。ロナも最初は躊躇いがちだったものの、最後はしっかり手を握り返してきてくれた。

 日が沈み、樹海へ夜の静寂に包まれる中、クルスはロナと共に歩み続けるのだった。



⚫️⚫️⚫️


 数日後――

 リンカをリーダーとする冒険者実習のチームは、当初の予定を外しながらも、キングワーム討伐という偉業を成し遂げたことで、好成績を収める。同時にメンバーだったオーキスも、元々期待されていたサリスへも更に学院から注目が集まり始めた。

 学院創設以来の、稀代の魔法使い候補。特に学院一年生にして超級魔法の発動を主導したリンカ=ラビアンの噂は、聖王キングジムの耳へも入り、彼女を注視すべきとの勅令が発せられる。
 故にリンカへは密かにガードがつき、彼女に対する学院での、一切の悪事が根絶されてゆく。

 そんな稀代の魔法使いとして将来を期待されているリンカだったが、実習から戻ってからというもの、ずっとぼんやりとした日々を送っていた。

 頭に強く残ったクルスという名の、遙か年上の冒険者の男性。同級生の男の子とは圧倒的に違う彼の立ち振る舞いなどを思いだすと、胸の奥がわずかに高鳴る。

 もっとも、この感情の意味をリンカが理解するのは、ずっと先の別のお話。
クルスでは無い"彼"――ロイドと出会った時である。

「ねぇ、オーキス」
「なに?」
「また行ってみようね。樹海に……」
「そうだね。またみんなで行こうね」
「うん!」
「あー! リンカとオーキスはっけーん!! 授賞式始まるよ!? はやくはやく!! サリス様の晴れ舞台なんだから!」
「サリスだけ、じゃなくて、みんなでしょうがまったく……リンカ、行こ?」

 オーキスとサリスがいれば、きっとこれからも楽しい学園生活が送れる。
リンカはそう思いながら、オーキスと共に教室を出てゆくのだった。
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