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【二章:樹海の守護者と襲来する勇者パーティー】

一路、ラフレシアの下へ

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「どうしましたか? 今夜はお元気がありませんね?」

 夕食後、アルラウネのロナはハンモックに寝そべっていたクルスの顔を覗き込んで、そう聞いてきた。

「そうみえるか?」
「はい。お帰りになってからずっとです。私で良かったらお話していただけませんか?」

 不安を煽ってしまうと思い、あえて黙っていた。しかし、こう見透かされては、誤魔化したところで余計な心配をさせてしまう。
今度からはもっと上手くポーカーフェイスをしようと心の決めつつ、クルスは口を開く。

「実は三日後に、この森へ冒険者が大挙して押し寄せてくるんだ」
「冒険者って、クルスさんのような職業の方ですよね? どうしてまた?」
「どうやら人間はラフレシアとマタンゴが寄生している死体を取り戻したいらしいんだ。同時に樹海から様々なものを奪って行くつもりらしい」
「そうですか……クルスさんは、その依頼を……?」

 ロナはクルスを青い瞳へ不安げに写す。

「馬鹿を言うな。受けるわけないじゃないか。安心してくれ」

 クルスがハンモックから起き上がりつつそういうと、ロナはほっとした笑顔を浮かべる。

(この笑顔を裏切れるものか。俺はこの子がいたから今の俺があるんだ)

 そのことを改めて確認する。そしてそんな彼女へ弓引くことなどできない。
 樹海に危機が迫っているのは確実。
ロナや樹海の味方ではありたい。しかし攻めてくるのは人間である。できれば人間とは戦いたくないのが、本音だった。

 ロナや森の味方でありつつ、人間との戦いを避ける。
この二つを両立させるためには――

「ラフレシアとマタンゴから人間の身体を取り戻す。これが一番いい方法だと思うんだ」
「そうですね。でも危険ですよ? ラフレシアは森の守護者だけあってかなり強さです。しかも一緒にマタンゴがいるとなると、勝利は絶望的です」
「待ってくれ。別に俺は戦おうとは思っていないのだが……」
「え? あ、あ、あ! す、すみません!!」

 穏やかな顔をして案外ロナはやんちゃなんだとクルスは思った。

「この件をラフレシアへ直接話して、セシリーの身体を返して貰おうと思うんだ。これが一番穏便な方法だと俺は思う。もしも“樹海の脅威”というのが、この冒険者集団の襲来なら、これを材料に説得したいと思う」
「なるほど確かに……でもそんなにうまく行くでしょうか?」
「やってみなければわからんな。そもそもラフレシアをみつけなければ」
「そのことでしたら大丈夫ですよ。私の根は樹海中に広がっていて大体網羅しています。ですからラフレシアの所在はわかります」

 言いつつロナは地面からたくさんの蔓を自慢げに生やす。

 相変わらずロナは規格外の魔物だと思った。そんな彼女を敵に回さなくて良かったと心底思う。
もっともそんなつもりなどないのだが。

 するとクルスとロナの間にある地面がもりもり盛り上がり、

「どっせーい! はなしは聞かせて貰ったのだ! そういうことなら僕も一緒にいくのだー!」

地面から飛び出してきたマンドラゴラのベラはそう叫ぶ。

 頼もしい仲間はもう一人いる。改めてクルスはそう感じるのだった。


●●●



「ふーん、ふーん、ふーん~」
「ねえ様楽しいそうなのだ!」

 クルスの肩に乗る“ちびロナ”の鼻歌を聞いて、ベラは嬉しそうだった。
 クルスもそんな蔦の先端から生えたちびロナを可愛らしく思う。しかし、そんなに気を緩めても良いのかどうか。
なにせ、これから向かう先は、森の守護者である“ラフレシア”の住処。

 ロナの根のお陰で、彼女らが樹海の北東部の丘の上を拠点としているとわかった。
たしかにその丘ならば樹海全域を見渡す櫓(やぐら)のような使い方ができる。

(彼女たちの言うとおり、常に見張られれているという意識をしなければ)

 これからラフレシア達に願い出ることは、恐らく困難を極める。そのためにも道中ではできるだけ妙なことはしないほうが、交渉をうまく進めることができるかもしれない。

「クルスしゃん! クルスしゃん!」

 と、そんな中、肩の上にちびロナが声を上げたので、クルスは気を引き締めて弓を握りる。
サッと何かが木々の間から、小型の生き物が翼を開いて飛び立ってゆく。

「デンドゥロキュグナスっていう、この森にしゅむ鳥でしゅ! 綺麗いでしゅね!」
「そ、そうだな……」
「お花も綺麗でしゅね!」
「あ、ああ……」
「あっ! お食事も用意してましゅ! あとでみんなで食べましょうね!」

 クルスの足元からにゅるりと蔓が生え、捕らえた極彩色の鳥型魔物――サンダーバードを見せてくる。
 お弁当も持参しているらしい。

 別にピクニックに出かけているわけではない。今は少しでも緊張感を持つべき時。
きっと、かつてのクルスだったらそう思っていたに違いない。

 しかし楽しそうなロナを見ていると、そんなつまらないことなど考えたくは無いと思った。
 ロナが笑顔でいるならば、それは素直に嬉しい。

「クルス止まるのだ!」

 突然、先行していたベラが注意を促す。
 すでに草木を激しくかき分ける、“重厚な足音”はすぐそこまで迫っていた。

「ぐおっ!?」
「なんでしゅ!?」
「ぐわなのだー!」

 三人は木々の間から猛然と飛び出し来た何かに思い切り突き飛ばされた。
 ロナがお弁当にと持ってきたサンダーバードが蔓から解けて、砂煙の向こうに消えてゆく。

「ブフォォー! ブフォォー!」

 危険度Dの魔物。とは言いつつも、突進力はBの魔物に匹敵するイノシシのような姿をした“ワイルドボア”は、地面に転がったサンダーバードをむしゃむしゃと食べている。どうやら、餌を求めて突っ込んできただけらしい。

「ベラ、ロナ、今のうちに行こう。奴はサンダーバードに夢中だ」
「わかったのだ!」
「……おい、ロナ?」

 クルスの方に引っ付いていたちびロナは、蔓をするする伸ばしてワイルドボアへ近づいてゆく。
 ロナの気配に気づいたワイルドボアは鋭い眼光を飛ばす。

「ロナ下がれ! 危ないぞっ!」
「……」
「ブフォォー!!」

 ワルドボアがちびロナへ目掛けて、砂塵を巻き上げながら突進を仕掛ける。

「ブフォワ!?」

 どこからともなく鞭のように蔓が現れてワイルドボアを殴打して軽々と突き飛ばした。

「よくも……よくもクルスしゃんのお食事を! 許しませぇん! 覚悟なしゃい!!」

 ちびロナの怒りに満ちた叫びが森に響き渡った。
地面から次々と蔓が生えて、ワイルドボアをこれでもか、というくらいに激しく、連続で殴打する。
 決して軽くはない筈のワイルドボアがまるで球のように、蔓で打たれながら宙を舞う。

「これでとどめでしゅ! お逝きなしゃい!」

 ひと際太い蔓が地面から生え、その先端が開花するように避けた。そしてそこから紫色をした気体の塊が、物凄い勢いで放たれる。

「ブフォっ! ブフォォォー――……!!」

 直撃を受けたワイルドボアは地面へ叩きつけられる。そしてのたうち回る間もなく、首を地面へ落とし、それっきりピクリとも動かなくなるのだった。

「ね、ねえ様怖いのだ……!」

 ベラはぶるぶる震えていた。
 クルスも吸い込んだ空気から、辛みに似た感覚を得て、ごくりと息を飲む。

 おそらく今の攻撃はロナの持つ毒を圧縮して放ったものだろう。
ちびロナでもこの威力。いつもはすっかり忘れているが、やはりロナは危険度SSの強力な魔物アルラウネであるのだと、改めて思い知るのだった。

「しゅみましぇんクルスしゃん……せっかくお食事が……」

 しかし殲滅を終えたロナはいつものロナだった。

「良いさ。だったら今ロナが捕まえてくれたワイルドボアをみんなで食べよう」

 クルスがそう告げると、ロナは笑顔を浮かべる。
どんなに彼女が危険な存在だろうと、魔物であろうと、これからも一緒に居たい。
クルスはそう強く思い直すのだった。
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