上 下
31 / 123
【二章:樹海の守護者と襲来する勇者パーティー】

邪悪に染まり切れない半端さ(*重戦士ヘビーガ視点)

しおりを挟む
*あんまりもやっとしないでくださいね。ちゃんと終盤解決しますから。
 ストレス展開箇所です


「……」
「どしたのヘビーガ? そんな怖い顔しちゃってさ」

 銅像のように顔をこわばらせる重戦士のヘビーガを見て、斥候のジェガが首を傾げる。

 ビギナの勧誘を終えたフォーミュラ一党は宿へ戻っていた。そしてヘビーガ、ジェガ、そして闘術士(バトルキャスター)の大女:イルスの三人では盃を交わしていたのだった。

「お二人はその……ビギナの件はこれで良いとお思いか? さすがに、なんだ、その……“殺す”のはどうかと……」

「まぁな。ヤルの拒否られただけなんだよな、たしか……でも仕方ねぇじゃん、フォーミュラの旦那は言い出したら聞かねぇ性格だしさ。それに殺(や)るのは本人とマリーさんで、俺らは関係ねぇんだから気にしなくて良いんじゃね?」

 少し酔いの回っているジェガは、恐ろしいことをさらりと言ってのける。
ジェガの軽薄さに、ヘビーガは常にうすら寒さを感じていた。その場に応じて、自分の利益を最優先に考えた上で、善人としても悪人としても振舞う彼。フォーミュラに次いで、このジェガという男は危険極まりないと、ヘビーガは常々感じていた。

「ヘビーガさん、貴方もフォーミュラからお金を受け取りましたよね? その時点で貴方は受け入れました。今さら一人だけ善人面するのは止めてもらえませんか?」

 イルスの鋭い言葉に、ヘビーガが押し黙り、酒を一気に煽った。
 鋭いもの言いだが、実のところイルスには自分の意思というものがない。
 最愛のジェガが黒を白と言えば、その判断を、まるで自分の考えかのように言うだけ。だからこそ、どんなに非情なことであろうとも、ジェガが正しいと言えば、それが彼女の真実となる。
出自が複雑で、気の毒な身の上な、心を病んでいるイルス――彼女はもはやジェガの奴隷といっても過言では無かった。

「イルスの言う通り! せっかく名誉ある“勇者パーティー”の一員になれたんだからさ! ここで旦那に歯向かうなんて勿体ないでしょ。まっ、割り切って考えましょうや! 冒険者なんざいつ死んでもおかしくない稼業なんだからさ」

「そうだな……」

「そうそう! 俺らはただ旦那の邪魔をしなきゃいいだけ。いつも通りに魔物でもぶっ殺してりゃ良いだけさ! それに依頼が達成できなくても、旦那から貰った金で俺とイルスは結婚指輪が買えるし、ヘビーガの実家で、腹ペコの兄弟たちもたらふくいいもん食えるだろ? もしも達成できりゃ、それまた俺らの名前が聖王国中に轟くってもんよ! なっ、イルス?」
「うん。でも、私は名誉やお金よりもジェガを守りたいだけだから。貴方がいれば、私はそれだけで十分だから……」

 イルスはジェガに寄り添う。そして二人は深く、情熱的な口づけを始める。
またいつものが始まったと思い、ヘビーガは席を立った。

「では俺はこれで。明日に響かぬよう、二人ともほどほどにな……」

 ヘビーガはイルスの喘ぎ声を聞き流しつつ、宿屋から夜の町へ出た。

 まだビギナを“見殺し”にする戸惑いがあった。
しかしイルスに指摘された通り、今さらこうして戸惑うのはおかしなことだった。
一人だけ異を唱えて、ビギナやクルスのような目に合うのは避けたかった。
今の立場があるからこそ、弟や妹たちは、飢えず、すくすく育っている。フォーミュラに認められたからこそ今がある。
今の生活が成り立っている。逆に、彼に逆らっては、今の生活も、立場も維持は難しい。

 誰がどうなろうと、所詮は他人事。
クルスが追い出されようと、ビギナが殺されようと、黙ってフォーミュラに従っていれば、自分は何の影響も受けない。
 自分の平穏が最優先で、他人のことは二の次。世の中は弱肉強食。
田舎での貧しい農民生活を送っていた経験が、彼をこのような人格に仕立て上げていた。

 そうは思えど、苦悩するのは彼の心が弱いからだった。
邪悪に染まり切れない半端さが原因だった。
 もうこのことは考えたくはない。一人では居たくない。

 幸い、高い報酬は約束されている。多少の贅沢をしても、田舎への仕送りには問題がない。

「行くか……」

 イルスとジェガの行為を目の当たりにして触発されたのもある。半端なヘビーガの雄の本能だけが、威勢よく下半身へ血を回す。

 覚悟を決めるため、心を洗濯するため。
 ヘビーガはビギナを見殺しにするのを条件にフォーミュラから渡された金を握りしめ、最高級娼館へ向け歩き出すのだった。
しおりを挟む

処理中です...