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【二章:樹海の守護者と襲来する勇者パーティー】
君達の名は……ロナとベラ
しおりを挟む「おはようございます、クルスさん」
目を開けると、青々と茂る木々を背景に、アルラウネは挨拶をしてくれた。
「おはよう」
クルスも挨拶を返し、彼女が彼のために作ってくれたハンモックから起き上がる。これで眠るようになってからは熟睡ができるようになり、更に肩や腰の痛みも自然と消えていた。やはり寝具は体にぴったりあったものである。
「ごはんはどうしますか?」
「いつもありがとう。頂く」
「はいっ! 準備してきますねっ!」
アルラウネは嬉しそうな声を上げて、ハンモックから離れてゆく。既に向こう側には、今日も捕らえられたサンダーバードの死骸が。最近はこの生活にもだいぶ慣れたクルスは、アルラウネが捕らえたサンダーバードを手際よく解体し、焚火で炙る。
こうして森の中でアルラウネと生活するようになってから、二か月ほどが経とうしていた。
夜明けも早く、森の子葉は青々と茂る初夏。しかし季節が移ろいでも、クルスが日帰り依頼(クエスト)を選び、森から一歩も出られないアルラウネは、彼の帰りを健気に待つ生活は全く変わっていなかった。
変化は乏しいが、穏やかで満ち足りた日々にクルスは強く感謝の念を抱いていたのだった。
「今日はお仕事へ行かないのですか?」
アルラウネは蔦でたサンダーバードの骨を吸収しつつ、聞いて来た。
「たまにはゆっくりしようと思ってな」
「そうですか! だったらとっておきの所があるんです! 一緒に行きませんか……?」
「ん? だが……」
出かけるのは良いが、根を張ったアルラウネがどう移動するのか。
多少茎を伸ばして移動はできるようだが、それは長距離も可能なのだろうか。
「やはり嫌ですか……?」
しかしアルラウネはクルスの態度を見て、不安がった様子を見せた。
これはうっかり。
「いや、違う! 君とは出かけてみたいが、どうやって移動するのか気になってな」
「あ! そうでしたか。てっきりお出かけするのが嫌なのかなと思っちゃいました」
「そんなことは! もし君とでかけられるなら喜んで!」
クルスが包み隠さずそう告げると、アルラウネはにっこり笑顔を浮かべた。
そしてするりと“蔦”を伸ばしてきた。いつものよりもやや太い。
突然太い蔦の先端が膨らんで、赤い花が咲き始めた。同時にアルラウネは眠るように瞳を閉ざす。いつもはフレアスカートのように地面へ広がっている五枚の花弁が持ち上がり、彼女の上半身を覆い隠す。
「ぱぁー!」
そうして蔓の先端に咲いた赤い花の中から、可愛らしい声と共に“小さなアルラウネ”が姿を現した。
「蔦の届くところまででしたら、蔦の先から自分を生やすことができましゅ!」
「ず、随分と可愛らしくなったな……?」
「か、可愛い!? 本当でしゅか!?」
「あ、ああ」
可愛いを取り違えている気がするが、本人が賞賛と思っているのでOKということにする。しかも小さくなったことで、言葉づかいが子供っぽくなっているが、これはこれで悪くは無いと思った。
ちびアルラウネの生えた蔦がにゅるりとクルスの肩へ乗ってくる。
小さくなっても愛らしく、いつも彼女から感じる華やかな香りは変わらずで、クルスは胸に強い高鳴りを覚える。
「行こうか」
「はい! ご案内しましゅ!」
肩にちびアルラウネを乗せたクルスは、彼女の案内に従って、森の北側:ベルガ山脈を目印に進んでゆく。
そして案内されたのは小高い丘の上にある、一面に紫の花が咲き誇る場所だった。
「この花って……」
「私の同族、マンドラゴラの花でしゅ」
「美しいな」
「ありがとうございましゅ! まえもご覧くだしゃい!」
丘の上からは様々な光景が見渡せた。
ベルガ山脈を起点に、聖王国ヴァンガード島の大動脈ギロス川が一望できた。西に僅かに見えるのはショトラサ丘陵地。南の果てにはぼんやりと城壁に囲われた聖王国第二の都市アルビオンがみえる。
建国されてまだ50年程の聖王国は、未だに自然と人の息吹が混在する風光明媚な土地である。
「クルスしゃんはいつもあそこへ行かれてるでしゅよね?」
肩にちょこんと乗っているちびアルラウネは、アルビオンを指しながらそう聞く。
「ああ」
「どんな場所でしゅか?」
「どんな場所? うむ……とりあえず人は多いな。あとは……」
街の名物である願いが叶うと言う噴水。立派な佇まいのラビアン教会に、国内随一の蔵書量を誇る国立大図書館。そして街の由来ともなった伝説の勇者アルビオン=シナプスの活躍をたたえた英雄祭。クルスは知っている限りのアルビオンの話を聞かせる。
その話の数々に肩に乗るちびアルラウネは興味津々な様子で聞き入っている。
そんな彼女を見ていると、アルビオンの街を回る想像をしてしまった。しかし彼女はこの森から出られない。更に魔物でもある。この想像は叶わぬ夢。
もしかするとアルラウネも分かっているのか、楽しげに聞く姿の中に、どこか陰りがあるように見えた。
「とても嬉しいでしゅ」
「ん?」
「マンドラゴラから少し話はきいていましたが、こんなに細かく聞けたのは初めてでしゅ。ありがとうござましゅ」
「こんな話で良ければいつでも」
自然と指先が肩に乗るちびアルラウネへ向かった。人差し指で頭の辺りをそっと撫でると、小さな彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。
「クルスしゃん、お願いがあるのでしゅが……」
やがてアルラウネは、少し神妙な顔付でクルスを見上げた。
「お願い?」
「えっと、しょのぉ……」
「どっせーい!」
と、その時背後から童女の声と砂柱。
振り返るとそこには、アルラウネの眷属:マンドラゴラの童女が現れていた。
「まだ僕はクルスのことを信用していないのだ! あやしいことをしたら、かみつくのだ!」
「こら! 今私はクルスしゃんと大事なお話をしてるんだから邪魔しないでくだしゃい!」
ちびアルラウネがそう注意をすると、
「ご、ごめんなのだ、ねえ様……」
マンドラゴラの前ではしっかりお姉さんになるアルラウネを見て、クルスの気持ちがうずく。こういうギャップは結構やばい。
「あのクルスしゃん、それでお願いのことなのでしゅが……」
と、アルラウネが切なげに見てくる。どうにもこの顔はいろんな意味で危険である。
「な、なんだ?」
「私に、その……名前をいただけましぇんか?」
「名前を?」
「はい。貴方に私のことを指す“名前”を付けてほしいんでしゅ。貴方が人間のクルスであるのように、私が私である証しを、貴方から頂きたいんでしゅ。おねがいしましゅ」
そういきなり言われても困った。名前を付けるなど、したことがなかった。
しかしアルラウネは期待の視線を寄せている。この期待には応えたい。
そんな彼女の様子を見て、クルスの古い記憶が掘り返される。
「【ロナ】……というのはどうだ?」
これは地元にいた美人の名前だった。ぶっちゃけ、クルスの幼いころの初恋の人の名前でもある。
「ロナ……私はロナ……ありがとうございましゅ! とっても気に入りましゅた!」
どうやら喜んでくれたらしい。内心は初恋の相手の名前を使うなどどうかとは思うが、今更変えることは難しそうだった。
「ねえ様ばっかりずるいのだ! クルス、僕にもなにか名前をよこすのだ!」
突然、マンドラゴラが頬をぷっくり膨らませながらそう叫ぶ。
「たしか君には【ドッセイ】という名前があったよな?」
「あの名前は適当なのだ! 可愛くないのだ! だからクルス、さっさとつけるのだ!」
どうやら引き下がってはくれないらしい。再度クルスは必死に考え、考えて――
「なら【ベラ】はどうだ?」
これも実はクルスの田舎にいた少女の名前だった。【ロナ】と【ベラ】の二人は仲が良く、いつも一緒に行動をしていた。
「【べラ】か。それでいいのだ! 気に入ったのだ!」
マンドラゴラの童女は【ベラ】という名前で納得してくれたらしい。
「良い名前だね。良かったねべラ」
「満足なのだ! ロナねえさまも良く似合っていると思う――ッ!!」
突然、アルラウネの【ロナ】とマンドラゴラの【ベラ】は閉口した。空気が俄かに緊張する。
クルスの鼻は妙に甘ったるい、独特の匂いを感じ取っている。
「これは……もしかして!?」
「多分“アイツら”が生まれたのだ!!」
「クルスさん、逃げましょう!」
肩のロナが叫ぶのと同時に、目の前へ鋭く何かが打ちこまれてくる。
地面に突き刺さっていたのは円盤状の刃のような鋭い棘が生えた“種”。
「人間! 樹海でのんびり堂々と、何をしているのかしら?」
目の前に現れた、“頭から毒々しい赤い花を咲かせている令嬢”はクルスへ鋭い視線を投げかけ、
「お嬢様、お下がりください。ここはこの私が……」
“紅いキノコのような傘をかぶった冷たい印象の女”が前に出る。
明確な敵意にクルスは息を飲み、身構えた。
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