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【一章:状態異常耐性とアルラウネ】
若き魔法使いの夢
しおりを挟む「ぶどうは自然の恵みです。そして自然が厳しいのは当たり前です。私たちショトラサの住人は、そんな自然と共存しなければなりません。でも自然に抗ってはいけない、なんて私は思いません」
ある焚火を囲んだ日、星空の下でまだ幼さの残る魔法使いになったばかりの少女はそう語る。彼女の言葉の端々には自然と共存し、その恵みを醸して生きる故郷の様子があるのだろう。
「自然を操ろうなんて傲慢なことは思っていません。水が足りないなら少し足し、風が強いならばその風から実を守る。お日様の輝きが乏しいなら、ほんの少し光りで照らす。たったそれだけで、みんなは幸せになれるんです。ほんの少し……ほんの少し、でいいんです。私は自然の厳しさから、ショトラサのみんなが大事に育んできた恵みを守りたい。そう思ってます」
少し耳のとがった、銀色の長い髪が美しい、赤い瞳の、まだあどけなさの残る駆け出しの魔法使い。白いローブは汚れもまだ少なく、真新しい。そんな新米の彼女の志は高く強い。
年月を重ねて色褪せた失った、輝かやしく純粋な志がすぐ隣にある。当の昔に彼が失ったものだった。クルスは静かに少女の言葉に耳を傾け続け、胸に熱いものを感じている。
「だから私は魔法使いになるって決めました。ご先祖様から受け継いだ妖精(エルフ)の血が目覚めて、私に魔法使いとして資質を与えてくれたのも、このためだと思ってるんです。もっと勉強して、もっと経験を積んで、それで私はショトラサのみんなが、いつも笑顔でいられるよう魔法の力で故郷を守りたい。これが私の夢です!」
自分のためではなく、自分以外の誰かのために少女は魔法使いになると決めた。彼女の実家は決して裕福とは言えない。それでも魔法使いを志した彼女は、“教育奨励金制度”を活用し、聖王国の最高学府:魔法学院へ入学した。
しかしそれだけで高額な学費を全て賄うことはできなかった。魔法学院は寮生活とはいえ、それなりに生活にも金はかかる。だからといって貧しい実家の両親に頼るわけにも行かない。そこで彼女は授業が終わると食堂で働き、学費の足りない部分と生活費を自分の手で稼いでいた。そして帰れば寝る間も惜しんで魔法の勉強に打ち込んでいたらしい。
はっきりと聞いた話ではなかったが、雑談の端々の言葉をつなぎ合わせると、だいたいそういうことになる。
学生時代もビギナは相当苦労をしている。だが、彼女を取り巻く金の問題は、これで終わりでは無かった。
無事に魔法学院を卒業できた彼女だったが、奨学金はあくまで貸し付けられたもの。何年もかかって返せねばならなかった。たとえ一回でも支払いを落としてしまえば、社会的な信用を失ってしまう。加えて、実家のワイナリーは経営があまり良くはない。
だかからこそ彼女は上手く行けば多額の金を手にできる可能性の高い“冒険者”という職を選んだ。
家計を助け、早く奨学金を返して、故郷の役に立つ魔法使いになれるよう。
最初は誰しも志が高いものである。未来が輝かしいものと信じて疑わず、思う通りの自分になれると思ってしまう。しかし現実や社会は厳しく、思う通りに進むことなど殆どありやしない。
高い志はやがて越えられない壁となり、未来は想像以上に暗闇に閉ざされていると思い知る。輝きはくすんでゆき、若い頃に自分が思い描いた未来と現実の差に落胆を覚える。そして多くの人はそこで自分に何ができるのかを考え、いらないものは捨て、できることをするようになってゆく。
だが――誰しもがそうなるとは限らない。もしかすると理想の未来を手にすることができるかもしれない。望みをかなえることができるかもしれない。そうした可能性のある若者へクルスがかけられる声はただ一つ――
「頑張れ、ビギナ。俺にできることだったら何でも協力する」
「ありがとうございます、先輩! 頑張りますっ!」
駆け出しの魔法使いの少女:ビギナは真紅の瞳を輝かせ、元気よく答えた。
きっと辛いこと、悲しいこと、思い通りにならないことがこれからも沢山ビギナへ振りかかることだろう。その時、もしも傍にいられたのなら、そんな苦しみを少し分けて貰って、多少でも良いので守ってやりたい。
いつまでも胸に抱いた高い志を忘れないでほしい。そう思ってならなかった。
しかしこの約一年後、クルスの願いもむなしく、二人は別の道を歩むことになった。
驚きもあった。しかしどこか当然のことにように感じるクルスもまたいるのだった。
●●●
「父と母は聖王都へ納品に向かっていてご挨拶ができずすみません。ここの娘のビギナと言います。本日は宜しくお願いします」
机を挟んで向こう側にいるビギナは丁寧に頭を下げる。
再会した彼女はどこかやつれている様子だった。
「ドッセイなのだ! 双剣使いなのだ! で、こっちが相棒のクルスなのだ!」
「よろしく。ここが君の実家だったんだな」
「はい……」
「手伝っているのか?」
クルスは浮かない顔をしているのビギナを案じて、努めてかつてのように声をかける。
「はい……でも、数日前に戻ったばかりなので……」
「そうか」
「……先輩は、冒険者を続けてらしたんですね?」
ビギナは少し躊躇いがちに聞いてきた。そんな態度になってしまった裏には、クルスがフォーミュラから解雇通告を受けた時の光景があるのかもしれない。
「ああ。おかげさまでまだ続けてられているよ。今は気ままにソロ……いや、このドッセイと組ませて貰ってる」
「そうですか……」
ビギナの呟きが溶けるように消えた。少し安堵しているように聞こえるのは、気のせいではないだろう。彼女はそういう、誰かを思いやる気持ちがある娘だと、クルスは理解している。
人一倍頑張り屋で、志の高いビギナという若い魔法使い。
そんな彼女が、こうして実家にいたことは正直驚きだった。もしかするとクルスがパーティーを離脱した後に、なにか辛いことがあったのかもしれない
本当は何があったのか聞きたかった。できることなら力になりたかった。しかし最近実家に戻ったばかりというのなら、その記憶もまだ新しく、思い出したくもないのだろうとも思った。
余計に傷口を広げてしまうかもしれない。そう考えたクルスは、グッと黙りこむことにした。
「うっ、ひっく……」
「ど、どうしたのだ!?」
突然ビギナはボロボロと涙をこぼし始めた。さすがのドッセイも狼狽えた様子を見せる。
「良かったぁ……先輩、本当に……ひっく……本当に……」
「ビギナ?」
「だって、あの時、先輩……ずっと探しても、どこにもいなくて……どこにいるのかわかんなくて……!」
きっとビギナ自身に何かがあったに違い。しかしそれを差し置いてでも、この涙はクルス自身に向けられているものだとはっきりとわかった。
「もしかしたらって思って……でも、そんなの嫌で! でも先輩はそんな弱い方じゃないと、信じてて……だけどやっぱり、嫌なことをたくさん考えて……! でも、こうしてまた……!」
誰かが身を案じ、こうして涙を流してくれた。とてもありがたいことだった。
同時にきっと辛いことがあったのだろうが、ビギナの心はまだ汚れ切っていないのだと安堵した。
「ありがとう、ビギナ。心配をしてくれて。この通り俺は無事だ」
クルスはビギナの華奢な肩へ手を添え、心からの感謝を述べた。
「お帰りなさい、先輩……またお会いできて嬉しいですっ……!」
それからビギナは暫く熱い涙を流し、嗚咽を漏らし続けた。クルスは彼女は落ち着くまでそばを離れず、見守り続ける。
やがてビギナは涙を拭って顔を上げた。目元は瞳の色と一緒で真っ赤に腫れあがっていた。整った鼻筋からは小さな子供の用に少し鼻水が垂れている。しかしさきほどまであった憂いはもう感じられない。
クルスは元気を取り戻した後輩を見て、ホッと胸をなでおろすのだった。
「突然、すみませんでした。もう大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか」
「はい! さて、お仕事の話を始めましょう! 先輩! ドッセイさん!!」
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