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【一章:状態異常耐性とアルラウネ】
昨晩の記憶
しおりを挟む「実は昨晩、私の棘が貴方に刺さってしまったんです。で、誤って毒を注入してしまいまして」
毒がどうのこうのとか。良くわからなかったクルスが聞くと、アルラウネは申し訳なさそうに昨晩の様子を離した。腕にあった刺し傷は彼女の棘によるものだったようだ。
状況は理解した。腕の刺し傷も状況証拠にできる。しかし肝心の記憶が全くない。どうして自分へ、どうやったら彼女の棘が突き刺さるのか。
今朝の状況を念頭に、考えられることといえば、
(俺は、アルラウネに抱き着いた……?)
なんたる醜態。昨晩酒を飲みすぎ、酒に飲まれたことが恥ずかしく、情けない。
「でもあなたは私の毒を受けても平気だったんです。今まで出会った生き物は、全部私の毒で死んじゃってましたし、なんでかなぁって、思って、それで……」」
と、アルラウネは小刻みに身体を振わせて、人の形をした上半身を真っ赤に染める。下半身に位置する花弁や茎も、何かを我慢しているかのように、もじもじむずむず動いている。
「だからそのぉ……また棘を刺すわけにも行かないですし……でも、確かめたくて。ですから、直接私の体液を貴方に飲ませれば、刺さなくていいと思って……で、でも、なんか、あれって凄く恥ずかしいですね」
「ま、まぁな」
どうやらあの激しいキスは性的な意味ではなく、単純に彼女の毒がクルスへ効果を示すかどうかの確認だったらしい。しかしあれはあれで棘で刺されるよりも、別の意味で驚異的な攻撃力を持っていたのであった。
「実は俺には強い【状態異常耐性】があるんだ」
「じょうたいいじょうたいせい?」
「人間は魔力を魔法に変えるだけじゃなくて、色々な方法に転化させたりするんだ。例えば攻撃力を上げるために腕力を強化したり。俺の場合は、身体に様々な異常を引き起こすこと全般へ魔力を振ったんだ」
「へぇ! 人間は魔力をそういう形にして使うのですね! 面白いし、興味深いです!」
破顏したアルラウネは美しくありつつも、どこか天真爛漫な雰囲気を放っていた。こうした元気な表情も、彼女には良く似合うと思う。
「人間が好きなのか?」
「わかりません。だって貴方が最初に出会った人間ですから。人間さんのことは元々知っていましたけど、こうしてお話したりするのは貴方が初めてなんです」」
「そうか」
「でも最初に出会ったのが貴方のような方で良かった……」
「それはどういう?」
そう聞き返すと、アルラウネの下半身がまたむずむずと動き出す。
「初めての人間の方に、しかもあんなに激しく求められるとはも思っていなくて。最初は驚きましたけど、なんだか今日一日ずーっと、昨晩のことが忘れられなくて……」
アルラウネの身体が真っ赤になった。同時にクルスの身体も熱を発し始める。
(やっぱり俺はこの子……いや、この魔物と……?)
記憶はない。しかしアルラウネの言葉、態度、そして今朝のことを思いだせば、何となく想像がつく。
(つまり俺は昨晩このアルラウネとそういうことをした、ということだよな……?)
ならば下半身が植物の相手とどうやって? 仮にアルラウネとそういうことをしたとしよう。しかし彼自身はいわゆる普通であって、歴戦の猛者に類する高等技術は持ち得ていない。それはあまり多くはないけれどそれでも多少はある経験――娼館だが――からわかる。たびたび世話になっている娼館でも、世辞以上の言葉を受けたことは無い。
「人間さん、今日もここにいらしたということは、また私を使ってすっきりしに来たんですか?」
「……はっ?」
いつの間にか蔓が伸びて、クルスをやんわりと包み込んでいた。
「い、良いですよ。私はいつでも。人間さんが良ければ、ですけど……」
「い、いや」
「魔力は十分ですし、食べませんよ。安心してください! うふふ……」
やはり彼女は怪物だと、クルスは思う。
しかしこうして抱き着かれ、キスもされ、それでも食べないというならば、もはや信じるしかない。
既に捕食の関係は逆転しているように思われた。
この植物の下半身でどうするのかは分からない。
だが上半身はこれまで出会ってきたどの女性よりも美しく魅力的である。
据え膳喰わねば男の恥、と昔冒険者の師匠からは良く言われたもの。
実際貧しい彼にはそうした美味しい経験は皆無であったが。
でも今、目の前には明らかな好機があった。
例え相手が驚異の怪物であろうとも、求められているのならば――もう勢いで行くしかない。
「あっ……!」
クルスは勢いのままアルラウネを押し倒す。
地中から彼女の生々しい根が出てくる。そうしてアルラウネは、クルスになされるがまま、芝生の上へ寝転んだ。
「良いんだな? 本当に良いんだなっ!?」
「は、はい! どうぞ。私はいつでも」
にっこり微笑むアルラウネを見てもはやもろもろ止められない。魔物だろうが相手が良いと言うなら構わないと思った。これは不憫な自分へ天上の存在が恵んでくれたプレゼントだとさえ思った。
「行くぞ」
「はい……たくさん私を使ってください。昨晩のように激しく……」
「どっせぇぇぇーーいっ!」
良い雰囲気を、謎の叫び声がぶち壊す。その“声”は耳を抜けて頭の中を揺さぶり、身体が運動する力を奪い取る。
明らかに奇怪な、威力のある声だった。
同時に脇に砂柱が立っていた。そして
「ぐわっ!」
砂柱から小さな影が飛び出してきて、クルスを蹴り飛ばす。
そのまま地面をぐるぐる転がる。心配するアルラウネの悲痛な叫びが響く。
「ねえ様はやらせなのだ! 人間、かくごするのだっ!」
小さな影が落ち、可愛らしい声で罵声が浴びせられる。
顔を上げるとそこには、少し土にまみれた、頭に紫の花を指す、アルラウネよりも遥かに未成熟な少女が居たのだった。
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