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【二章:樹海の守護者と襲来する勇者パーティー】

樹海の守護者――ラフレシア&マタンゴ

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(なぜここに人間が!? いや、しかし……)

 片方の女はまるで“貴族の令嬢”を思わせる姿をしていた。
 赤いドレスに、肩まであるウェーブがかった長い髪。凛とした佇まいは気品の高さを感じさせる。
頭には真っ赤で、毒々しい斑点の浮かぶ不気味な巨大な“花”が咲き誇っていた。

 そんな奇怪な貴族の令嬢を守るように、“赤いキノコ”のような傘を被った女が、冷たい視線を放っていた。
皮の服やブーツの上から、金属の胸当てや手甲を装備し、右手には立派な護拳(ごけん)のついたサーベルが握られている。
どうやらこの令嬢の“騎士”らしい。

 目の前の二人から青々しい草の匂いに交じって、腐臭のようなものを感じる。
本来は不快に感じ、何かしらの“状態異常”を引き起こすものだと判断できた。
しかし状態異常耐性を持つクルスにとっては意味を成さないものである。

「ロナ。この二人のことを知っているか?」
「はい。この二人は……」
「ちょっと! 人間! なんで私の匂いを嗅いで大丈夫なのよ!?」

 アルラウネのロナの声をかき消すように、赤い花を頭に咲かせた令嬢が金切り声を上げる。

「仮に効いていないとして、何か君たちに不都合があるのか?」
「質問を質問で返してくるなんて、貴方失礼じゃなくて!?」
「生憎、いきなり襲い掛かってくるような乱暴な連中へ素直に答えるほどお人よしではないのでな」
「ちっ、減らず口を……!」

 華の令嬢は忌々しそうに舌打ちをした。どうやら激情しやすい性格らしい。
この辺りは温室育ちの貴族によく似ている。

「人間よ、これ以上お嬢様への無礼は許しがたいぞ。お嬢様の問いに、速やかに回答せよ。さもなくば……!」

 令嬢の前に立つ、頭にキノコの傘を被った女騎士は、腰を落として臨戦態勢へ移行する。
こちらも貴族令嬢に付き従う、糞真面目な侍女そのものだった。

(さて、この状況をどうするか?)

 この二人組はクルスへ明らかな敵意を放っている。
ならばこの敵意に対して弁明すべきか。はたまた敵意に対して、身を守るために真っ向から対峙すべきか。
いずれにせよ何かしらのアクションを起こさねば、膠着した状況に動きを出すことはできそうもない。

「いい加減にするのだ! クルスは樹海の脅威でも、敵でもないのだっ!」

 そんな中声を上げたのは、意外にもマンドラゴラの童女【ベラ】だった。
ベラは前に出て、クルスを守るように立ちふさがる。

「そうでしゅ! クルスしゃんは樹海の脅威ではありましぇん! この方は私たち一緒に、ここで眺めを楽しんでいただけでしゅ! 貴方たちこそ早々に立ち去って下しゃい! もしもこの方に手を出すなら、私も容赦はしましぇん!」

 いつもは穏やかなアルラウネの【ロナ】もクルスの肩の上で怒りを露わにするが……口調が可愛いので、あまり締まらなかった。

「お前たちはマンドラゴラにアルラウネか。何故この人間を庇いだてる。よもや、捕獲され身も心も人間に毒されているわけではあるまいな?」

ベラとロナの言葉を受け、女騎士は赤い傘の下から殺気立った視線を放つ。

「違うのだっ! むしろロナねえ様に捕まっているのはクルスの方なのだ!」
「ちょ、べ、ベラ! なにいうでしゅか! わたちは別にクルスしゃんのことをちゅかまえてなんてましぇん!」」

 肩のちびロナは顔を真っ赤にして抗弁する。一色触発の空気感が、恥ずかしがるロナによってわずかに緩和する。
そして言葉には出さないが、恥ずかしいような、嬉しいようにクルスも感じているのだった。

 そんな中、赤い花の令嬢が突然ため息をついた。

「“マタンゴ”、もう良いわ。下がりなさい」
「よろしいのですか、お嬢様?」
「たしかにアルラウネが人間に下るなんて考えられないわ。良いわ人間、貴方が樹海の脅威でないってことは信じてあげる」

 令嬢の態度が少し柔和になったような気がした。それでも、空気にはまだ緊張感が走ってる。

「だけどこれだけは忘れないで。私達二人は樹海の“守護者”として常に貴方を見張っていることを。例え、その人間が樹海脅威でなくても異物であることは変わらないってことをね。いくわよ、マタンゴ!」
「御意!」

 赤い花の令嬢と、傘を被った女騎士は人間では到底考えられないほどの高い跳躍を見せた。
奇怪な二人組はあっという間に森の中へと姿を消してゆく。

「た、たはーっ! 怖かったのだぁ~」

 ぺたりとベラは尻餅をついた。どうやら怯えていたらしい。

 勇敢に擁護をしてくれたベラへクルスは強い感謝の念を抱き、気づけば彼女の頭を撫でていた。

「な、なんなんのだぁ? くすぐったいのだぁ」
「君が真っ先に声を上げてくれたから、諍いを起こさずに済んだ。ありがとう、勇気を出してくれて」
「うぬぅ~やめるのだぁ~! 恥ずかしいのだぁ~!」

 そう言いつつベラはじたばたしているが、あまり抵抗は無い。

「もう、クルスしゃん撫ですぎでしゅっ!」

 肩に乗るちびロナは不満げな声を上げる。

「ロナも庇ってくれてありがとう。とても助かった」
「はい! がんばりました!」
「ところで、あの二人組はなんなんだ? 確か守護者と名乗っていたよな?」

 ロナは表情を引き締める。

「さっきの花を咲かせていた方が【ラフレシア】、紅い傘をかぶっていたのが【マタンゴ】と言いまして、人間の死体に寄生する魔物でしゅ」
「死体に?」
「頭に生えていた花とキノコが本体なのでしゅ。実際は花や傘から死体の中へ伸びている“根”が真の本体といえましゅ」

 【ラフレシア】と【マタンゴ】――噂では聞いたことがあったが、実際に見るのは初めての相手だった。

「ラフレシアは“誘因臭気”という力で、生き物を引き寄せる力があるのでしゅ」
「なるほど。その力が“状態異常耐性”で効かなかったから、奴らは驚いていたのだな?」
「そうでしゅ。ラフレシアは“誘因臭気”で相手を誘い込んで、その高い戦闘力で敵を倒す“樹海の守護者”なのでしゅ。ラフレシアとマタンゴが現れたということは……」
「守護者は樹海に危機が迫った時に目覚めるのだ! 何か起ころうとしているのだ!」

 ロナとベラの言いぶりから、クルスはそれが本気で言っていることだと感じる。
加えて、

(あの令嬢、どこかでみたことがあるような……)

 記憶の片隅にひっかかりを感じるクルスなのだった。
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