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21 決着
しおりを挟む宴の後、僕が涼華殿へと戻ったのは闇が帳を下ろし随分と経ってからだった。
主上と重臣達は場所を外廷へと移し、宴を続けられている。
僕は湯浴みをして身を清め、寝所で雀玲に髪を梳いてもらっていた。
「葵、水蓮。もう下がっていいよ。」
「はい、蓉華妃様。」
「失礼致します。」
礼を執った史龍様は僕に軽く目配せだけすると、内侍として部屋を出る。
「華妃となられてすぐの宴でしたし、お疲れになられたでしょう?」
雀玲にいつも通り髪を梳いてもらうと、気持ちがよくて体の強張りが緩んできた。
「そうだね、気を張っていたから、思いの外に疲れたよ。」
「今宵は主上のお渡りもございませんし、もうお休みになられては?」
「そうする。」
僕が寝台に横になると、女孺が静かに灯りを消し、雀玲と共に下がって行く。
「おやすみなさいませ、蓉華妃様。」
今宵は中秋を過ぎたばかり。
月の光は黄金色に広がり、闇に沈んだ部屋の中、すぐに目は慣れてくる。
寝所に一人横になり、どれくらいの時が経っただろうか。
しんと静まり返った涼華殿で、息を殺した侵入者の気配は、張り詰めた空気を震わせすぐにわかった。
──なるほど。僕まで消しに来たか。
僕はそっと、夜具の下に手を伸ばす。
と、その瞬間──。
賊が鋭く剣を突き立てて来た。既のところでそれを躱すと、僕は寝台を抜け出し、取り出した剣の鞘を抜き去る。
「雀玲!賊だッ!!」
相手はいつも襦裙姿の賤が、自ら剣を握るなどと思っていなかったのだろう。
僕は賊が怯んだ隙を突き斬り込んだ。
雀玲は、既に潜んでいたもう一人を仕留めている。
撫菜の部下たちが駆け込んできたのを見て、賊は悟ったように自らの首に剣を当てた。
「させぬ!」
撫菜の手刀の方が一瞬早く、賊はその場にドサリと倒れ込む。
気絶したその者の仮面を彼女が剥ぐと、その場にいた全員が一斉に息を呑んだ。
「……っ!?橘華妃様!?」
だが、雀玲が左手を持ち上げると、そこにほくろはない。
「この者が、橘華妃の影武者なのでしょう。ここまで瓜二つの者を見つけていたとは……。」
「……撫菜、史龍様は?」
「予想通り、今の隙に連れ去られました。」
「場所は?」
「奥宮です。葵が影に。」
──かかった!罠にっ!
「後は宰相中将様と兵部卿が。」
撫菜にそう言われフッと息を吐いた僕は、思っていた以上に力が抜けてしまい、剣が手から滑り落ちカクンと膝をついてしまった。
「朱寧様!」
「大丈夫だ、雀玲。それより、僕も奥宮に行く。」
「いけません、蓉華妃様!これ以上は!」
「雀玲、これは命令だ!僕は主上に後宮の主たる器があるか試されている。恐れ多くも、皇弟殿下を囮にしたんだ。僕には見届ける義務がある。」
立ち上がり、毅然とそう言った僕の脇で、雀玲は慈しみの笑みをたたえ、そっと頭を垂れたんだ。
「我が主の、仰せのままに。」
奥宮へと歩を速め、僕たちが向かったのは桜嬪の住まいだった。
桜嬪は、主上に本気で恋をしてしまっていた。
妃嬪としてではなく、ただの女として孝龍様を求めてしまったんだ。
橘華妃はそこにつけこみ、自身の野望を成就させた暁には、孝龍様は殺さず桜嬪に与えると約束していたらしい。
桜嬪の住まいで雪華殿の影を隠していただけでなく、秀の検査薬で発情した橘華妃に賤を宛てがうことまでしていたなんて!
幼い頃から後宮に入るために育てられた、王都貴族の娘である桜嬪の元に、賤の男子が内侍としていたことにどこか違和感はあったんだ。
彼はずっと橘華妃に慰み者にされ、挙げ句実験台で番にまでされて、子を失った……。
──賤を人とも思っていない人間なのに、何が史龍様の運命の番だ!
氷翠殿が兵と共に部屋に踏み込んだとき、橘華妃は史龍様に薬を飲ませて手を縛り上げ、無理やりことに及ぼうとしているところだった。
僕が奥宮に着くと、氷翠殿は怒りのあまり橘華妃に斬りかかろうとしていたんだ。
「氷翠っ、控えよ!!」
「蓉華妃様、何故っ!?何故止めるのです!」
「罪人の処分は主上がなさること。中将如きがでしゃばるな!」
氷翠殿は苦虫を噛み潰したように顔を歪め、震える手で剣を収める。
それを見た史龍様は、必死に彼へと抱きついた。
「史龍!?何故そんな者に縋るの?そなたは私の運命よ!私の物でしょ!?」
血走った目で金切り声をあげる白雪。
もはや彼女に橘華妃としての面影はどこにもなかった。
「私は秀よ!人の上に立つために生まれた選ばれし人間なの!!許さないわ、こんなこと!」
白雪は押さえつける兵を睨み、暴れ続ける。
「お前たち、私を誰だと!私は正一位の華妃だ!私に触れるなど、なんと無礼なっ!……おのれ、蓉華妃!賤のお前が上に立つなどと!許さぬ、絶対に許さぬ‼」
その時、髪を振り乱し、狂ったように叫び続ける彼女の前に立ったのは、史龍様だった。
パチンッと頬を叩く乾いた音が、刹那の静寂をもたらす。
「秀?賤?その前に私達は心ある人間だ。人としての善悪も判断出来ず、己の欲に溺れる者になど、上に立つ資格はない!そなたはその程度の小さき者。……こんな人間に、何年も怯え…生きてきたなんて……。」
拳を握りしめ、唇を噛む史龍様の肩を氷翠殿がそっと抱き寄せた。
見つめ合った二人は、そのまま静かに踵を返す。
兵に連れられていく白雪の史龍様を呼ぶ声が、朝日に照らされ始めた後宮に響き渡っていた……。
◇◇◇
その後、主上は雪華殿と玄武を徹底的に調べ上げ、余罪を追及された。
三年前、水瓶に毒を入れたのは尚侍だった。
なかなか出世出来ず燻っていた彼女は、邪魔者を消し雪華殿の庇護の下でのし上がろうとしたようだ。
自身の手駒にするため、橘華妃は後宮内の収賄や横流しを許し、手引きまでしていた。
膿だらけの後宮を浄化するのはだいぶ時間がかかりそうだ。
やがて神無月──。
関係者の処分が決まる。
尚侍は死罪。桜嬪は流刑となり、それぞれ下の者たちにも罰が下された。
そして、白雪は華妃の位を剥奪。
平民として流刑地に送られた後、毒薬を下賜されることが決まる。
玄武は領地をその半分にまで減らされ、自治も許されなくなった。
四族としての名だけが残り、その特権は奪われる形となったのだった──。
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