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【三章:羊狩りと魔法学院の一年生たち】

ゼラからのお願い

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「討伐対象の変更に関してだけど、私はハインゴックがいいと思うんだ」
「ハインゴックっすか。アイツだったら南西の滝壺あたりで見かけたっすね」
「本当? ゼラ、行き方わかる?」
「任せろっす!」

 ビギナとゼラは魔法学院の一年生達と共に、冒険者自習の変更案をまとめていた。
 クルスが手伝うよりも、学院の卒業生であるビギナの方が効率よく話がまとめられると思ったからだった。

「あ、あの! ハインゴックって泥巨人(マッドジン)よりも危険度が一つ上、なんですよね? 危ないんじゃ……」

 リンカは俯いて、怯えた様子を見せた。

「怖い?」
「はい……」

 ハインゴックとは危険度Cとされる、青い甲羅をもつ巨大な蟹型の魔物だった。
 鉄鋏(アイアンシザー)は場合によっては地龍(ワーム)の首を跳ね、人間が作った金属の装備さえもいとも簡単に両断する。

「なにリンカびびってんの? ハインゴックなんてよゆーだよ! この最強のサリス様がアタッカーとしてぶっぱするもねぇー!」
「たしかにハインゴックの甲羅は硬いし、鉄鋏は強力だけど、逆にそれしかないよ? それにリンカはあたしがディフェンダーとしてぜったいに守るから安心して!」
「2人はこう言ってるけど、どうする? リーダーはリンカさんなんだから決めて?」

 責めるわけでも、甘やかすわけでもないビギナの冷静な問いに、リンカはやがて首を小さく縦に振ったのだった。

(ビギナ、いい顔をする様になったな)

 離れたところから、ビギナを見て、クルスはそう思った。
 かつて一緒にハインゴックを狩ろうとしていた際に、怯えて腰を抜かしていたビギナとは大違いだった。
それだけ彼女が冒険者として成長し、自信をつけたのだと思った。
しかし今浮かべている柔らかな表情は自信だけではないように思う。

 正直なところ、ここまでビギナへは学院の金の問題や、勇者パーティーでの一件など、あまりよくないことばかりは降りかかっていて、どこか疲れた顔をしていることが多かった。

 しかし今の顔の表情はどこか明るく、肩から前以上に力が抜けているように見える。

「ゼラ! もっと丁寧に線を引いてよ! それじゃ道か川かリンカさん達がわかんないよ!?」
「あはは、めんごめんごっす。まぁ、後できちんと清書を……うひゃ!?」
「もう、ゼラはいい加減なんだからぁ!」
「だ、大丈夫っす! 戦いはこれから……あひゃっ!?」
「だからゼラはぁ!!」

 もしかすると"ゼラ"との出会いが、ビギナを大きく変えたのかもしれない。
 と、遠目でビギナにこっぴどく叱られただろうゼラは、トボトボとクルスの下へやってくる。

「だいぶやられらたな?」
「全くっす。ビギッちはウチに手厳しいっす……」

 ゼラはそういうも、言葉にトゲは感じられなかった。
ゼラもゼラとてビギナとの関係性を楽しんでいるように感じられた。

「どうだビギナとのコンビは?」
「最高っすね。正直!」
「そうか」
「まぁ、こんなこというとビギッち顔真っ赤にしてスペック落ちちまうっすから、言わないようにしてるっすけどね」
「ビギナは少し照れ屋なところがあるからな」
「そっすね。んまぁ、そこが可愛くて仕方ないとこっすけど」
「良いところでもあり、悪いところでもあるな」
「まっ、そこはウチがフォローしたりしてるっす。持ちつ持たれつってやつっすよ。なんて!」

 ゼラが側にいれば、ビギナはこれからも大丈夫。ずっと笑顔でいてくれるはず。クルスはそう思った。

「ゼラ」
「なんすか?」
「ビギナとコンビを組んでくれてありがとう。あの子を見守ってっきた者として礼を言う。そして願うならば、これからもビギナと一緒にいてくれると嬉しい」
「そりゃ勿論っすよ! だけど、それはクルス先輩もっすよ?」
「俺が?」
「そうっす。ビギッち一生懸命、クルス先輩のこと探してたっす。そりゃもう何度も危ない目に遭いながら、それでも探してたっす」
「……」
「だからもう絶対にビギッちから離れちゃだめっすよ? もしそんなことをしたらいくらクルス先輩でもウチがぶっ飛ばしてやるっす!」

 クルスはどう答えて良いかわからず閉口した。
 今、彼は樹海の住人と共にある。そしてこれからもそうあろうと誓った。ビギナの側にいるということは、人間の世界に戻るとことでもある。それはロナ達と別れることに他ならない。

 ビギナは放って置けない。しかし、ロナとも別れたくはない。

「クルス先輩? どうしたっすか?」
「いや……」
「ゼラー! 筆記用具持ってるー?」

 向こうからビギナがゼラを呼ぶ。
 ゼラはひょいと立ち上がった。

「まぁ、そう重く考えないで欲しいっす。なにもビギッちの全部を見てほしいなんて言わんっす。基本はこの親友であるゼラが面倒みるっすから!」
「ちょっとゼラー! 聞いてるー?」
「はいはいっす! 今行くっすよ! クルス先輩、くれぐれも宜しくっす」

 そう言い置いて、ゼラはビギナへ駆けていった。

 ロナか、ビギナか。簡単には答えが出せないとクルスは思うのだった。

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