上 下
34 / 123
【二章:樹海の守護者と襲来する勇者パーティー】

冒険者殲滅戦――<胞子舞う谷底>(*敵冒険者魔法使い視点)

しおりを挟む


「こりゃいいぜ! ははっ!」
「キャウッ――……!?」

 目の前の片手剣使いは、満身創痍のブレードファングヘとどめを刺して笑みを漏らした。
 他の冒険者も同じく、“本来の目的”を忘れて、すっかり魔物や動物を狩ることに夢中になっていたのである。

「オラオラ、魔物ども! どうしたどうしたぁ!」
「へへっ! より取り見取りってなぁ!」
「フェアとセシリーなんざ知るかよぉ!」

 樹海には希少価値の高い素材元となる魔物が多い。加えてパーティーが危険に陥れば魔法使いが常にバックアップしてくれる。この広い森の中で、たった二人の人間を探すなど途方もない作業だった。
ならば適当に探すふりをして、見つけられなかったと言えば良い。そう大多数の参加冒険者は考えていた。

(このままではまずいな……)

 しかし随行する“黒ローブの魔法使い”は、生真面目に現状が依頼主の本意に沿ってはいないと強く感じていた。

 ならば声を張り上げて真面目に探索するよう促すか? そんなので聞き入れてもらえるのか? 諦めて自分も同じようにただ適当に探すふりだけをすれば良いか。

 そう頭を悩ませる黒いローブ視界に突然、赤と金色をした何かが過った。

 緑の間にちらちらと見える赤い花のようなシルエット。

「セシリー=カロッゾだと!?」

 黒ローブがそう叫ぶとと、狩りに夢中になっていた冒険者集団は一斉に視線を、同じ所へ寄せる。

 やや樹木の間が離れた陽だまりの中に、不自然に存在する少女の姿。

 頭に不思議な赤い花を付けているものの、黄金の髪、赤いドレス、小柄な背格好――依頼主バグ=カロッゾより聞かされた、行方不明の令嬢セシリー=カロッゾに間違いなさそうだった。

「うふっ……ふふふっ……」

 不気味な赤い花を頭につけたセシリーは、にやりと笑みを浮かべて、森の奥へと走り去ってゆく。
不思議な甘い匂いが、彼らの鼻腔を掠める。
 途端、胸の内から“不思議な衝動”が沸き起こった。


 追わねば。捕まえねば。セシリーをこの手に収めねば。

 黒ローブを含む、冒険者一党はそうした“強い衝動”に突き動かされ、セシリーを追って走り出す。

 そうして無我夢中で樹海の中を駆け抜けて行くと、黒ローブ達は深い渓谷に入り込んでいた。

「おいお前! セシリー嬢を見なかったか!?」

 魔法使いの背中に、不思議な質問がぶつけられた。
振り返るとそこには、別動隊の緑ローブの魔法使い指揮する一党がいた。

「なんだい!?、これはどういう状況だい!?」

 再び踵を返すと、また青ローブの魔法使いがバックアップするパーティーが集まっていた。

 フォーミュラの指揮に従って、別々に行動をしていた筈の黒、緑、青の3パーティーが、何故か狭い渓谷の中で集結している。

 黒ローブは嫌な予感を抱く。

「雪……?」

  一人の冒険者が、空からはらりと舞い降りてくる“雪”のようなものを見上げて、そう呟いた。
しかし季節は夏。空は晴れ渡り、燦燦と太陽が照り付けている。雪が降る季節ではない。

「ぐ……ああっ!」

 別の冒険者が大声をあげて、崩れるように倒れた。

「な、なんだこれはぁー……!?」
「か、身体が……!!」
「全員今すぐ口を覆え! その“胞子”を吸うなっ!!」

 黒ローブは自らも口元を覆いつつ、注意を促す。しかし、彼の周りにした冒険者たちは、次々と地面の上へ突っ伏してゆく。

「ぎゃっ!!」

 今度は渓谷に悲鳴が響き渡った。槍使いの男が血飛沫を上げながら、崩れ去る。
 その先に居たのはまるで“茸”を思わせる傘を被り、サーベルを携えた女騎士。

 何故、茸のような珍妙な傘を被っているかはわからない。ふざけているのか。変装のつもりなのか。
だが、傘を被っていようとも、その下にある顔は、バグ=カロッゾ邸で晒された写し絵と相違なし。

「フェア=チャイルドだ! 奴を捕らえるんだ!!」

 黒ローブはそう指示し、“状態異常回復魔法”を周囲へ放った。
 身体が動くようになった数人の冒険者は、それぞれの武器を手に、赤い茸のような傘を被ったフェア=チャイルドへ突撃を仕掛ける。

「カハッ!!」

 突然フェア=チャイルドは大口を開いた。。
彼女の喉の奥から、まるで球のように固められた“白い靄(もや)”が、空を切りながら鋭く吐き出される。
例えるならば、それは“靄の砲弾”

 しかし威力はさほど高くないのか、接近していた冒険者は軽く吹き飛ばされたのみだった。すぐさま体制を整え立ち上がろうとする。
瞬間、冒険者たちの手から、するりとそれぞれの武器が零れ落ちた。

「や、やはりこれは麻痺毒――ぎゃっ!!」

 フェア=チャイルドのサーベルが遠慮なく冒険者を切り裂いた。
赤い傘を被った赤い女騎士の、まるで踊っているかのようなサーベル捌きは、麻痺した冒険者たちを次々と刈り取って行く。

 血に染まったサーベルを携え迫り来る、明確な“殺意”を持った赤い襲撃者に黒ローブは息を飲んだ。

「き、君たち手伝え! 一気に叩くぞ!」

 黒ローブに呼応し、緑ローブと青ローブが杖を掲げた。
それぞれの唇が震えだし、高速詠唱を紡ぎ始める。

「させん! カハッ!」
「「「ぎゃっー!!」」」

 フェア=チャイルドは再び“靄の砲弾”を口から吐き出し、黒ローブたちを吹き飛ばす。
今度は先ほどのものとは違い、今度の靄はわずかに青みがかっていた。

(こけおどしか! ならば!)

 黒ローブは起き上がることよりも、杖を掲げて、詠唱を紡ぐことを優先する。

「あ、あが、あひゅ!?」

 しかし声が出ず、発声とは思えない掠れた音が唇の間から漏れ出すのみだった。
何度も声を出そうとするが、喉からは掠れた音しか出てこない。

「どうだ! 我が“沈黙胞子弾(サイレンスシュート)”は! それで祝詞を紡げまいっ!」
「あぐっ!?」

 フェア=チャイルドは、立ち上がったばかり青ローブをサーベルで切りつけた。
 血を流して倒れた青ローブの身体から魔力の輝きが溢れ出る。彼がバックアップしていたパーティーの一党は、命の危険が迫った時に、強制的に発動させる“退避魔法(エスケイプ)”によって、煙のようにその場から姿を消す。

「次は貴様だ」
「あがっ!?」

 フェア=チャイルドは緑ローブを蹴り飛ばし、杖をへし折ると、サーベルを腹へ突き刺す。
緑ローブのパーティーも消え、残っているのは黒ローブのみとなった。

「脆弱な。やはり声を失った魔法使いなど、魔石と同様だな。くくっ」

 フェア=チャイルドは、楽し気な様子で、血に染まったサーベルを携えながら近づいてくる。
 黒ローブは自分へ足音を立てて迫る“殺意”に恐怖した。

(こ、こいつはフェア=チャイルドじゃない! 人間じゃない! 魔物だ!!)

 黒ローブは、肩に掛けたポシェットから慌てて“退避魔法”の文字魔法が書かれた羊皮紙を取り出す。文字魔法は詠唱魔法に比べて効果が三分の一に落ちてしまう。黒ローブが記した文字魔法では、自分を転移させるだけで精いっぱいだった。
 しかしこの状況でなりふり構ってはいられない。
黒ローブは自分の一党を見捨て、一人転移し森を脱するのだった。

「仲間を見捨てたか。愚劣な奴め……!」

 赤い茸のような傘を被ったフェア=チャイルド――基、魔物のマタンゴとして蘇った彼女は忌々しそうな言葉を吐いて、高く跳躍し姿を消す。

 血の匂いが立ち込める渓谷。そして未だ動けずに数名の冒険者。そんな彼らを狙って、樹海の中から多数の獣が駆け出してゆく。

 そして渓谷はそれまで狩っていた魔物たちへ襲われる冒険者達の阿鼻叫喚に包まれるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。

つくも
ファンタジー
主人公——臼井影人(うすいかげと)は勉強も運動もできない、影の薄いどこにでもいる普通の高校生である。 そんな彼は、裏庭の掃除をしていた時に、影人とは対照的で、勉強もスポーツもできる上に生徒会長もしている——日向勇人(ひなたはやと)の勇者召喚に巻き込まれてしまった。 勇人は異世界に旅立つより前に、女神からチートスキルを付与される。そして、異世界に召喚されるのであった。 始まりの国。エスティーゼ王国で目覚める二人。当然のように、勇者ではなくモブキャラでしかない影人は用無しという事で、王国を追い出された。 だが、ステータスを開いた時に影人は気づいてしまう。影人が勇者が貰うはずだったチートスキルを全て貰い受けている事に。 これは勇者が貰うはずだったチートスキルを手違いで貰い受けたモブキャラが、世界を救う英雄譚である。 ※他サイトでも公開

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

魔力ゼロの天才、魔法学園に通う下級貴族に転生し無双する

黄舞
ファンタジー
 魔法に誰よりも強い憧れを持ち、人生の全てを魔法のために費やした男がいた。  しかし彼は魔法の源である魔力を持たず、ついに魔法を使うことができずに死んだ。  強い未練を残した彼は魂のまま世界を彷徨い、やがていじめにより自死を選んだ貴族の少年フィリオの身体を得る。  魔法を使えるようになったことを喜ぶ男はフィリオとして振舞いながら、自ら構築した魔法理論の探究に精を出していた。  生前のフィリオをいじめていた貴族たちや、自ら首を突っ込んでいく厄介ごとをものともせず。 ☆ お気に入り登録していただけると、更新の通知があり便利です。 作者のモチベーションにもつながりますので、アカウントお持ちの方はお気軽にお気に入り登録していただけるとありがたいです。 よろしくお願いします。 タイトル変えました。 元のタイトル 「魔法理論を極めし無能者〜魔力ゼロだが死んでも魔法の研究を続けた俺が、貴族が通う魔導学園の劣等生に転生したので、今度こそ魔法を極めます」

処理中です...