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【三章:羊狩りと魔法学院の一年生たち】

羊狩り

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「こ、こいつが、ベラの言っていた羊なのか……?」
「そうなのだ! コイツが今日の獲物なのだ!」

 岩の上に立ってベラはそう言い切った。
 確かに目下の谷底に羊はいる。確かにいるのだが――

「んめぇぇぇ――ッ!!」

 鳴き声が空気を震撼させて、更に砂煙まで巻き起こす。羊が歩くたびに地面が僅かに揺れた。
角は無いので、おそらく“子羊”なのだろう。しかしクルスの知っている子羊とはだいぶ様子が違う。

「随分と大きいな……?」
「そうか? この辺りの羊といえば、こいつなのだ! 仔羊だから“ゴッドラムゥ”なのだ!」
「なるほど。ちなみに成体は“ゴッドマトン”とかではないよな?」
「わわ! な、なんで分かったのだ!? クルスは超能力者か!?」

 羊肉の評価において、主にラムは永久歯が生える前の若い羊から取れた肉を差し、マトンはそれ以上を指す。それを元に、適当に言ってみたところ、当たってしまったらしい。

 やはり人間が知っていることなど、大自然の中ではほんの僅かなのだろう。現に、今クルスの周りにいるのは人でない魔物ばかりであることが良い証拠。

「よし、さっそくアイツを狩るのだ! アイツが樹海へ降りたらたくさんの木々を食べるから迷惑なのだ!」

 ベラは岩の上で二振りの短剣を抜いて、やる気に満ちていた。

「たしかにあれは樹海の脅威ね。排除しなきゃね。うふふ……準備は良いわね、フェア?」
「はっ! いつでも!」

 セシリーとフェアも各々の武器を持って準備万端。やる気満々。

「で、クルスどうするのだ?」

 と、ベラが聞いてきた。

「? 何故俺の指示を仰ぐ?」
「クルスの指示は的確なのだ! だからアイツを確実に狩れる指示を出すのだ!」
「ベラ、分かってるじゃない。なんってたって、クルスはこの私と樹海を守った英雄だからね!」
「私も賛成いたします。さっ、クルス殿、今回はどんな布陣で行くか?」

 どうやら皆、クルスの指示待ちらしい。頼られたのなら無碍にはできない。

「分かった。ならば僭越ながらまた指揮を執らせてもらう。少し、集まってくれないか?」

 岩場に生えた草をむしゃむしゃ食べるゴッドラムゥをしり目に、クルスたちは作戦会議を始めるのだった。


●●●


「カハっ!」
「んめぇー!?」

 フェアは麻痺胞子弾を吐き出し、それはゴッドラムにぶつかって弾けた。相手の図体が大きいので、予想通り麻痺効果は感じられず。しかしゴッドラムゥの注意を、足元のフェアへ引くことはできたらしい。

「どっせーい!」

 次いで密かに地中を進んで飛び出したベラが、巨大な子羊の尻を短剣で打ち据える。
“ガキン!”と鈍い金音のような音が辺りに響き渡る。どうやら鋼の刃さえも弾く、固い皮膚を持っているらしい。 

「んめぇっ――!」

 しかし驚いたゴッドラムゥはまっすぐと走り出す。

「うふふ、いらっしゃい子羊ちゃん。貴方に恨みはないけど、これもクルスになでなでしてもらうため……じゃなくて……樹海の生態系を守るためよ! 覚悟なさい!」」

 セシリーはゴッドラムゥの突進を跳躍して避けた。そして空中から手にした茨の鞭を振り落とす。

「んめぇっ!!」

 ぴしゃりと鞭が背中に見えた“コブ”を打ち、ゴッドラムゥは悲鳴を上げた。
 背中の肉質は柔らかいことが分かった。

「さぁ、かかってきなさい! またクルスになでなでして貰うのはこの私よっ!」

 セシリーは踊るようにゴッドラムゥの足元を動き回り、茨の鞭を打ち続ける。
僅かに羊毛は散るものの、目立ったダメージは見受けられない。しかし、巨大な子羊は、セシリーが相当うざったいのか、彼女に夢中になってういる。

「うんめぇっ!!」

 ひと際大きな鳴き声を上げて、ゴッドラムゥが前足を大きく上げた。セシリーは巨大な蹄の陰に覆われる。
しかし彼女は慌てた素振りを見せない。なぜならば、セシリーの目前の地面が僅かに盛り上がっていたからである。

「やって、ベラ!」
「おう! 耳を塞ぐのだ! どっせぇぇぇぇ――いっ!!」

 地中から飛び出たベラは得意のバインドボイスを放った。
ゴッドラムゥは瞬時に怯み、蹄の影がセシリーから大きく逸れる。

「はあっ!」

 後方からサーベルを構えたフェアが飛び出し、鋭い斬撃を放つ。鋼の刃は毛を切り裂き、更に初めて固いゴッドラムゥの皮膚へ傷をつけ、血を噴出させる。
 間髪入れずに、セシリーは袖を振りぬいて、鋭い刃のような棘が着いた種を撃ちだした。

「んめぇっっ!!」

 ゴッドラムゥは手ごたえのある鳴き声を上げた。

「良い攻撃よ、フェア」
「お嬢様もお見事です」
「この調子でいくわよ! ベラも!」
「おう! でもセシリーには負けないのだぁ!」
「んめぇっ!?」

 そんな三人の前で、ゴッドラムゥは肉質の柔らかい背中へ矢を受け仰け反る。
セリシー、フェア、ベラの三人も、すかさず迫撃を仕掛ける。

(この調子で!)

 クルスは谷の上からフェアが栽培した麻痺茸を齧り、身体へ麻痺毒を補給しなおす。そして指先から鏃へ自分を血を塗り込んで、再びゴッドラムゥの背中のコブへ目掛けて、矢を放つ。

まだ麻痺効果は見受けられない。しかし塵も積もればなんとやら。いずれは麻痺をして動けなくなるだろう。

 セシリー、ベラ、フェアの参院がが攻撃を仕掛けて相手を引き付ける。
 クルスは定期的にフェアのキノコをかじりながら麻痺毒を身体に付与して、背中のコブへ向けてへ矢を放つ。
弱点さえわかれば、いくら巨大な敵であろうとも撃破できる。

 単純な戦法で、即席ではあるもの、なかなか効果のある布陣が組めたのではないか。
 そんな中、散々攻撃を受けたゴッドラムゥから、陽炎のような揺らぎが見えた。

「めぇぇぇぇ!!」
「わわっ!!」

 セシリーは慌てて飛び退いた。それまで彼女が立っていたところへは、真っ赤な炎が駆け抜けている。
 火を吐きだしたのは、ゴッドラムゥ。

(火を吐く羊だと!? あれでは竜ではないか!!)

 無茶苦茶なのはわかっているが、火を吐きだしのは紛れもない事実。ならば、火に弱い“植物系魔物”の彼女達には脅威である。

「べ、ベラ! あんたこいつが火を噴くの知ってたの!?」
「おう! こいつ最近、火炎草ばっかりむしゃむしゃ食べてたからな! だからみんなを誘ったのだ! 僕だけじゃどうしようもないのだー!」
「そういうことは先に言いなさいよ、ばか!」
「お嬢様たち、危ない!!」

 迫るゴッドラムゥの火炎放射から逃れるべく、フェアはセシリーとベラをわきに抱えた飛んだ。

「んめぇぇぇ!!」

 形勢はあっという間に逆転。ゴッドラムゥは炎を吐きだしながら、三人を追い回す。もはや悠長に麻痺毒が効くのを待っている場合では無い。
 丁度タイミング良く、ゴッドラムゥはクルスが陣取る断崖に迫ってきている。

(やってみるか!)

 クルスは立ち上がり、断崖からやや距離を置いた。
 呼吸を整え、自分に“できる!”と言い聞かせる。
そして意を決して、地面を蹴った。

「クルス!? なにやっての!? バカじゃないのぉぉぉー!?」

 谷底からセシリーの絶叫が響く。その時既に、クルスは断崖から飛び降り、ゴッドラムゥの背中目掛けて飛んでいた。

「よしっ!」

 上手く、ゴッドラムゥの背中に飛びつけたので、ガッツポーズ。しかしすぐさま、コブの表面に見えた凹凸をしっかり掴んで身体を固定し、腰から短剣を抜く。

「おおおおっ!」
「んめぇぇぇーっ!?」

 勢いよくコブへ短剣を振り落とせば、ゴッドラムゥは悲鳴を上げた。
 ゴッドラムゥは巨体を踊るように激しく動かして、背中に乗ったクルスを振り落とそうとする。

 クルスは足を踏ん張って、コブ肉を更に強く掴んだ。振り落とされまいとしつつ、短剣で何度も弱点であるコブを突き続ける。
効果は抜群。危険な相手の背中の上ではあるが、弱点の集中攻撃はやはりかなり有効である。

(この方が早いか! あとは直接麻痺毒を!)

 クルスは自分の血の付いた矢を手に持った。
そして抉ったコブの中へ、手にした矢を直接叩き込む。

「んめぇぇぇぇぇ!
「――っ!?」

 刹那、身体がふわりと宙へ舞った。矢を突き刺すことに意識を向けすぎた結果だった。
このまま地面へ落ちてしまえば、そこでお終いなのだが、心は至って冷静。

 なぜなら脇から“棘の鞭”が伸び、彼の胴へぐるぐる巻きついてきたからである。
クルスは魚の一本釣りのように宙で弧を描いて、断崖の上へ背中から転がり落ちるのだった。

「す、すまんな、セシリー助かった……いつつ……」
「アンタバカでしょ!? 何危ないことしてるの!? いい歳してなに子供みたいに無謀なことしてるわけ!? 死にたいの!?」

 罵倒の中にも、心配がしっかりと感じられ、少し申し訳ない気持ちを抱くクルスなのだった。

「心配かけてすまなかった。しかし見てみろ」

 クルスが指さし、セシリーは断崖の下へ視線を向ける。

「め、めぇぇぇー……!」

 さっきの勢いはどこへ行ったのやら。ゴッドラムゥはブルブルと震えながら、僅かに動くだけ。
 どうやら“麻痺毒の蓄積”が必要量に達したらしい。

「さぁ、とどめと行くぞ! 付いて来い!」

 クルスは再び走り出して断崖からゴッドラムゥの背中へ飛び降りる。

「ああもう! フェア、ベラ、行くわよぉー!」

 セシリーはそう叫びつつも、断崖からゴッドラムゥの背中へと飛び移る。
 谷底にいたフェアとベラも飛び乗り、麻痺がかかった巨大な子羊の背中に四人が集った。
四人はそれぞれの武器を構える。

「ん、んめぇぇぇぇぇ――! めぇぇぇーー……っ!!」

 そして谷底にゴッドラムゥの悲痛な悲鳴が響き渡るのだった。


●●●


「とったぞぉーい!」

 ベラは綺麗に切り取った大きなこぶ肉を持ち上げながら、飛び降りた。

「ちょっと匂いはアレだけど、良い肌触りね。ふふ……」

 セシリーは心地よさそうに頬へ羊の毛を当てている。

「匂いは消しますのでご安心ください。お嬢様に良く似合う衣装を作ってご覧にいれましょう!」

 フェアは毛をサーベルで刈りつつ、そう宣言する。

(残りはどうしたものか……)

 クルスは狩りに成功し、ぐったりと倒れるゴッドラムゥの巨体を見上げつつ、そんなことを考えていた。

 毛はすべてを刈り取るには途方もない時間がかかりそうだった。解体をするにしてもこの大きさならば、鮮度を保つことは困難である。
 人間の冒険者ならばこの大きさを狩るのに十数人は必要なので、山分けも容易である。
ようするに今のクルスたちにとってはあまり余る素材だった。

 しかし狩りとり、命を頂くのだから、無駄にするわけには行かない。

 と、その時、つま先が地面のわずかな揺れを感じ取る。クルスの心臓は押しつぶされそうなプレッシャーを感じた。

「みんなすぐにその場から飛べ! 何かが来るぞ!」

 真っ先にクルスはゴッドラムゥから離れた。ベラもセシリーもフェアも迷うことなく、しかしちゃっかり手に入れた素材を抱えながら、常人では考えられない跳躍をしてみせる。
 次の瞬間、ドーン! と砂柱が沸き起こった。

「キシャアァァァァ!!」

 地面から現れたのは黄金の体表を持つ、三つ首の地龍(ワーム)。

 アルラウネと同じく危険度SSとされる、“王地龍(キングワーム)”は、鋭い牙を持つ三つ首で、ゴッドラムゥの死体へ齧りつく。
そして砂塵を巻き上げながら、自分の出現によって生じた大穴へ、ゴッドラムゥを引きずり込んでゆく。
 ほんの一瞬でゴッドラムゥの死体はきれいさっぱり消えてしまったのだった。

「お嬢様、お怪我は!?」
「え、ええ大丈夫よ。あんな化け物もいるのね、はは……やっぱ樹海って凄いわ……」

 さすがのセシリーも、フェアの腕の中で始めた見ただろう王地龍に腰を抜かしていたらしい。

「勿体ないのだぁ……」
「仕方あるまい。これが自然の掟だ。ではこれにて戦闘を終了する! セシリー、フェア助かった。礼を言う」
「分かったわ。また私の力が必要になったらいつでも呼んでよね? てか、呼びなさいよ! 呼ばなかったら殺すからね!」

 セシリーは踵を返して歩き出した。

「クルス殿、本日はこれにて。とても有意義な時間でした。ありがとうございます」

 フェアは丁寧に腰を折って頭を下げて、セシリーに続いて行く。

「こちらも行くか」
「おう! ねえ様のところに帰るのだ―!」


かくして 懸案事項だった残ったゴッドラムゥの素材は、食物連鎖という結果に終わり、四人はそれぞれの家路へ急ぐのだった。
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