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【三章:羊狩りと魔法学院の一年生たち】

再会

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「君たちを樹海の外まで案内しようと思う。半日もかからないとは思うがどうだろうか」

 翌日の早朝、クルスはすでに起きていたオーキス、サリス、リンカへそう提案する。
 正直なところ、彼が彼女達にしてあげられることは、これぐらいしか思い浮かばなかったのである。

「しかたないよね……オーキス、そうしてもらおう?」
「そーそー。とりあえずここを出ないと始まんないしねー」

 ややあってオーキスが顔を上げる。やはりこの話題になると表情は暗い。

「それしかないよね……クルスさん、お手数をおかけしますがお願いできますか?」

 こうしてクルスは魔法学院の一年生達を樹海の外まで送り届けることとなった。
 
(他に何か、俺にできることはないものか……)

 オーキスの様子から察するに、この状況は彼女達にとって大きな痛手であるのは間違いない。
 ビギナから聞いた話では、魔法学院はたしかに有力者の子息が多く在籍していると聞く。しかし学院のカリキュラム自体は非常に厳しく、ウカウカしていれば簡単に落第し、学籍を抹消されてしまうらしい。
 そんな状況に意図せずとはいえ立ち会ってしまった。送り届ける以外のことができるなら、将来有望な彼女達のためになにかをしたい。だけども、じゃあなにをすれば良いかがわからない。

 クルスは悶々としつつ、ならば少しでも早く樹海から出してあげたい、と思いつつ、後に続く彼女たちを気にかけながら、なるべく早足で先を急ぐ。
 やがて半分の行程を踏破した頃、クルスは静止の合図を出した。

「何かが来る。気を付けろ」

 三人は真剣なクルスの声に気圧され、立ち止まり、身構えた。

(できるだけ遭遇戦(エンカウント)は避けたかったが……)

 ならば戦いは早々に終わらせるべきと思い、腰の雑嚢から麻痺たけを取り出して口へ放り込み、自分の血へ麻痺毒を仕込み込ませた。
 敵はもう近い。
 矢筒から矢を抜き、鏃へ人差し指で麻痺毒を染み込ませた自分の血を塗る。
そしてほんの少し間を置き、弓に矢を番え、クルスは立ち上がった。

「やっぱり……この匂いは先輩だったんですね!!」
「ビ、ビギナ!? どうして君が……ッ!?」

 不意に身体へ柔らかで、しかし強い感触がやってきた。
 いきなり木々の間から現れたビギナはクルスの背に両の手を回ししている。
目下には銀髪のみが映り、彼女の存在を感じさせる匂いが、これまでに無いほど近くに感じられた。

「良かった、また会えて……本当に……本当に……ずっと探してました。先輩のことを……ひっく!」

 細かく理由の聞くのは野暮だと思った。たとえ前以上に場所が、時間が離れてしまったとしても、
不思議と彼女の気持ちが分かったような気がした。

「もしかして、俺のことを探してくれていたのか……?」

 恐る恐るそう聞くと、ビギナは胸の中で何度も頭を縦に振った。

 人間の世界では、もはや天涯孤独と思っていた。人間の世界では誰にも存在を求められていないのだと思っていた。
しかしその考えはクルスの勝手な思い込みに過ぎなかったのだと、この状況になって強く感じた。
今でもクルスはビギナの中に存在している。クルスという名の人間として存在することを許されている。
誰かに必要とされることがどんなに尊く、そして嬉しいことか。

「ありがとう。探してくれて。心配をかけてすまなかった……」
「本当です。先輩はどれだけ私を泣かせれば気が済むんですか?」
「う、むうぅ……すまない」
「もう離れません。離しません。空は繋がっている筈なのに、先輩が遠くに感じるのはもうこりごりですっ!」
「……そうか」
「……あの、先輩」

 クルスの腹の辺りに顔を埋めたいたビギナが顔を上げた。
 目は涙を流したのか瞼が真っ赤に腫れあがっている。しかし彼女のもつ、真紅の瞳は、まるで強大な敵に戦う時のように強い気配を帯びていた。

「ど、どうかしたか?」
「お、お話があります……」
「話?」
「しっかりと聞いてください……なんで私が先輩のことを探していたか、それは……!」
「う、うわぁっ!?」

 突然、茂みの中からサリスが飛び出してきた。
続いてあわてふためくオーキスとリンカが同じく姿を見せる。

「ひっどい! なんで押すのー!? いま、超いいところだったじゃん!!」
「ご、ごめん! あの、その、えっと!」

 突然飛び出してきたサリスは唇を尖らせ、オーキスは凄く申し訳なさそうに謝罪をする。

「良いところだったの……?」

 次いで現れたリンカは首を傾げていた。

「あちゃー……これ予想外展開っすねー」

 更に茂みの中から現れた、長い犬耳を持つ、重厚な赤い鎧を装備した少女に見覚えがあった。

「君は……ゼラか?」
「おお! 覚えててくれたっすか!? 感激っす! クルス先輩!」
「こちらこそだ。もしかしてビギナとコンビを?」
「はいっす! 今はとっても先輩想いで可愛いビギっちをウチが守ってるっす! ねっ、ビギっち?」

 ずっとクルスに抱きついたままだったビギナが、よろよろと離れる。

「ビギナ?」
「見られちゃったよぉー! 恥ずかしいよぉー! うぇーん!」

 蹲って、耳の先まで真っ赤に染めながら、叫びを上げたのだった。

「出てくるつもりはなかったんです! 邪魔してすみません! すみません!」

 真先にビギナへ駆け寄ったオーキスは必死に謝罪をする。
すると未だに顔が朱が抜け切っていないビギナが顔を上げる。

「あなた達、魔法学院の一年生ですよね? もしかして樹海(ここ)で冒険者実習を?」
「そのことは俺から話そう」

 クルスはこれまでの経緯をビギナへなるべく細かく話した。まさに渡りに船。学院の卒業生であるビギナならば、オーキスたちのためになる良いアイディアを出してくれるかもしれないと思った。
 ビギナは真剣に最後までクルスの話を聞く。そして全てを話し終えた頃、彼女は険しい表情を浮かべた。

「転移の失敗はまずいですね。幾つか問題がありますが、一番は先生方からの評価です。実はこの実習って、先生方がひっそりと遠視魔法で見守っているんです。そこで内容点が付けられてるんです」

「なるほど。結果だけではなく、過程もきちんと見られてるということだな?」

「はい。もちろん実習生達の安全確保のためもあります。だから転移先を間違ってしまうと、それ自体の減点と過程の点が付けられなくて、単位の取得が難しくなるんです。あと、インストラクターの冒険者の方もいて、その方からも評価をいただかなければなりません」

「なるほど、厄介だな。しかしそこをなんとかする手立ては無いか?」
「ふふっ……やっぱ先輩は先輩のままなんですね」
「?」
「困っている人がいたら手を差し伸べる。当事者じゃないのに、まるで自分のことのように真剣に考えてくれる。そんな先輩だから私は…………え、えっと! で、なんとかする方法ならありますっ!」

 ビギナの声に、魔法学院の一年生たちの表情が明るむ。

「単純な話です。ここから再計画して、実習をすれば良いんです! 昔、学院の先輩が同じような状況になったらしいんですけど、そこから計画を立て直して、成功させて単位を取れたと聞いたことがあります! 幸いここには魔法使いと冒険者がいるじゃないですか!」
「そうか! たしかに!」
「ねぇ、あなた達のクラスの担当はどの先生?」
「えっと、ワイアット=グリーン先生です」

 オーキスが答えた。

「オッケー。ワイアット先生なら知ってるから私から連絡しておくよ。実習中は私が遠視魔法でワイアット先生へ状況をみせるから大丈夫。冒険者としてのインストラクターはゼラと先輩が担当する。あとは計画を練り直して、実行する。これで成功させればなんとかなるはずだよ!」
「本当に良いんですか……? ご迷惑じゃ……」

 ありがたい提案なのは間違いないが、オーキスはやや戸惑い気味に聞いてくる。

「私は全然! ゼラも先輩もね?」
「ういっす! 喜んで力になるっす! ウチはゼラ! よろしっくす、ちびっ子達!」

 ゼラは間髪入れずにそう答え、

「俺で良ければ手伝わせてくれ!」
「と、私たちはやる気満々だけど、これでもこの提案困っちゃうかな?」

 ビギナは微笑んで、未だに表情の固かったオーキスの頭をなでる。

「困ったときは誰かに頼っても良いんだよ? それは悪いことじゃないんだからね?」
「……!」
「いーんじゃない? ねっ、リンカ?」
「そ、そうだよ! 私もサリスちゃんに賛成! やってもらおうよオーキス!」

 サリスもリンカの後押しを受けて、オーキスは顔を上げた。

「……わかりました。是非、お願いします! これからゼラさん、クルスさん、ビギナ先輩どうぞよろしくお願いいします」
「せ、先輩!?」

 さっきまでの頼り甲斐はどこへいったのやら。先輩と呼ばれたビギナは嬉はずかしと言った具合に顔を真っ赤にする。

「ほらほらビギっち先輩、後輩達が期待してますぜ!」
「ビギナ先輩、早速計画の再立案をお願いする」
「も、もう! ゼラも先輩もぉ!!」

 いつの間にかビギナは大きく成長していた。そのことが嬉しくてたまらない、クルスであった。
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