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【一章:状態異常耐性とアルラウネ】
こそばゆい感謝
しおりを挟む「う、くっ……!」
目覚めたクルスは少しひび割れた石造りの天井を見た。当然、見覚えのない天井である。
次いで視界の脇で、誰かが立ち上がった。
「おお! 目覚められたか! お加減はいかがか!?」
彼を顔を覗き込んできたのは、肌着の上からでも筋骨隆々なのが良くわかる、やや無精ひげを生やした屈強な雰囲気の男。
「な、なんともないようです……」
クルスは気圧され気味に回答する。すると男は、真っ白な歯を輝かせながら、ニカッと笑った。
「しばし待たれよ!! 治癒士に検分して頂く! おーい、英雄殿が目覚めめられたぞー! おーい!!」
脇にいた屈強な男――おそらく聖王国正規兵――はそう叫ぶと、部屋を飛び出してゆく。
腹へ厳重に巻かれた包帯と、ベッドの上に寝かしつけられていることからなんとなく状況を察する。
(セイバーエイプにやられた俺は治癒院あたりへ運び込まれた、といったところだろう)
冒険者生活を十数年していれば、こんな状況は特に珍しくもなかった。そしてその度に思うのが――
(こういう状況で傍に美人の治癒士や、付き添いの愛らしいパートーナーなどがいれば最高なのにな……)
戯曲や英雄譚では、こういう状況ではだいたいそうである。しかしこれは現実。甘い展開には早々なる筈もない。
そんなくだらないことを考えているうちに、屈強な男は、初老の男性治癒士と、数人の男をぞろぞろと連れてくる。
「どうかね? 腹の傷は痛むかね?」
「英雄殿! いかがか!!」
「苦しければなんなりと、英雄殿!!」
「こら! 英雄殿がお困りだぞ! もう少し静かにしないか!!」
誰もが口々にクルスの身の安全を、凄く心配げに聞いてくる。それ自体はとてもありがたい。尊い行為であるのは間違いない。無碍にもしたくない。
しかし少々むさ苦しいのもまた確かであった。
それでもそんな気持ちを悟られては、彼らに申し訳ないと思い、クルスは努めて笑顔を浮かべ続ける。
そうして耳に届いてきた自分の症状とこれまでのあらましは、だいたい予想通りであった。
つまりセイバーエイプに腹を貫かれたものの、周りにいた聖王国討伐兵団や町人の迅速な処置によって一命を取り留めていたのである。
むしろ包帯を外すとそこには傷一つない、いつもの自分の腹がある始末。これだけはかなりの驚きがあった。
「ほほ! 驚かれるのも無理なかろう。実はの、分隊長殿がどうしてもお主へエリクシルを使ってくれとせがんでな」
治癒士の言うことが確かなら、貧しいEランク冒険者でしかないクルスへ、討伐兵団の分隊長は、あらゆる傷や症状を完全回復させる希少アイテム“エリクシル”を使ってくれたらしい。
「なに気にしないでくれ! 貴方はこの宿場町と、陛下やそのご一族へ献上されるバナナを守ったのだ! そんな英雄の君へこれぐらいをして当然だ!」
「わかりました。ありがとうございます。感謝します」
クルスは素直に礼をいう。このために命をかけたわけではない。しかし危険を冒して、成果を収め、そしてこうして賛辞を受けるのはなかなか良いものだと改めて感じていた。
「英雄殿、まずはこれを食べてくれ!」
そう言って分隊長が差し出してきたのは、黄色い皮で甘い香りを放つ長細い果実の束。バナナである。
「バナナは滋養強壮、傷の回復にも良いそうです。さっ、お召し上がりを!」
「い、良いのですか? これは陛下への貢物では?」
「確かにそうです。しかし貴方が闘って下さらなかったら、バナナは愚かこの宿場町も滅んでいたのです。責任は私が取ります。どうぞ、お納めください!」
熱い、熱すぎるくらいの分隊長の言葉に対して、今更首を横へ振るわけにはいかなかった。
素直に受け取ると、分隊長は蔕(へた)を摘まんで、下へ下げるような動作をする。
同じことをしてみると、ずるりと黄色い皮が向けて、より甘い香りを放つ真っ白な果実が現れた。
おそるおそるかじってみると、柔らかい食感が歯に伝わった。香りも豊潤で、甘さがありながらも、ほんの少し酸味があってバランスを取っている。
(たしかにこれは旨い!!)
クルスは初めて口にする高貴な果実へ夢中に食らいつく。そんな様子を屈強な男たちは微笑ましそうな顔で眺めていた。
「旨かったです。ありがとうございます」
「満足されたなら良かったです。今更で申し訳ございませんが、貴方のお名前をお聞かせ願えませんか?」
「クルスと申します」
「ありがとうございます! ではクルス殿、今夜は我々とのこの宿場町の有志たちが御礼にと祝宴を開いて下さるそうです。その時間までどうかごゆるりとお休みください!」
そういって分隊長をはじめ、見舞いに訪れた男たちは丁寧に一礼をして下がってゆく。
こうして多くの人に感謝をされるなど、初めての経験だったクルスは嬉しいけども、どこかくすぐったいような感覚を得ていた。感謝されたからと言う訳でないのだけれど、危険を顧みずセイバーエイプと対峙して本当に良かったと思う。
「あの済みません、一つ宜しいでしょうか?」
クルスが呼びとめると、分隊長は機敏な動作で振り返った。
「なんでしょうか?」
「俺はその、どれぐらい眠っていたのですか?」
「一週間ほどです。しかし御心配召されるな。その間のクルス殿の衛生管理は我々、聖王国討伐兵団クレナ第五隊が責任を持ってお世話させて頂きました!」
「そ、そうですか……」
「それではまた後ほど! まずはごゆっくりお休みください!」
分隊長は再び真っ白な歯を輝かなせながら、ニカっと笑って、退出してゆく。
確かに下着も新しいし、一週間寝ていた割には、全身は水浴びをした後のように隅々まで綺麗だった。
討伐兵団は男ばかりだったのははっきりと記憶している。ありがたいことはありがたいのだが、少し微妙な気持ちのクルスだった。
が、今は気にすべきことはそこでは無い。
「一週間、か……」
クルスの頭には森にいるアルラウネの姿が、自然と浮かんだ。
出かける時、彼はあのアルラウネとその日の夜にはまた顔をみせると約束していた。
この状況ではその約束を破ってしまった形にはなっている。そのことが気になって仕方がなかった。
もしかしてまだアルラウネはクルスの帰りを待っているのか? 地面に根を張って、動けない彼女はどんな想いで樹海にいるのだろうか。
彼(クルス)と彼女(アルラウネ)は何もかもが違う。本来はお互いに狩ったり狩られたりする立場である。
約束はしたとしても、守る必要性がどこにあろうか。
気にすることはない。必要もない筈。それでも胸の内がうずくのは確かだった。
しかし――
(バナナをあのアルラウネにあげたらどんな顔をするだろうか?)
何となくアルラウネの喜ぶ顔が頭に浮かんだ。そしてその顔が今すぐにでも見たい気持ちが強く湧いた。
それに今回こうして無事で済んだのも、形はどうであれマンドラゴラの童女が、散々バインドボイスを浴びせてくれたおかげ。
更にまだ確証には至っていないがおそらく“噛みついて、毒を流し込んでくれた”のが勝因だったような気がする。
ならば尚のこと、一週間という時間的な空白を取り戻さねばならない。
クルスはベッドから起き上がる。
そしてまずは部屋で一人、深々と頭を下げる。
「クレナ第五隊の皆さん、そして宿場町の皆さん、ありがとうございました。申し訳ありません」
クルスは誰も居ない部屋でそう言った。
そして手短に身支度を整え、窓から外へ飛び出し、樹海へ向けて駆け出してゆくのだった。
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