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【一章:状態異常耐性とアルラウネ】
解雇宣告
しおりを挟む「突然だな……」
一瞬、自分からかわれているのかとさえ思った。
しかし集合場所である早朝の宿屋のロビーには既に、彼と同じように弓を背負った見知らぬ冒険者の女がいた。どうやら冗談ではないらしい。
「実は昨日の祝賀会で、この方、弓使(アーチャー)でAランク冒険者のマリーさんと意気投合しまして。今後のことを考えると彼女と契約をした方が良いと思ってですね……はは」
フォーミュラは申し訳なさそうに見えるも、どこか軽さを感じられた。
物腰も柔らかく、優男のように見えるフォーミュラという男。彼の腹黒い場面は多々見てきた。
しかし仕事と収入のためにと、我慢をして着いてきていた。
(大方、この弓使の女と一晩を過ごして、勢いで契約をしたというところか……)
この軽薄な男に怒りを覚えた。この場で殴り倒して、性根を叩きなおしてやりたかった。
しかしクルスはほぼ底辺のEランク冒険者。相手は名家シールエットの出身で、更に近いうちに“勇者”に任じらるであろうと噂されているAランクで希少な魔法剣士である。
ここでクルスに味方をしても得する者など誰一人いない。
案の定、重戦士:ヘビーガは固く口を閉ざしていた。
ジェガとイルスのカップルも、クルスから視線を外して一言も発しない。
彼らもここで異議を申し立てて、逆に自分が攻められて今の立場失うことを恐れている様子だった。
クルスが命の恩人であろうとも、自分が無事でさえあれば、自分が可愛い。自分の平穏が最優先で、他人に構う余裕はないらしい。
「あの! と、突然過ぎませんか!? 先輩、困ってますよ!?」
そんな中、勇気ある甲高い声が響き渡り、一同が息を飲む。クルスを冒険者としての“先輩”と慕うビギナは、わずかに肩を震わせながらも、赤い瞳でフォーミュラを見上げていた。
「ヘビーガさん! ジェガさんも、イルスさんもこれで良いんですかっ!? 先輩は昨日、苦労して溜めた魔力を全部使って、命もかけて助けてくれたんですよ!? そんな恩人へこんな仕打ちをしても良いですか!!」
ビギナのまっすぐな主張に、誰もが口を閉ざす。するとフォーミュラは表情を引き締めた。
「これはビギナ、君のためでもあるんだよ?」
「えっ……?」
「このマリーさんは昇段試験委員会の審査員の方でね。依頼(クエスト)を一緒にこなしつつ、一緒に審査をしてくれるんだって。実は昨日ドラーツェ討伐でたくさん依頼が入っててね。たぶん暫くは色んなところへ出向くことになって昇段試験どころじゃないんだよ。でもマリーさんさえいれば、彼女を通じて昇段の申請をしてくれる。わざわざ試験を受けに出向く必要もなくなるんだ。ビギナだって一刻も早く昇段したいって言ってたじゃないか」
「そ、それは……!」
正義感に満ち溢れていたビギナは、声を濁した。
彼女の実家はワイナリーを経営しているらしいが、ここ数年の天候不順が続き、原料となる良いブドウが収穫できず、満足にワインが生産できず経営が苦しいらしい。
普通の家の生まれのビギナは高額な魔法学院での授業料を全額奨学金で賄っていた。だから彼女は一刻も早く高収入が約束されるAかSランクの冒険者になる必要があった。少しでも多くの金が彼女にとっては必要だった。彼女もまた必死な身の上であった。
「きっとマリーさんならビギナならすぐにAランク、いや、俺なんかを追い抜いてすぐにSランク冒険者にしてくれるよ。それに君は希少な“妖精”の血を引いてるんだからさ!」
フォーミュラが目配せをすると、脇に居たAランク弓使いのマリーは頷いた。
「ビギナさん、貴方に関しては聖王都よりも審査命令が下っております。貴方は貴方が思っている以上に期待されています。私も僭越ながら、随行審査官としてお手伝いできればと思っております」
「だからって先輩をクビにする必要なんてないじゃないですか! だったらこれからは六人で……!」
「じゃあこれからクルスさんの取り分はビギナがなんとかしてくれるってことで良いんだね?」
フォーミュラの言葉に、ビギナは息を飲んだ。彼女も彼女とて金が必要な身。余裕があるわけではない。
「わ、私だけでは無理、ですけど……でも! だったら少しずつ皆さんで! それならっ!」
「あのさ、勝手な提案しないでくれるかな?」
ビギナの言葉遮るように、闘術士のイルスが不快そうに声を上げた。
「悪いんだけど、こっちもそんな余裕ないの、ジェガとの結婚のこととかいろいろと。ねっ?」
「あ、うん。俺たち、色々入用なんだよ……ごめんねビギナちゃん」
次いでヘビーガへ視線を送るも、彼も首を横へ振る。
「確かに昨日のクルス殿の活躍には感謝している。しかし俺自身も故郷の親や兄弟たちに金を送ってやらねばならん。申し訳ないが……」
最後にビギナはフォーミュラを見るも、彼はあきれ顔をするだけだった。
「俺はもともと余裕がないからこういう話をしているんだけどね。で、どうする? ビギナが個人的にクルスさんを雇うってなら止めやしないけど、そのために取り分を増やしたりはしないからね」
「……」
「どうするの?」
「……もう良い。分かった。抜ける」
とうとう見ていられなくなったクルスは声を上げた。
「先輩……! 私……!」
ビギナは歯噛みし、瞳へうっすらと涙を浮かべていた。彼女の悔しさが痛いほど伝わってくる。
これ以上、慕ってくれた後輩が、自分のことで責められるのを見たくは無かった。
傷つくのを看過できなかった。
「ありがとう。でも、もう良いから」
「で、でもっ……!」
「頑張れ。ずっと応援してるぞ。そして必ず夢を叶えてくれ」
クルスはビギナを横切り、そしてフォーミュラの前へ立った。
「今まで世話になった」
「いえ、こちらこそこれまでありがとうございました。昨日の件も感謝しています。こいつはお礼も込めてのものです。受け取ってください」
フォーミュラはクルスへ濃紺色の鉄片のようなものを握り渡してきた。昨日討伐したドラーツェの鱗だった。
鑑定士によると、この鱗は希少金属に匹敵し、数十万Gの価値がある代物。どうやらこれは手切れ金の代わりらしい。たしかにこれを換金すれば、ある程度の期間は遊んで暮らして行ける。今、ここで追い出されても、すぐに路頭に迷うことはない
。
背に腹は代えられない――しかし例えEランクであろうとも、彼は命を危険にさらして金を稼ぐ冒険者だった。ちっぽけで愚かと言われようとも男としてのプライドもある。第一、こんな策略を練った卑劣漢から金など受け取れない。
クルスはドラーツェの鱗をそっと突き返し、踵を返す。
「先輩っ! クルスさんっ!!」
ビギナの声を振り切って、クルスは一人宿屋を出て行った。
男としての格好はついた。これで素直に状況が飲み込めれば良かったものの、そうはならなかった。
一人になってようやく、心の奥底にどす黒い感情が沸き起こる。
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